3 出生の涙(一)
7 金の卵
――一九六九年、八月。
「やあ、
栃木で行われたS中学校の同級会で、夢咲善生が、酔っぱらいながら、両手を挙げて近寄って来た。
夢咲善生と美濃部葵は、共に一九四四年生まれで、栃木県にあるS中学校からの幼馴染みである。
「えっと。夢咲……、善生君? 変わらないですね」
葵は、小柄で百四十センチもない。
まだ、若かったので、痩せており、真っ直ぐな黒髪を肩下に流し、可愛い顔をしていた。
葵が、誰かしらと頭を巡らせて言い当てられた。
人の名前と顔を覚えるのが苦手なので、胸を撫で下ろした。
善生も小柄で、ふざけたりして、身長は決して教えたりしなかった。
それもあって、中学の頃、十年も前の記憶を引き出せたのかも知れない。
いや、申年で、猿の様な顔をしていたのもあるだろう。
「美濃部さんも相変わらずですね。いやあ、何と言うか、中学を出て直ぐに就職したワタシなんかと違いますよ」
褒めたつもりか、善生は無駄にお喋りだった。
「どうですか?」
呑兵衛の善生は、葵にお酒を勧めた。
「ジュースがいいかしら。残念ですけれど、アタシ、下戸なんです。中学の時は分からなかったわよね」
本当に飲めない葵は、丁重に断った。
善生は、十五の春から、「金の卵」と呼ばれる時代に上京して、
「最初は、東京で電気店の丁稚奉公から始めたんですよ。今は、兄貴らと肉体労働です。性分ですかね」
善生は九人兄弟の五男であったから、真岡の父親が子供達に話していた。
「姉一人、男ばかりの兄弟だ。男ばかりして、何か一つの仕事をしなさい」
そう言っていたので、兄の
肉体労働である。
「いえ、アタシは、美濃部の兄達のお世話になりながらやっと学費をこさえて、高校を卒業したのですよ。十八になってから仕事を覚えました。夢咲さんとは大違いの世間知らずですよ」
恥ずかしそうな、葵。
葵の兄達は、皆、優しかった。
「葵ちゃん、頭が良いんだ。俺達が仕送りをがんばるから、高校を出なさい。葵ちゃんは、がんばって勉強するんだぞ」
そう言って、送り出してくれたのである。
葵は、がんばって、県で一番のM女子高等学校に入学し、山を二つも超えて、自転車で通学していた。
兄達の希望通り、一等の成績で卒業できた。
高校に行った分、周囲より一足遅く上京した。
それが、善生に対して恥ずかしい気持ちを抱かせていた。
でも、勉強して、電話交換手になり、がんばっていた。
お互いに、決してがんばらなかった生き方はしていなかった。
何に負い目を感じようか……。
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