8 規格外のアタシ

 宴もたけなわになった頃、善生が切り出した。


「あのですね、さっきから気になっていたのですが……」

 残りのビールを飲み干して、テーブルにことんと置く。

 真摯な眼差しが向けられる。

「な、何でしょう?」

 葵は、アプローチを掛けられているとは思わなかった。


「美濃部さん、一段とお美しくなりましたね」

 にへっと笑うので、素敵な事を言われているのに、複雑な心境になった。

「お美しくだなんて、そんな事ありませんよ。垢抜けませんよ」

 葵は心底びっくりした。

 アタシは規格外に小柄なのに。

 縁遠い言葉だと思った。


「美濃部さん、ワタシは、洋画が好きなのですよ。今度、お付き合い願えないですかね?」

 相当へろへろして酔っていたのが見苦しかったが、気持ちはしっかりしていた。


「え? 洋画ですか……?」

 趣味ではないので、葵は、眉間に皺を寄せたいのを我慢した。


「偶には良いと思いますよ。ワタシも見たいのでね。でも、一人だと詰まらないのですよ。映画館を出た後、話とかできたら楽しいじゃないですか」

 にやついているのは、印象が良くないと思った。


「そ、そうですか? 余り映画には詳しくないので……」

 明らかに引いていた。

「良いじゃないですか」

 しつこい酔っぱらいは嫌だと思った。

「……そうですね。考えさせてください」

 軽く、頭を下げた。


 善生は、決してハンサムでもなかったし、品格がある訳でもなかった。


 そんな話をしていて、ふっと物思いに耽った。 

 先頃の事である。

 ちくりと刺さる胸の痛みを思い出した。


「美濃部さん、今夜は楽しかったよ」

 日暮里吾朗にっぽり ごろうさんの自宅で夕飯をこさえて、洗い物をしていた。

「そう仰っていただけて、良かったわ」


「美濃部さん、貴女の背が人並みにあれば良かったのにね」

 その男は、東北でも一番のN大学出らしい。

 しかし、インテリジェンスも思い遣りの欠片もない一言だった。

 その言葉に葵はショックを受け、馬鹿にされてまでお付き合いするなんてごめんだと思ったのであった。

 最後の茶碗を手に取った時、かたんと置いた。

 ついぞその茶碗は洗われる事はなかった。


 葵は、見事な失恋をした。


 はっと我に返ると善生の目の前であった。


「……あの。アタシ、小柄でしょう。小柄の中の小柄。病気ではないのですよ」

「愛らしいと思いますが?」

 善生はそっと見つめた。

 葵は、心の中で、何とも苦い涙を流した。


「いえ、ごめんなさい。……東京で。東京でお会いしましょう」

 葵の精一杯の背伸びであった。


「……喜んで!」

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