第10話 新人捜査官たちの夜

結局、試着室から出たままの服装で俺は刑部家へ向かった。

大量の服は紙袋に入ったまま、部屋の隅に置かれて整理されるのを待っている。

「ほほう。一宇様見違えましたな。」(高梨さんの反応)

「馬子にも衣裳ってやつね。」(アヤメの反応)

二人の表現方法に違いはあるが、褒められたと肯定的に受け取る。


「一宇様。これ、お弁当です。今日は就職祝いも兼ねて私の生まれ故郷の郷土料理 ”醤油おこわ”のおにぎりにしてみました。ほほほほ。私、前から一度お弁当を作ってみたいと思っておりました。こんな形で夢がかなうとは、それと、これもお入り用かではないですか?ノートと筆記用具です。」

高梨さんは嬉しそうに言って俺に包みを二つ渡した。

「お手数かけます。」

高梨さんには何から何まで世話になりっぱなしだ。


俺とアヤメはベスパにまたがり、ヴァンパイアポリスへ急いだ。

秋風が冷たくなってきた。そろそろバイクのシーズンも終わりかもしれない。


ヴァンパイアポリスは仙台市中央警察署敷地内にある別館で、鉄筋コンクリート4階建ての建物すべてを利用している。

中には、取調室、一時的に捕まえた犯罪者を収監する留置所などの機能もヴァンパイア仕様(完全遮光)で備わっていた。


玄関に新人研修受講者は3F(会議室)にお越しください。

と張り紙がある。

「じゃ。」

アヤメは一人でさっさと行ってしまった。

俺はやや心細くなりながら3階へ急ぐ。

「新人研修会場」と張り紙のしてある部屋に入る。

中にはすでに3人ほどの研修生が座っていた。

俺は一番後ろの空いている3人掛けの会議用テーブルに座る。

「よろしくね。俺、稲葉信吾。結城ノエルの眷属。」

二つ前の席に座っているチャラい男が話しかけてくる。

金髪に革の上下。中に着ているTシャツは1970年代に流行ったロックスターレコードのジャケットがプリントされている。

この服装がOKなら、俺もヨレヨレTシャツとジーパンでよかったかも。

「よろしく。俺は本田一宇。刑部アヤメの眷属です。」


俺の声に反応して、斜め前の女の子がはじけるように振り返る。でも、俺と目が合うとすぐにプイっと前を向いてしまった。

彼女を見た瞬間、前にあったことがあるような不思議な感覚を覚えた。

そんなわけないよな。あんなかわいい子だったら忘れるわけがない。


最後の一人と思われる角刈りマッチョのお兄さんが入ってきた。

(確か、眷属の採用は試験的に5人って言ってたよな。)

5人目が入ってきたすぐ後、書類を抱えた老人が研修室に入ってきた。

「はいはい。皆さん。この広い会議室でたった5人がバラバラに座ることはないでしょう。ここと、ここの長テーブルに2人と3人に分かれて座ってください。」

俺のテーブルには稲葉とさっき俺をチラ見してた女の子の3人。隣のテーブルにはマッチョと痩せて眼鏡をかけた男が座っている。


「よろしい。私は伊達信義と申します。まず初めに自己紹介でもしてもらおうかな。名前と年齢、誰の眷属なのか、あとは好きに話してくれたまえ。じゃこっちの端ガタイの良い君から。」

「はい。自分は山田栄。22歳です。我が主は高木敬です。自分、眷属になる前は陸上自衛官をしておりました。よろしくお願いします。」

「はい。よろしくね、じゃ次。」

「灰野隆です、18歳です。主は杉山千尋さんです。よろしくお願いします。」

「はい、じゃ次の人。」

「俺は稲葉信吾。24歳。結城ノエルの眷属です。趣味でバンドやってます。暇があったらライブ来てくださーい。」

「はい、次の人。」

(おれだ。)

「本田一宇、18歳です。刑部アヤメの眷属です。趣味はバイクです。よろしくお願いします。」

「おお。君がアヤメ嬢ちゃんの眷属かい。」

伊達の爺さんが興味ありげに俺を見ながらそう言った。

(もう一つ別の視線を感じて隣を見ると、また女の子がこっちを見ていた。でも、彼女は俺と視線が合わないようにすぐに下を向く。)

自己紹介は彼女の番になった。

「常盤サキ18歳です。赤目類(るい)の眷属です。よろしくお願いします。」

(常盤サキ?っぱり知らない子だな。)

「はい。全員の自己紹介が終わりましたね。それでは、講習を始めます。このプリント集を1部とってお隣に回してください。筆記用具を忘れた方はいますか?」

(高梨さんありがとう!)

「はーい。持ってませーん。」

稲葉が手を上げる。高梨さんが準備してくれた筆入れには。きれいに削られた鉛筆とボールペンが何本かづつ入っていた。俺は鉛筆とボールペンを稲葉に渡す。

「サンキュー。」


「まず。君たちが試験的試みであっても捜査官として採用されたことを嬉しく思います。君たちの仕事内容ですが、主であるヴァンパイアとともに人間とヴァンパイアが共犯で行われる犯罪を取り締まることです。」

「山田栄君は身体的に恵まれているようですが、他のの皆さんは一般的な人間ですね、今回の募集にあたり眷属の方々の能力は選考基準にはありませんでした。主にヴァンパイア捜査官の能力のみで選考しています。」

(でしょうね。)

「ですから、君たちに求められるのは自分の安全に留意し捜査の邪魔をしない!この2点となります。逮捕時に人間の犯人に手錠をかけるのは皆様の役目です。人間の犯罪者は逮捕後すぐに日本の警察に引き渡してください。難しいことはありません。誰にでもできる簡単なお仕事です。」

(要は、人間の領分を犯さないためのお役所的配慮なわけね。)

「プリントを開いてください。中に契約書類が6部あります。ケガや死亡の際の保険に関する契約書です。よく読んで内容を確認してからサインしてください。サインが済んだら本日の研修は終了ですので、帰宅していただいて結構です。勤務は明日からになります。サインした書類はこの箱の中に入れてくださいね。それと帰りに受付で制服を受け取ってください。」

(へ?それで終わり?)

言うべきことを言うと、伊達の爺さんはさっさと部屋を出て行った。


「へへへへ。俺、終わったぜ。見てこれ俺のサイン。この書類、俺のサインがいっぱいだから、数年後はすごいお宝になるなるかもね。あ、ボールペン、サンキューな。」

稲葉は書類を読まずにサインしたらしい。

他の参加者は各々書類を読みながらサインしている。

俺も書類にサインを始めることにした。


隣に座る常盤さんを覗き見る。

ん?。彼女を見て感じた既視感の原因がわかった。

彼女はどことなくアヤメに似ている。

髪形もアヤメと一緒だ。なんだなんだ?アヤメのファンなのか?

「あの。僕、終わりましたのでお先に失礼します。」

灰野が書類を箱に入れて部屋を出ていく。

「じゃ、俺も帰るわ。またな。」

稲葉も部屋を出て行く。


山田さんは、まだ書類を必死に読んでいる。

俺もさっさと必要個所に名前を書きこんでいった。

また、常盤さんと目が合う。

「あ、あの。常盤さんの主ってどんな人?」

突然声を掛けられて常盤さんは面食らったようだが。

「あの、優しくて素敵な方です。」

と消え入るような声で言った。

「あの、本田さんと刑部アヤメ様の事は主から聞いてます。」

「えっ。俺の事も?俺ここに知り合いはいないはずだけど、、、。」

(あああああああああ。一人だけいる。)

「常盤さんの主って、赤毛で天パ?」

「あ、そうです。」

(イヤミ天パか。)

「じゃ。俺の事聞いてるっていい噂じゃないよね。」

「あ、でも。実際の本田さんはおしゃれな方だったんで驚きました。あっ。あ、あの、すみません。」

どことなくアヤメに似ているが、中身は普通の女の子らしい。

「はははは、気にしなくっていいよ。」

「ふぅー。終わった。」

山田さんもサインをし終えたらしい。

俺たち3人は連れ立って研修所を後にした。


「なんだか、想像してたのとちがったね。」

山田さんは気が抜けた様子で言った。

「ほんとに。」

気が抜けたのは俺も一緒だった。

これでは、2万円の給料は減額してもらうしかないかも、俺はそんなことを考えていた。


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