第3話 俺のご主人様
ケンタロウが見えなくなった。俺は門についてるインターフォンを押す。
直ぐに男性の声で応答がある。。
「どちら様ですか。」
「スマイル眷属紹介所から来ました。本田一宇と申します。」
俺はインターフォンに向かって頭を下げた。
「少々お待ちください。」
門が開き、中から高級なウールの三つ揃いのスーツを着た上品な初老の紳士が現れた。この人がご主人様か?
「おやおや、宗助様も奇策に出ましたね。」
そう言ってその紳士は、ほほほっと笑った。
「どうぞ、お入りください。すぐにお嬢様をお呼びします。」
「お嬢様?」
「申し遅れましたが私はこの家の執事で高梨と申します。」
高梨さんに案内された客間は広く、質の良いアンティーク家具が置かれていた。
俺は、借りてきた猫のように小さくなっていく気持ちがした。
バタンッ。乱暴に扉が開く。
そこに立っていたのは16.7歳くらいの女の子???
「なによ!宗助兄さまったら、今度は、こんなチンチクリンなガキをよこして、どういうつもり!」
彼女は俺を一瞥してそう言い放った。
(ん?俺のことかよ。チンチクリンなガキって自分だってそうじゃねぇか。)
「なんですって、チンチクリンですって!」
(やばい、忘れてた。読まれたか。)
そこへ高梨さんがお茶を持って現れた。
「アヤメ様、これで20人目ですよ。この方を断ったら、さすがに宗助様もご気分を害されるんじゃないですか。」
(ああ、こいつがブーメランの元凶か。)
「宗助兄さまなら大丈夫よ。私に甘々だもん。」
そういって俺の方を意味ありげに見てほほ笑む。笑うと結構かわいい。
「仕方ないわね、履歴書出しなさいよ。見てあげるから。」
彼女の高飛車な態度に飲まれた俺は、慌てて履歴書を出す。
「何これ、汚ない字ねぇ、なんて書いてあるかわからないじゃない。」
(うるせぇ、ほっととけよ。)
仕方なく見てやると言ってた割には、きちんと読んでいる。確かに汚ねぇ字だよな。
彼女の目が履歴書の中ほどで止まる。
「ねぇ、あなた。これホントなの?」
履歴書を机にたたきつけ顔がくっつくほど身を乗り出してくる。
「ホントって何が?」
(か、顔が近い。かわいい顔がこんな近くに、、。)
俺はドキドキする。
「この履歴書に書いてある、”直せないバイクは無い”ってやつよ。」
(ああ、特技の欄に書くことないから、ガソリンバイクで直せないバイクは無い!って書いたんだっけ。)
「ホントだけど、電気バイクは直せないよ。お嬢さんバイクに興味あんの?」
「ちょと来て!」
彼女は、その細い腕からは想像できないほどのバカ力で俺の手を引いて長い廊下を進んでいく。暗い廊下の先にある裏口を抜けて外へ出た。
外には、俺のアパートよりも大きいガレージがある。中の灯りをつけると中には夢の世界が広がっていた。
「これすげぇな。クラシックカーばっかじゃん。」
ガレージ内には往年の名車と呼ばれるガソリン車が山のようにあった。
「それは、どうでもいいの。これよ、これは直せる?」
そういって彼女が銀色のシートを外すと、中から出てきたのは往年の名単車スズキ:GSXーRだった。
「おおおおお。すげぇな。初めて見たよ。」
「これ、直せる?」
彼女の顔に一瞬、緊張の色が走る。
(不安な顔も結構可愛いな)
「おう、まかせとけ!というか、こっちから頼む。これを俺に修理させてくれ。」
こんなすげぇバイク修理できるなんて夢のようだ。俺は頭を可能な限り下げて頼んだ。
「決定よ!あなたを私の眷属にしてあげるわ。」
そういって彼女は俺の小指をきりりっと噛んだ。
「痛ッ。」
「安心して。これでヴァンパイアになるわけじゃないから。」
そりゃそーだ。現時点では人のヴァンパイア化は日本政府からも、ヴァンパイア政府からも禁止されている。
彼女はの顔から不安な色はすでに消え失せ、元の高飛車な表情に戻っていた。
「んじゃ、よろしくな。明日は道具もってくっから。」
「今日から!じゃ、ダメか、しら。道具ならここにあるわ。」
そういって、彼女はツールカートを奥から引いてくる。中には必要なツールが一式揃っていた。
「道具もすげぇな、じゃ、さっそく今夜から取り掛かりますか。」
「ありがとう。」
「いやいや、俺の方がありがとうだよ。こんな名車に出会えて、整備までできるなんて夢ようだ。」
「あなた。その服汚れちゃうんじゃない?」
彼女は、俺の唯一の襟のついた服を心配していた。
「あ、全然平気、安物だし動きやすいから気にしないでOK.。でも、面接にはマズまずかったよな。」
俺が笑い、彼女もつられて笑った。、、、ような気がした。
結構錆が出ているのでまずは分解。ここを手抜きすると万事がうまくいかない。
俺とお嬢様は、分解したパーツの錆さびを丁寧に落とす。
どのくらい時間が経ったのか二人は黙々と作業を続けた。
「休憩しませんか。」
高梨さんが夜食のサンドイッチとコーヒーを持って現れた。
時計を見ると、午前2時を過ぎたところだった。
俺は手を洗い、高梨さんのサンドイッチをぱくつく。
(うまい!!)
「あなた、なんでこんな役に立たないことを知ってるの?」
手を休めることなくお嬢様が口を開く。
「今、十分役に立ってるじゃん。俺のじいちゃんバイク屋だったんだよ。時代は、電気バイク移行して。ガソリンの高騰もあって、誰も乗らねぇってのに、ガソリンの単車にこだわってさ。排ガスの匂いがいいだの、エンジン音がいいだのってさ、客も来ねぇのに。いっつも単車をいじってたよ。」
「素敵なおじい様じゃない。職人ってやつね。」
「俺も大好きだったよ。だから学校終わったら毎日じいちゃんの店に行って見様見真似でバイクいじり始めたのがきっかけ。ところでこのバイク、お嬢様のなのか?」
「兄のよ。」
「だよな。お嬢様には大きすぎる。」
「そのお嬢様ってのやめてくれない。」
「じゃ、なんて呼べばいいんだよ。」
「アヤメでいいわ。私もあなたのこと一宇って呼ぶから。」
「アヤメ。そろそろ夜が明けるぜ。いくつかパーツも必要だし、今夜中に直すのは無理だから今日はもう休めよ。明日、パーツ屋で足りないものを探してくるよ。」
「わかったわよ。おやすみ。」
名残惜しそうにアヤメは自室に戻っていった。
俺は一人で作業を続けた。バイクをいじっているときは嫌なことを忘れる。
没頭しているうちに夜が白々と明けてきた。
ガレージに白いエプロンを付けた高梨さんが入ってきた。
「少しお休みになって朝食になさいませんか。準備はできております。」
有無を言わさぬ感じで俺に休憩と朝食を促す。俺はガレージの水道で手を洗い。高梨さんに続いて食堂に入る。
食堂のテーブルには、温かい湯気の立った味噌汁、卵、魚、白いご飯の純和風朝食が並んでいる。
「いただきます。」
う、うまい。こんなうまい朝食は何年ぶりだろう。
高梨さんを見ると笑顔でこっちを見ていた。
「あ、すごい美味しいです。」
俺は、がっついているようで、少し恥ずかしかった。
「この後はどうなさいますか?少しお休みになられては。」
「ああ、じゃそうします。で、起きたらパーツ屋見に行きたいんですけど、ちょっと懐が寂しくて。」
「かしこまりました。購入品リストをいただけますか?お目覚めまでにお金は準備しておきましょう。」
ふかふかの布団からは洗濯したてのいい香りがした。疲労、緊張、満幅、の三拍子が揃い、俺はすぐに夢の中へ落ちて行った。
カッコー。カッコー。カッコー。
スマホのアラーム音が夢の中に響く。
俺、今「GSXーR」の修理してたんだっけ。そう考えただけで、頭が即座に回転し始める。
寝る前にパーツ屋のおやじに必要なパーツをメールしておいた。
おやじから返信がある。
「〆しめて16万8千円。ツケ、カード不可で夜露死苦!」
何がヨロシクだよ。でも168000円ってだいぶ高額になったなぁ。高梨さん、どんな顔するだろう。
俺は起き出して食堂へ向かう。
食堂からはいい匂いが漂ってくる。中では高梨さんがエプロン姿で食事の準備をしていた。
「良くお休みになれましたか。」
「おかげさまでぐっすりです。あの、パーツ代なんですが、結構高額になちゃって。」
俺は小さな声で申し出た。
「あなたの購入品のリストを拝見して、間に合う額を準備しておきました。」
食堂のテーブルに分厚い封筒が置いてある。
「50万入っております。」
「ええっ。そんなにはかかりませんよ。」
50万なんて大金、いっぺんに見るのは初めてだ。
「おやおや、一宇様は良いツテをお持ちのようですね。ほほほほ。」
「パーツ屋はゴールデン商店街の近くなんで、ついでにスマイル紹介所にも就職の報告してきます。」
「それがいいでしょう。」
「夕食の準備をしてお待ちしておりますよ。」
「はい。じゃ行ってきます。」
~高橋モーターズ~
パーツ屋はゴールデン商店街のはずれにある店舗で営業していた。
バイクが廃れた今、モーターズとは名ばかりで機械や電気部品のレアパーツなども扱う、なんでもショップというのが実際だ。
ガソリンスタンドが電気自動車や電機バイクの充電所に変わった今でも、ここではガソリンが手に入る。ただしべらぼうに高い。俺がこの店の唯一無二の客なのではないかと俺は思っている。
その証拠に、客のこない店のシャッターは常にしまっている。
勝手にシャッターを開けて中に入るとおやじが居眠りしていた。
「おい、おやじ。」
このおやじは、じいちゃんのバイク屋仲間だった。年齢は70歳を越えてるはずなのに、気持ち悪いくらいマッチョで強い。
「おお、来たか。お前一体何やってるんだ?このパーツじゃ、お前のバイクじゃねぇよな。」
「ああ、俺の依頼主の「GSX」だよ。」
「おお、そんな名車がいまだに現存してんのかよ。今じゃ、東京のバイク博物館くらいにしかないんじゃないか。」
「ああ、これ。金な。悪ぃけど領収書も頼むわ。」
「領収書だと小僧。今までそんなこと言ったことねぇじゃねぇか。そんなもんねぇよ。」
「じゃ紙にでも書いてくれよ。これは依頼されたもんだから。」
「お前、これどうやって持っていくんだよ、結構重いぜ。」
おやじはパーツの入った段ボールを指さす。
「台車貸してくれよ。」
「おう。台車レンタル料はサービスしてやるよ!」
「けっ、何がサービスだよ。こんな店、俺がここの唯一客だろ。もっとサービスしろよ。」
「仕方ねぇな、ガソリンも30Lサービスしとくよ。毎度アリ~。」
俺は、パーツと領収書を受け取り、店を出てゴールデン商店街に向かう。
夕方の買い物時間にはまだ早いのか商店街は閑散としていた。
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