11 命の子供達

 第二十回NHK紅白歌合戦が、ラジオから聞こえて来た。


 ♪ ジャンジャンジャンジャン……。

 ♪ ポロポロポロポロッンタタタ……。

 ♪ ら~ららららら~……。


 善生は耳を澄まし始めた。

 葵が、小さな柱時計を見ると九時だった。

 今、紅白が始まったのか。

 もう今年が終わる……。

 お父さん達は、今、どうしているだろうか。

 いつもより遅い時間にどきりとした。


「ああ、それですね。田舎に行くと大きな柱時計があるのですよ」

「あら、素敵ですね」

 だからか、文鳥のちっちゃんが飛び回って、九つ数えていた。


「夢咲のうちはですね、亡くなった兄貴も含めると九人兄弟なんですよ。姉が一人に後は男ばかり八人、お袋が産んでくれたんです」

 家族を大切にする方なのかと葵は思った。


「美濃部は、姉一人に兄四人ですよ。夢咲さん、年子とかですか?」

「いやいや、二年か四年毎ですよ。こればかりは頭が上がらない」

「まあ。良く恵まれましたね。恥ずかしく思ったりしなかったのですか?」

「恥ずかしい……?」

 怪訝な顔をされた。


「アタシは、姉と十八離れていまして、姉が女学生だったものですから、お友だちに冷やかされたそうです。戦時中、父は、飛行機工場で働いて、姉は、タイプライターとして働いていたのです。その最中、私は産まれました。夢咲さんと同じく、昭和十九年ですね」

 自分は間違っていないと、葵は我を突き通した。


「そうですか。お袋さんが年をいっていて恥ずかしいと言う事ですかね?」

「そうですね。私も早く生まれたかったわ」


 ゴホッ……。


「やはり、お茶いただいてよろしいかしら? お喋りが過ぎたみたい」

 お台所に入ろうとしたら、善生が立ち上がった。

「ああ。気がつきませんで。お湯を沸かして来ますね」


 シュー……。


「一等の湯呑みで召し上がってください」

「あら、益子焼ましこやき? 素敵です。……本当に素敵」

 益子焼は、栃木の名産品である。


「お、春日様の歌が流れて来ました。いいですねえ。この歌、好きなんですよ。んんんんん~。ふううううううう~」

 葵は、夢咲は音痴だが、歌が好きなのだなと思った。


「別れは、悲しいですよね」

 一人で歌ったり、喋ったり。

「別れは、悲しいんですよ。ね、みっちゃん」

 又、小さな柱時計が時を打った。

 その時、どきっとした。

「みっちゃんって……」

 顔を赤らめてしまった。

「私は、もう小さなみっちゃんではありませんよ」

「良いじゃありませんか……。んんん~。ね、みっちゃん」


「さっき、出てきた、ザ・スイーズあるでしょう。好きなんですよね。ふうううう~」

 善生が楽しそうに浸っていた。

「良いですよね。ラジオは孤独から救ってくれる」

「夢咲さんは孤独なのですか?」

「そりゃあ、ここを見れば分かるでしょう」

「ま……」

 失言したと、葵は俯いたです。

「私は、家族と暮らしていますからね……」


「お茶、美味しいですね。三日目のお茶」

 顔を上げて、励まそうとした。

「そうでしょうよ」


 小さな柱時計に、十一時を告げられた。


 さっき、少し触られた手が、ぽっとあたたかかった。

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