第8話 秦平助

門の前でアヤメを待つ。まだ夜明けまでにはまだ十分に時間がある。

玄関からアヤメが現れた、誰かと話しながらこちらに歩いてくる。

あのイヤミ天パではない。長身の男性だ。

アヤメが俺を見つけてこちらに向かって走ってきた。少し遅れて長身の男もやって来る。

「こんばんは。いや、おはようかな。」

この声には聞き覚えがあった。


男性が一歩進むと、その顔が街灯の明かりに照らされる。

(ん?宗助所長、、、。じゃない。その男性は髪をきれいにオールバックになでつけ、センスの良いスーツに身を包んでいる。平助首相だ。)

「君が長年、眷属を拒み続けたわが従妹のハートを掴んだラッキーボーイの本田くんだね。」

「本田一宇です。初めまして。」

「初めまして。アヤメは君の事がいたく気に入ったようだよ。しかも、君は宗助のお見立てだそうで、あいつは食えない男だけど、人を見る目だけはある。」

「変なこと言わないで!平助兄さま!」

アヤメが口をとがらせて抗議した。


この人は、宗助所長とは異なり人を従わせるようなオーラを放っている。

平助首相は俺の考えを読んだのか、意味ありげな笑顔を俺に向けたが、そのことについては何も言わなかった。

「あ、そうだ。本田君にお願いがあります。詳細はアヤメに話してありますから、彼女から聞いてください。ゆっくりお話ししたいのですが、もう夜が明けそうですからまた今後ゆっくりお話ししましょう。それではまた。」

「は、はい。ごめんください。」

一卵性双生児だけあって見た目は宗助所長と瓜二つだ。でも、服装や立ち居振る舞い、言葉遣いもまるで違う。双子って性格や行動も似るもんじゃないのかな?

でも、俺は宗助所長のほうが好きかも。俺の意味のない1票は宗助所長に投じられた。

アヤメがヘルメットかぶりベスパに跨る。

「アヤメっち、僕が車でおくるってば!」

いつの間にか玄関からイヤミ天パが出てきて騒いでいる。

「早く行って!」

アヤメが言うより先に俺はアクセルを全開に噴かした。バイクが夜気を切って走り出す。


刑部家に到着した。

「今日は話があるから入って。それに、あなたをそのまま返してしまうと、高梨さんが寂しそうなのよ。」

「高梨さんが?」

「昨日も何か食べさせようと張り切って待ってたみたいで、その、、私が帰しちゃったから。別に何も言わなかったけどさ。なんかがっくり肩落としちゃって。あなたは食べっぷりがいいって褒めてたわよ。」

(ちょっと微妙だけど。まぁ褒められたならいいか。)

食堂ではエプロンの高梨さんが笑顔で待っていた。

「一宇様はこれから帰ってお休みになるのでしょう?今日は体に優しい中国粥にしてみました。鶏と干しホタテで出汁をとってあります。」

白い陶磁器の中で白い粥が湯気を立てている。

「うっまーい。」

「ほほほ。それは良かった。アヤメ様がお話があるそうなので私はこれで失礼します。パンをたくさん焼きましたので、お土産にお持っていってくださいね。」

「ありがとうございます。」

高梨さんが出ていくと俺とアヤメの二人になった。


視線を感じて顔を上げると、アヤメがこっちを見ている。

「確かに。美味しそうに食べるわね。食事という行為がちょっと羨ましくなるわ。」

「俺もアヤメに話があるんだけど。」

「なに?」

「あの、俺の給料なんだけど、、。」

「なに?もう賃上げ要求なの?」

高梨さんとおんなじことを言う。

「いや逆だよ。俺の今の働きで2万円は多すぎるって思ってさ。高梨さんの美味しい賄いで食費もだいぶ浮いてるし。アヤメの送迎と待機でこんなに貰うわけにはいかないっつうか。」

「それなら、問題ないわ。」

(ん?問題ないって。)

「じゃ今度はこっちの話ね。最近、ヴァンパイアの犯罪も多様化してきて人間とヴァンパイアが組んで行われる犯罪が増えてるのよ。でも、日本政府との取り決めで人間の犯罪者をヴァンパイア執行官が捕まえるわけにはいかない。そこで、ヴァンパイアポリスに人間の捜査官を導入することになったのよ。ヴァンパイアの刑事と人間の二人一組で捜査をするってわけ。」

「へぇー。いいんじゃね。」

俺はお粥をほおばりながら適当に言った。

「平助兄さまが、私が眷属を見つけたって聞いてその眷属を私の相棒にどうかって。」

「それはグッドアイデ、ア?って。えええええええええ。てことは俺?」

俺は今食べたお粥が胃から逆流するんじゃないかと思うほど驚いた。

「平助兄さま曰く。私が普通の人間と組んで仕事をするのは無理だろうって。まぁ、一理ある。それに私も知らない人間と組むの嫌だし。まぁ。試験的に5人の捜査官とその眷属がその任にあたることになったのよ。私も選ばれたから、一宇もよろしくね。」

「で、でも捜査官だろ。俺、教養はないし、それに、弱いし、、、。」

「あはははは。それなら心配ないわ。一宇にはその辺は全く期待してないもん。」

アヤメは高飛車に言った。

「あー。はいはい。そうですか。」

「で、具体的に俺の仕事ってどんなの?」

「うーん。わかりやすく言うとね、私が同心であなたか岡っ引きよ。時代劇「江戸の稲妻」でいうと私が板垣源之助であなたがデレスケ親分ってとこかしら。」

「よけいわかんねぇーよ。なんだよデレスケ親分って。」

俺は、なんとなくデレスケ親分のひびきにムカつく。

「なになになに。一宇は往年の名作時代劇、江戸の稲妻見たことないの?」

アヤメは心底驚いている。なんだよ、江戸の稲妻って。

「まぁ、私が主で一宇が子分。今の眷属の関係と変わらないわよ。あなたがお給料の事を気に病んでいるならちょうど良いじゃない。給料分こき使ってあげるから。話は以上。もう帰っていいわ。」

「俺、やるって言ってないし。俺の意見は聞かないのかよ。」

「イヤならいいのよ。今までどおり送迎係をお願いしますから。」

ぐうの音も出ない。

「わかったやるよ。やりますよ。」

俺は食器を洗って屋敷を後にした。バイクのエンジンをかけると、門からアヤメが現れる。

「これ、貸してあげるわよ。」

そういってボストンバッグを俺に渡す。

「なんだよ、これ。」

「江戸の稲妻、DVDコンプリートボックスよ。」

「サンキュー。日が昇るから早く家に戻れ。おやすみ。」

「おやすみ。またね。」

アヤメが家に入るのを見届けてから俺は家路を急いだ。


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