第2話 「私が探偵助手をするならこう」の後編
徐々に足音が近づいて来る。
「さっきは……聞こえた……のに……呼吸の……音……」
そして何かを探るように銅像の周りをうろうろすると、部屋の隅に行く。
「?……足に……何か……当たった……」
そして、彼女はそのあたりを探っているらしい。
「なにこれ……布……?」
そして、布がバサバサと中に舞う音が聞こえる。
「見つけた……!」
「……!」
「私の……お家の……甲冑……」
「入口に……一個しかなかったから……心配しちゃった……人間の呼吸だと思ってたのは……気のせい……かな……」
そして彼女は甲冑を入口に移動させると、部屋を出ていった。
「……行ったみたいだな……」
「ええ、そのようね。にしても、あなたにしてはいい案ね。」
「おいおい、にしてはは余計だぜ。」
ちなみに、さっきの回避方法はこうだ。
まず、入口にあった甲冑を持って部屋の隅へ行き、甲冑を置いて、半分に切った「天狗の隠れ布」を被せたあと、銅像の土台の上に乗り、もう半分の布を被る。そしてあの少女が獲物を捕獲するために土台を動かす。しかし私たちは罠にかかっていないからもちろん中には甲冑の腕しかない。そして彼女が穴から出たら、土台がしまる前に穴に隠れる。そうすればあとは彼女が部屋を出るのを待つだけ……ってわけだ。
呼吸の音に気づかれたときは焦ったが、そこはなんとか甲冑で注意をそらせたようだ。
そして……
「やはりな……横にあった道が開いたぜ。」
「ちなみに、ここが開かなかったらどうするつもりだったのかしら?」
「いや、それはないね。だって1度に2人も処理したんだ。そんなことしたら、他の警官に目撃されるはずだぜ。目撃されず2人をどうにかするなら、この部屋でどうにかするしかない。……で、どうにかできるといったらここしかないだろう。」
「なかなかの名推理ね。さすが稀崎探偵社の一員だわ」
……?いつから私は稀崎探偵社に就職したんだ?
「しかし暗いわね……電気電気……あ、あったわ。」
そう言って稀崎が電気をつけると、目の前には驚愕の光景が広がっていた。
「……!これって……死体……か?人の……」
そこには、十数人の人々がまるでごみのように無造作に捨てられていた。いや……置かれているのか……?もしかして……これ……
「いいや、死体とは違うわね。悪臭がしないもの。」
「え……?じゃあ……」
稀崎は上半身を倒すと、置かれている中の1人の手首をつかむ。
「生きてるわ。僅かだけど脈がある。」
「生かしてるのか……?でもなんで……」
すると私の問いに対して稀崎は、部屋の端にある扉を指差す。
「それは、もっと調べれば分かるんじゃない?」
「入れってのか?私に。」
「いやいや、私も入るわよ。でもあなたが先頭。私のような歩くこともままならないか弱い少女を先にどんな危険があるかもわからない部屋に入らせるなんて正気じゃないわ。」
「いやいや、そしたら後ろも危険だぜ?いつあの少女がこの部屋に来るかわからないからな。」
「戻って来たらあなたが戦ってくれればいいじゃない。なんのために連れてきたと思ってるの?」
なるほど、うまいことガードマンにされたわけだ。なんでこうなると気づかなかったんだよ。自分。
だが、このまま何もせずあの少女とご対面して捕まったりしては癪だ。
私が扉を開けると、謎の液体が入った巨大なバケツがあったが、私の「バケツの中身は何か」なんて疑問はすぐにかき消された。なぜなら、壁には異常にリアルな人の顔のお面が大量に飾られていたからだ。
私が驚きのあまり立ちすくんでいると、中の安全を確認した稀崎が私を押しのけて部屋へ入り、部屋の中をくまなく探索する。
「なるほど、「生きてた」んじゃなく、あなたの言っていた「生かされてた」が正解だったようね。」
「え……どういうことだ?生かされてたのがそのよくできたお面と何か関係あるのか?」
「は?「よくできた」お面?」
稀崎は上を向いて「はっはー」と作り笑いのような片言の笑い声を上げる。
「よくできたお面……??あなた本当におめでたい男ね。この部屋とあっちの部屋を見たってのに、あの少女をお面職人かコレクターだと思ってるワケ!?」
そして稀崎は車椅子を回転させてこちらを向くと、「まあお面職人ってのは、あながち間違ってないけど……」とつぶやく。
「……?な、何が言いたいんだよ。」
「はー、鈍いわねー、さっきの少女から逃げるのに知力を使い果たしちゃったかしら?」
そして稀崎は車椅子を動かして私の近くまで来ると、いつの間にかひとつ取っていたお面を私の目の前に出す。
「顔の皮。本物の、人間の顔の皮で出来てるわ。」
「なっ……はぁ?」
「人間は、死んだら腐ってしまう。だから犯人は腐っていない皮でお面を作るために捕まえた人間を生かし、かつ逃げられないくらいにまで弱らせておく。
鮮度を保ってるのよ。まるで活魚のようにね。
そして顔の皮を剥いでそのバケツに入ってる液体で固める。ってとこかしら。」
「活魚は違うだろ。輸送するんだから。」
私がケータイをいじりながらそう言うと稀崎はキッとこちらを睨む。
「そこはどーでもいいのよ!どーでも!重要なのは生きたままってとこなの!というか今は仕事中でしょ!ケータイなんかしまってくれるかしら?!」
「悪かったよ……ちょっとからかってみただけだろ?それに気づかれるから大きな声は出すなよ。」
私がケータイをしまいながら小声で言うと稀崎は、何か言いたげにまた私を睨んだが、すぐにぷいと向こうを向いてしまった。やれやれ、今は拗ねてる場合じゃないだろ。(私のせいだが。)
というか、完全に忘れていたが、今はこんなことをしている場合ではない。
「おい、もう帰ろうぜ。証拠はだいぶ集まっただろう?」
「なんだよ英。ビビってんのか?」
「そういう通じない人が出てくるネタはやめろ。はやく行くぞ。」
そう言って私が部屋を出ると、何かがおかしい気がする。
明らかに置かれていた人の配置が違う。いや、さっきは逆から見てたからか……?
私は恐る恐る人の山に近づく。
すると細い腕が蛇のように首に絡まり、強く締め付ける。
「うおっ!なっ……!!ぐぐ……く……!!」
あいつだ。さっきの少女だ。しかし、こんな白くて細い腕のどこからこんな力が……!?
私はとっさに警棒を取り出し、グリップエンドで力の限り少女の腕を数回叩く。
「痛っ……!」
彼女がひるんだ隙に後ろに周り込み警棒を振り下ろすが、彼女はすぐさま振り向き素手でそれを弾く。
「ぐっ……どんだけ力あるんだこいつ……!」
私はすぐさま体制を立て直すが、目の前にあったのは少女の顔ではなく、白いスカートから伸びた、細い足だった。
「……え?」
稀崎が、少女に蹴りを食らわせていたのだ。あの耐久力の低い足で。
……?……耐……久……力……?
「はっ!稀崎お前!そんなことしたら……!」
次の瞬間、少女が床に倒れるのと同時に稀崎の足が着地し、バキバキと嫌な音を部屋中に響かせると、稀崎は地面にへたりこみ動かなくなる。
足が折れたんだ。人一倍弱い足で蹴りを食らわせた後に高い位置から着地したから……
私は少女が起き上がる前に稀崎を車椅子に乗せると、少女に近寄り、ポケットからスイッチを取り出す。
「……やはりこっちのポケットに入っていたか。私達が銅像の土台の上に隠れてた時はこっちのポケットから取り出したからこういうクセを持ってんだろうなと思ったぜ。」
そしてスイッチを押すと、私は始めに落ちた穴へ戻る。
「許せよ……稀崎……」
私は稀崎、車椅子の順で穴の上へ放り投げると、その後からジャンプで穴のへりに手を引っ掛け、這い上がる。
「けっこうキツイな……これ……」
私は這い上がってすぐ、もう一度スイッチを押して穴を閉じると、まだ気絶している稀崎を車椅子に乗せる。
「よし、はやく逃げy……」
ドオオオオオン!!!
「なんだ!?」
私が驚いて振り向くと、土台が宙を舞っているのが見える。
「まっ……まさか……!」
ぶっ飛ばしたってのか?あの少女が!?
私はとっさに入口の扉を突き破り、迷路のような庭園へ飛び出す。そしてナビなしで庭園を駆けずり回り、必死に出口を探す。
「あ……あった……入口の門だ!ついに見つけた!」
……が、先回りされた。そして、先回りのやり方は驚くことにとてもシンプルだった。
私たちの前に出られる近道があったとかではなく、
地下を通ってきたのでもなく、
はたまたとんでもない速度で走行できる機械を使ったわけでもない。
じゃあどうしたのか。
答えは「足」だ。彼女は、ジャンプして、一気にここまで来たのだ。
しかし……あんなジャンプが人間にできるなんて……どんな脚力を持ってやがるんだ……
そして、門の前に立った少女は私たちとの距離をじりじりと詰めてくる。
「あなたたちの顔……とっても……素敵……私の……コレクションに……なってよ……そうすれば……あなたたちの顔は……永遠に……素敵な……まま……」
そして距離はほぼゼロになり、少女が腕を振り上げる。
「あなたたちは……おもしろい……から……特別……に……優先して……コレクションにして……あげるからね……」
そう言って少女は腕を振り下ろしたが、私に拳が当たるすんでのところで、腕が止まる。
「……」
「……パトカーの……サイレンの……音……あなた……まさか……」
驚きを隠せない少女に、私はにやりと笑ってみせる
「ああ、そのまさかだぜ。そしてぎりぎり間に合ったな。危ないところだったよ。
……で?どうするんだ?私達を殺すのか?警察がこの豪邸を捜査するかもしれないのに?土台はお前がぶっ飛ばしちまったからもう隠すとこなんてないよなぁ?
それとも、また私達を追いかけ回すのか?こっちには足をバキバキに骨折したけが人がいるのに?
私達を殺したとして、追いかけ回したとして、それをもし警察が見つけたらどう思うんだろうな?」
「いや、でも……そう簡単には……乗り込んでは……こない……はず……」
ふーん、そうくるか……まあ予想の範囲だけどな。
「ああ、確かにそうだな。だけど、お前は私がなんて警察に伝えたか知っているのか?
私の伝え方によっちゃあ……乗り込んでくるよなぁ?」
「……」
すると彼女は強く、ぎりぎりと歯ぎしりを噛み、私を白目のない、あの真っ黒な瞳で強く睨みつける。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
よし、なんとかやり過ごした……
安堵した私は、門を開け外に出る。
……が、そこに地面はなかった。
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