第2話 スマイル眷属紹介所

職安から一度家に帰り銭湯に行く。やはり人間は第一印象が肝心。今日は奮発して100円のコインドライヤーで念入りに髪も乾かした。


服装はどうしようもない。襟のついてる洋服は1枚しか持っていない。その1枚しかないシャツとチノパンを履く。

職安からもらった封筒と履歴書を確認して早めに家を出る。


「スマイル眷属紹介所」はゴールデン商店街の一角の古ぼけたビルの2階にあった。

時間より10分ほど早く到着する。これぞ正しい求職者の姿。

すでに日は沈んでいるが、あたりはまだうっすらと明るい。


「あの~。今日面接の約束をしてる本田です。」

事務所の扉を開けて中に入る。中は薄暗い。ヴァンパイア仕様なのか?

「ええ~。もう来たの。6時って言ったじゃん。ごめーん、暗いわね。今、電気つけるから。」

室内灯がつき、古い事務所の中が良く見えるようになった。

「困ったわね。まだ宗助ちゃん起きてこないのよ。」

そう言いながら、フェロモン全開のグラマーな美人が事務所の奥から出てきた。胸元の大きくあいた服から見える胸の谷間が悩ましい。


事務所内には、応接セットがあり、3人掛けソファーには黒い大きな犬が一匹寝そべっている。

「そこに座ってて。今、お茶入れるから。」

俺は、犬の寝ているソファーの向かい側の一人掛け用ソファーに腰を下ろした。


「お姉さんもヴァンパイアなんですか?」

お茶を運んできたお姉さんに聞いてみる。

「私?。違うわ人間よ。私はね宗助ちゃんの眷属なの。あ、宗助ちゃんってここの所長ね。それと私はカヲル。この事務所の事務員兼秘書。よろしくね、本田君。」


「でも、君も物好きねぇ、眷属になろうなんて。見た感じ、ヴァンパイアマニアってわけでもなさそうだし。たまにいるのよぉ、ヴァンパイアが好きだから無給でもいいから使ってくれって輩がさ。」


「あっ俺、金が要るんですよ。趣味に金がかかるもんで。」


「ま、そうよね。でも、お金が目的で来た人も続かないのよね。まぁ、仕事にならないって意味じゃヴァンパイアマニアも同様だけど。」


「この事務所ってカヲルさんと所長の二人なんですか?」


「もう一人いるんだけど、今日はお休み。というか仕事にならない状態だから。」


ん?なんか手に違和感が、生暖かい感触、、。

うわっ。ソファーで寝ていたはずの犬が、お茶を持っていないほうの俺の手をペロペロと舐めまわしている。


「駄目よ!ケンタロウ!」

カヲルさんの声に驚いた犬が後退する。

「あなたなんか食べ物持ってない?」

「あ、かばんの中にスナック菓子が入ってるかも。」

スナック菓子という言葉に反応したかのように犬はお座りして尻尾をブルンブルンと振った。

「駄目よ!ダイエットするように獣医に言われてるでしょ!」

「クーン。」

あきらめきれないのか、犬は俺のカバンを抱えて舐めはじめた。

「ごめんねぇ。人間の時はもう少し節操があるんだけど。」

「え?人間の時は?」

「その子がここの3人目。ライカンなの。普段は人なんだけど、ホラ、今夜は満月だから。仕事はお休み。」

犬。いや狼はキラキラした目でこっちを見ている。

「なんかイメージ違いますね。ライカンって初めて見ましたよ、俺。」

「当然よぉ、今じゃ絶滅危惧種なんだから。それに、ライカンのイメージなんて人間が勝手に作ったものでしょ。人畜無害なのよ、困ってるのは、尻のにおいを嗅ごうとすることと、盗み食いするくらいかしらね。」

「なんかすることも犬ですね。」

ライカンは俺たちの話に興味はないらしく自分の尾っぽを追ってくるくる回りだした。


その時、奥の扉が開き中から銀髪で長身の男が出てくる。

「あれ~。お客様?」

「そうよ。ハローワーク紹介の眷属の希望者。」

「初めまして。本田です。」

俺はソファーから立ち上がり頭を下げる。


デジャブか?この男の人、完全に初対面のなのに、どこかで見たことがある。つうか、よく知ってる気がする。


「よろしくねぇ。アタシはここの所長の秦(はた)宗助。」

あれ?秦?名前も聞き覚えがあるような。気が、、、。


ああああああ。


「バンパイア政府の首相。秦平助、、、さん?」


(あれ?宗助って言ってたよな?)


秦平助。彼の姿をメディアで見ない日はない。連日そのハンサムな顔立ちから出てくる発言や、センスの良いファッション。その洗練された立ち居振る舞いがテレビから流れ、お茶の間を賑わせている。

秦首相はワイドショーの視聴率を持っているらしく、連日ワイドショーでは特集が組まれ、ヴァンパイアのイメージアップにも貢献しているとかいないとか。


「平助はアタシの双子の弟です。」

双子。なるほど。そっくり。


秦平助はバンパイア政府の首相として、彗星のごとく現れた。その甘いマスクとモデルのような長身、洗練された装いと立ち居振る舞いで日本の淑女たちのハートを鷲掴みにしている。国分町の韓流ショップのあたりにモグリの平助ショップができたとかできないとか。


でも、、。姿かたちは瓜二つだが、ぼさぼさの髪に無精ひげ。

首の伸びたよれよれのTシャツにジャージ姿。

なんとも庶民的ないでたち。好感が持てる。しかも、不揃いにのびた無精ひげは、いい男度をアップさせているかも、、。


「はははは、庶民的とは。でも、好感を持ってくれたなら嬉しいねぇ。」

宗助所長はぶしょう髭をなでながら言った。


(ヤバい。ヴァンパイアは人の心が読めるんだ)


「すみません、でも、心を読まれてると思うとやりにくいです。」

「はははは。ごめんね。無粋でした。他人様の頭を覗くなんてイケナイよね。じゃ、君。採用ね。」

「えええ?いいのぉ?宗助ちゃん。顔見ただけで採用って。」

カヲルさんが非難のこもった視線を所長に向ける。

「それに、彼は刑部(おさべ)家の眷属希望なんですよ。」

「ああ、そりゃいい。彼なら刑部家にぴったりだよ。決まり!」


「あの、口を挿んでスミマセン。履歴書とか見ないでいいんですか。」

俺はたまらずに言った。

「アタシの一番の特技を教えてあげましょうか。人を見る目です。これにはちょっと自信がある。」

銀髪からの覗く切れ長の目が光ったように見えたのは気のせいか、、。


「いつから働ける?」

宗助所長が尋ねる。

「いつからでもOKです。」

「あ、そう。じゃ、早速これから行ってもらおうかな。カヲルちゃん。高梨さんに連絡して。」

「マジ?いいの?この子、眷属業はど素人だよ。」

「眷属に必要なもの、それはハートです。この子にはそのハートがある。」


(初対面なのに、いい加減なこと言ってら。)


「簡単に仕事を説明すると、ご主人のヴァンパイア様の指示に従ってなんでもやるってことね。何を指示されるかは出たとこ勝負だから。あなたは契約ではあるけど、眷属なんだからご主人様の要望には常に「イエス」しかないわよ。ただし命にかかわること以外はね。まぁ、もちろんそれは契約が成立した場合の話よ。」


(なんともはや!2万円は甘くねぇな。)


「場所は、ここからそんなに遠くないから、ケンタロウが案内するわ。」


ワンっ。


「ケンタロウさん、お願いします。」


ワンっ。そういうとケンタロウは器用に扉を開けて階段を降りはじめた。


「それじゃ、行ってきます。」


「雇用契約書は明日までに作っておくから。」中からカヲルさんがそう叫んだ。


「宗助ちゃん悪趣味ね。雇う気なかったのね。あそこに紹介した人は全員断られてるじゃない。それに、新人にあそこの職場は厳しいわよ。」

「いや、彼は大丈夫だよ。」

閉めた扉からそんなやり取りが聞こえてくる。


(なんだよ雇う気ねぇのかよ。)


俺はネオンで明るくなった商店街をケンタロウ導かれて歩き出した。


ワンっ!

30分くらい歩いただろうか、ケンタロウが大きな門のある家の前で足を止める。

「おお、ここかぁ。でけぇ家だな。ケンタロウ、サンキュー。もう行っていいよ。」

ケンタロウは去らない。ただ俺を見つめて尾っぽをパタパタ振っている。

「なんだよ。行っていいよ。」

今度はしきりにカバンを見つめている。

「なんだよ。お礼しろってか。カヲルさんには内緒だぞ。」

カバンからスナック菓子を取り出し放ってやると、ケンタロウはそれを上手にキャッチして駆けて行った。

(げんきんなやつめ)

俺はケンタロウの黒い体が見えなくなるまで、ケンタロウを眺めていた。



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