12 除夜の鐘と鼓動
紅白は次第に盛り上がって、今年のラストへと向かって行った。
♪ ンッタッタッタッタタ……。
♪ ら~ららら~ららららら~……。
善生は、口の厚い灰色をした益子焼のお湯呑みを手にする葵を見つめていた。
痩せてはいても、丸顔は隠せず、まんまるな瞳に小さなお口、田舎者とは違う白い肌……。
その色白が映える今日のワンピースも似合っている。
洋裁が得意だと言っていたのを思い出した。
美濃部葵は、小柄な所さえも可愛い。
頭も良さそうだが、中学迄の勉強しか分からない自分にとっては未知の部分である。
料理上手な前掛けをした葵を想像していた。
煮付けと漬け物があれば幸せだ。
「どうされたのですか? 夢咲さん。アタシを見つめて……」
本当に鼻の下は伸びるらしいので、慌てて大きな鼻を手で覆った。
「何でもないですよ……。ラジオを聴いていただけです」
善生も安っぽい赤い磁器の湯呑みに口をつけた。
「いや、そんな事もないか。美濃部さんを見ていました。結婚したら、どんな嫁さんになるのかなと……。お恥ずかしい」
「け……。けっこ、結婚ですか……!」
思わず大きな声を出してしまった。
益子焼をかたりと置いた。
「そうですよ。ワタシはお茶のみ友達ですか? だとしたら、ちょっと寂しいな」
「いえ、そう言う訳では……。ごめんなさい」
「謝らないでください」
赤い湯呑みを一口すすった。
「謝られたら、失恋じゃないですか……」
♪ ら~ら~らら~らららら……。
♪ パチパチパチパチパチパチ……。
紅白が終わった。
いよいよ今年が終わる。
煩悩を祓うと言われる除夜の鐘が、善生の部屋にも響いた。
ゴーン……。
ゴーン……。
ゴーン……。
一つ、二つ、三つ……。
数えたいが、二人はそれぞれに物思いに耽ってしまっていた。
「ここからも除夜の鐘が聞こえるのですね」
葵は耳を澄ました。
「百八つある煩悩ですか……。ワタシは、祓って貰えるのですかね」
善生は、ラジオを消した。
「誰でも大丈夫だと思いますよ。どう言う意味ですか?」
「美濃部さん……」
「はい?」
「みっちゃんって呼んでいいですか」
葵は、再び、頬を紅潮させた。
「み、みっちゃんって……。中学の時の渾名ですよ。もうお互いそんな……」
「みっちゃん……」
「は……。はい……」
「いいじゃないですか。みっちゃんって可愛いですよ」
善生は、何だか嬉しそうだった。
「そ、そんな……」
「来年になったら……」
決意の表情を見せた。
「なったら……?」
葵は、鼓動が善生に聞こえてしまうと思った。
「なったらですね……」
葵を見つめた。
ゴーン……。
ゴーン……。
ゴーン……。
「ぼ、煩悩が祓えませんよ……! ワタシ!」
目線をふいっと横に切った善生。
自信がないのであろうか。
「だ、だから、来年になったら?」
葵は焦りを見せた。
小さな柱時計が、年の変わった事を告げた。
「も、もう!」
葵が痺れを切らした。
「すみません……」
そう言うと――
唇を合わせて来た。
部屋は寒いのに、しっとりと熱かった。
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