第9話 若者向け衣料の殿堂ヤング洋品店
「江戸の稲妻 vol1」を見ながら寝落ちした。
DVDのプレイヤーを持っていなかったので、ハビブに借りに行くと、新しいのを買ったからと古いDVD プレイヤーを快く譲ってくれた。
記憶があるのは、3話まで。内容は、勧善懲悪の典型的なストーリー。主人公の北町奉行所同心の板垣源之助の活躍がメインのようだ。で、俺。デレスケ親分もなかなか重要な役柄だった。その失敗から主人公を危機を招いたり、うっかり口を滑らせて捜査を台無しにしたり、、、。憎めないキャラクターなのがせめてもの救いか、、、。
出勤時間には、だいぶ早い時間に家を出る。
玄関を出るとちょうどハビブが仕事から帰ってきたところだった。
「イチウ。イマカラ シゴトカ?ソウソウ オマエガ クレタ パン オイシカッタヨー。」
「ああ、職場でもらったんだ。」
「アノ ベッピンサンハ リョウリモ ジョウズナノカ。」
「ああ、アヤメ?違う違う。あいつは料理なんかしないよ。」
「ソウカ。コノマエノヨルハ タノシカッタ マタ アソビニ キテクダサイト カノジョニ イッテクダサイ」
「オッケー。必ず伝えるよ。」
今夜からヴァンパイアポリスの見習い捜査官としての勤務が始まる。
捜査官とか言われてもピンとこないことばっかりだ。
服装一つにしても何を着ていけばいいのやら、、、。
アヤメのように制服があるのか?スーツか?
テレビの刑事もののアウトロー系の刑事は割とラフな格好をしているけど、あれはフィクションの世界の話。
出勤時の服装もTシャツとジーパンでいいのか?
アヤメの同僚のイヤミ巻き毛が言った「こいつの服装、貧乏臭くってセンス最悪~」という甲高い声が頭の中に響く。
ゴールデン商店街の洋服店に行けば、なんか売ってるだろう。そんな甘い考えで家を出た。
今日は天気も良くゴールデン商店街はそこそこ賑わっている。
~♪べにやべにやの翁饅頭♪食べればみーんな翁顔♪」創業200年、紅屋の翁饅頭は、創業以来変わらぬ製法で伝統を守り続けております~
紅屋の音楽が聞こえてくる。
あれ?紅屋の前にたたずむ、あの丸っこいシルエット、、、。
ケンタロウだ。
俺はケンタロウに駆け寄り、声をかける。
「ケンタロウ。」
「わんっ。あ、一宇!良いところであったねぇ。」
ケンタロウはキラキラした目で俺を見てる。尻尾があったら思いっきり振っているはずだ。
(声をかけたのは失敗だったか、、、。)
「翁饅頭は買わないよ。俺がカヲルさんに怒られるんだから。」
ケンタロウはがっくりと肩を落とす。
「翁饅頭も買わないのに、商店街でなにしてるんだよ~。」
ケンタロウにとってゴールデン商店街の中心は紅屋と翁饅頭らしい。
ケンタロウの私服に目がとまる。赤系のチェックのシャツにチノパン。紺色のカーディガン。
こざっぱりとして好感が持てる。
「ケンタロウ、お前の服はカヲルさんが選んでるのか?」
「まさかぁ。カヲルちゃんに選ばせたら。国分町のホストになっちゃうよ。洋服ぐらい自分で選べるよ。」
「よし!お前に翁饅頭を1個買ってやろう。」
ケンタロウの目に光が戻ってきた。
「そのかわりお前、俺の洋服を買うのに付きあえ。」
「オッケー。予算は?」
(翁饅頭強し)
「4万円だけど、着回しが効いて、職場に着て行ってもおかしくない服で頼む。俺、Tシャツとジーパンくらいしかないから、上下とも何枚か買えるとありがたい。」
「4万、着回し、、。職場、上下ともに必要。オッケー。じゃ行こうか。」
俺とケンタロウはゴールデン商店街を歩きだした。
「ここだよ、品数豊富、高品質、若者向け衣料の殿堂ヤング洋品店。」
看板は消えかかって読めないが、”若者衣料の殿堂 ヤング洋品店”と、その店の黄色いビニールの日よけにも青い文字ででかでかと書かれてある。
(ヤ、ヤング洋品店?大丈夫か??)
「こんにちは~。おばちゃんお客さん連れてきたよ。」
「この店には。おばちゃんなんかいないよ。イヤだね~。誰だい。」
店の奥から、かすれたガラガラ声が響く。
出てきたのは極彩色の服を着て、派手な化粧をした、お婆さんだった。この店を一人で切り盛りしてるなら、確かに、おばちゃんはいない!
「あら。ケンタロちゃん。お客ってこの坊やかい?」
「そうだよ。僕の友達。一宇っていうんだ。」
「ケンタロちゃんのお友達なら、勉強しなくちゃね。」
「わーい。だからおばちゃん大好き!」
「だから、おばちゃんじゃなくってお姉さんだろ。さてと。どんな服をお探しだい。」
「予算は4万円。職場に着ていけるカジュアル過ぎない着まわしのきく洋服でぇ。上下とも買えるだけください。」
ケンタロウは俺の希望をかみ砕いておばあ、お姐さんに伝えた。
「あ、すいません靴下もお願いします。」
「あいよ。ちょっとそこに立って。」
お姉さんは、エプロンのポケットからメジャーを取り出し採寸を始めた。
「あらまぁ、ガリガリだと思ったらナカナカ良い身体してるじゃないか。」
背骨に沿って氷の棒を刺されたような冷気が走る。
「おや。緊張しちゃって、可愛いねぇ。ちょっと待ってな。」
お姉さんは店内を駆け回って、カウンターに洋服を積み上げていく。
「心配いらないよ一宇。おばちゃんは今はこんなんだけど、もともとはパリコレ常連の有名デザイナーだったんだから。今でも、スタイリストやデザイナーの後輩が相談しに来るぐらいの大物なんだよ。」
(人は見かけによらない、、、。)
「そのツテモあって、ここのヤング洋品店では、一流品が格安で買えるんだよ。」
ケンタロウは自分の手柄のように胸を張った。
「はい、おまたせ。」
カウンターの上には洋服が山のように積みあがった。
「あの。予算は4万円なんですけど、、。」
心配になった俺は尋ねた。
「ああ、靴下と靴はサービスしておくよ。なんせ可愛いケンタロちゃんが連れてきてくれたお客様だからね。」
「じゃ、あっちだよ。」
おネェさんは店の奥を指さした。
「あっちって?」
「試着室だよ。その汚い服は捨ててやるから、着替えて帰りな。そうだね、これと、これかな。」
衣類の山の中から、適当に見繕った服と一緒に、俺は店の隅にある試着室に押し込まれた。
「お~。ぴったり。」
採寸したからか、服はどれも体にぴったりだった。
「そうだろ、そうだろ。」
後方からガラガラ声が聞こえる。
(!!!!!!)
お姉さんがカーテンの隙間から覗いていた。
「ちょっとぉ~、覗かないでくださいよ~。」
俺はカーテンを閉めてお姉さんを試着室から締めだす。
「なんだい。見たって減るもんじゃなし、これは役得ってもんだろ。」
カーテンの向こうでお姉さんがブツブツと文句を言う声が聞こえる。
俺は急いで着替えを済ませ、試着室から出る。
「一宇~。すごくカッコいいよ。」
鏡で見たが、自分ではないような不思議な感じがする。
「ほら、靴も履いて。」
俺は出された革靴を履く。
「これもぴったりです。なんでわかったんですか俺のサイズ?」
「サイズなんか、服も靴も見たら判るわね。」
「じゃあ、なんで採寸したんですか?」
「ほほほほほ。あれはアタシの趣味さ。」
お姉さんは悪びれることなく言った。
「じゃ、これ代金です。」
俺は財布から、4万円を出し渡す。
「はい、まいどあり。」
お姉さんはものすごいスピードで大量の洋服を大きな紙袋に詰め込んでいく。
紙袋は5袋にもなった。
「一宇。一人で運ぶのは大変だよね。翁饅頭2こ買ってくれたら、一宇の家まで運ぶの手伝ってあげるよ。」
「わかったよ。」
俺は、ヤング洋品店のおネェさんに丁寧のお礼をして店を後にした。
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