10 炬燵らんでぶー

 ――一九六九年、大晦日。


「いやあ、嬉しくて、十時間前からいましたよ」

 へらへらと改札口に立つ善生。

 上着は作業服で、黄色のシャツにいつもの黒いズボンと善生的にさっぱりとしていた。

「十時間ですか……。又、随分とお待たせしてすみません。いつも夢咲さんは、変わった事を仰るのね」

 コートに手製の緑のワンピースを着て来た葵は、微笑ましく口元に手を当てた。

「性分でして」

 ぽりぽりと頭を触った。


 大晦日の今日は、二人共、流石に仕事が休みであった。

 今迄、待ち合わせは映画館前であった。

 街によっては、ガラの悪い所もあった。

 それでも、確実に会いやすく、数回デートを重ねていた。

 会う度に映画を観る事になり、金銭的に厳しくなった為、今回は善生の自宅近くのK駅で待ち合わせた。


「直ぐに分かりましたか?」

「改札を出て直ぐに立っていらっしゃるのですもの!」

 近過ぎだと思った。

「かくれんぼじゃないですからね。見える所にいませんと」

「見つからなかったら、寒いから帰ってしまうかも」

 冗句です。

「それは困ります。じゃあ、あたたまりに行きましょう」

 そんな話をしながら、善生の家に辿り着いた。


 木造二階建て。

 便所は汲み取り式の共用で、紙は自分で持って行くものだ。

 その二階、突き当たりの部屋。

「ささ、どうぞ。どうぞ。宮廷にいらっしゃい!」

「又、変な事を仰って」

「あー、寒かった。寒かった」

 ぱたぱたと動いて、大人しくしていなかった。

 はしゃぐのが、かなり残念な善生を葵はどうにもできない。


「アタシね、お恥ずかしいのですが、神奈川で父母と兄と兄嫁と一緒に暮らしています。毎年、皆と年越しを過ごして来ました。夢咲さんは、どうしていらっしゃったの?」

 葵は、炬燵にあたりながら、まだ寒く、小刻みに肩を震わせた。


「この部屋は後一人、文鳥の好きな友達と暮らしているのですよ。だから、そめやが田舎に帰らなければ、二人で徳利を空けますよ」

「お酒、お好きですね」


 文鳥がパタパタと鳥籠の中を動いた。

「ちっちゃんって言う文鳥ですよ」

 チッチッと口をはしたなく鳴らして、ちっちゃんを構う。

「そうですか。生き物はどうもそんなに好きではないのよ」

「こんなに可愛いのに?」

「小さい頃ね、殺されると分かっている兎の飼育をオジサンが取りまとめているので、小遣い稼ぎに餌やりをしていたの。何て事をしていたのかしら」

 葵は俯いた。

「ワタシはですね、小さい頃、仔犬を拾っては、捨ててこいと、オヤジにどやされたりしたものです」

「そう言う時代ですよね……」


「お茶、いれますか? このお茶は、まだ三日しか経っていないから、一等ですよ」

 お金もない男の部屋だ。

「は……。あ……。いえ、今はいいですよ」

「じゃあ、蜜柑でも……」

 何か息詰まってしまった。

「いえ、何も……」


「……」

「……」


 炬燵の中で手を握られた。

 あっと思ったが、声にならなかった。

 何故かこんな時に、日暮里さんを思い出してしまった。

 葵は大きく首を振り、一所懸命打ち消した。

 決して、素晴らしく惹かれる善生ではないのに、惰性で付き合っている。


 自分の気持ちを整理しなければならないのは、葵であった。


 小さな柱時計が時を打った。

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