第2話 「私が探偵助手をするならこう」の前編

“CLOSED ”


 私が待ち合わせ場所である「稀崎探偵社」と看板に書かれた居酒屋の様な外見の建物を訪れると、そう書かれた看板がかかっていた。

 実は、これでもここは準備中というわけでなく、ちゃんと客は受け付けているのだ。

 ただ、かかっている看板だけは、ある事情でいつもこの状態になっている。


 私がゆっくり扉を開けて中に入ると、机が一つだけぽつんと置かれた、薄暗い木造の部屋の中で、真っ白なスカートに真っ白なパーカー姿の綺麗な銀髪の少女がひとり、紅茶を淹れていた。

「あら、いらっしゃい。久しぶりね。」

 その少女、稀崎 椎那(きざき しいな)は私と目が合うと、紅茶を淹れる手を止める。

「じゃあ奥の部屋に来てくれるかしら?」

 そう言って車椅子を器用に動かして狭い廊下に入って行く彼女を追いかけようと足を進める。

「あーちょっと待った。その紅茶持ってきてくれない?車椅子を操作しながらだと持てないからね」

 いや、一回戻ってくればいいだろう。

 まあでもこの広さの廊下じゃあ車椅子で戻るのも大変だろうし僕もそこまで鬼じゃない。持ってってやるか。

 私はティーカップとティーポットをお盆にのせて持ち上げると、稀崎の後を行く。

 あ、そうそう。説明し忘れるところだったが、稀崎がいつも入り口にCLOSEDと書かれた看板を下げている理由は「足」だ。稀崎は五分とまともに立っていられないほど常人の何倍も足が弱いため、車椅子で生活している。だからここをもともと知っている、もしくはたまたま知った、ごく少数の人物しか依頼に来ないように、看板をCLOSEDにしているらしい。

 ちなみに、知っている人たちの依頼も受け付けられない時は、大きめの看板を入り口の前に立てておくだけで、通じるそうだ。

 ……と、説明が終わったところで、ちょうど応接室に到着した。

「応接室」と言っても卓上ランプが置かれた木製のテーブルに客人用の椅子が一つと言った、探偵社と言うより取り調べ室みたいなところだが……

 部屋に入ると、稀崎は私にたずねる。

「紅茶とコーヒーしかないけど、どちらがいいかしら?」

「紅茶の種類は何がある?」

 返答はだいたいわかっているが、念のため聞いておく。

「もちろん、アッサム一択よ。」

 やはり。このアッサムガイジめ。

 彼女は何故かアッサムばかり好んで飲み、しかもミルクを入れない。アッサムは本来ミルクティーで飲むはずなのに。

 いや、まあそれだけだったら私も「アッサムガイジめ」なんて思わない。問題は出先での出来事が原因だ。

 私達は幼なじみだから昔から一緒にいろいろな場所へ出かけていたが、ご飯を食べる際、たとえファミレスであってもメニューにアッサムがないと、店員を呼び出し小一時間説教するうえに、何を言っても、私がほかの店でアッサムを見つけて買ってきても彼女の気が済むまで止まらないという、付き人のこっちまで顔面紅潮ものの、トンデモモンスタークレーマーっぷりを見せた。

 ちなみに彼女は13歳(現在15歳)にして「名探偵」と呼ばれた天才だが、どんだけプレミアだと思ってんだよ、自分。

 ついでに言うと、彼女の迷惑っぷりはここだけにとどまらず、私がだいぶ前に呼び出された時、面倒だったので「あっれー、CLOSEDって書いてあるー、じゃあいないみたいだからかーえろっと」と事情を知っていながら帰ったら、翌日、数百枚の「何故来ない」とだけ書かれた手紙が、家の玄関に敷き詰められていた。(※もちろんホラー小説のネタにした。)

「で?どっちなのかしら?」

 稀崎が待ちくたびれたという顔で返答を促す。

 おっとしまった。つい回想にふけってしまった。

「コーヒーで。」

「そう。種類は何がいいかしら?」

 ほう、コーヒーはいろいろ揃えてるのか。

 と言ってもどうせそこまで種類無いだろうから……

「アメリカンコーヒーで」

「アメリカンコーヒーね。よくわかんないからこれでいいや」

 おい。

 考える素振りすら見せなかったぞこの中坊……

 そしてしばらくして、ほぼお湯のコーヒーが差し出される。

 こいつコーヒー淹れてる途中で飽きて一気にお湯注ぎやがったな?なんだこのやる気のないコーヒーは。

 生産者に謝れ。

 私は薄っいコーヒーを一口飲むと、顔をぎゅむっと顰める

「チャウチャウみたいね」

 稀崎が口に手を当てて静かに笑う。

 五月蝿い。誰のせいだと思ってやがる。

「で、今日は何の用だ?」

「サスペンスホラーはどうかしら。」

 デジャヴである。先日も似たような「途中の会話が飛ぶ」という体験をどこぞやのオカルトヲタクとの会話中にした気がする。

「どういうことだ?」

「小説の話よ。サスペンスホラーを書いたらいいんじゃないかしらと提案してるのよ。」

「え……嫌だけど」

「即答かい。なんでなのよ」

 即答かいって今までの清楚っぽい喋り方はどうした(前にもこいつと喋ってる時同じようなことあったけど……)

「いや、だって今別のホラー小説書いてるし。二つ同時とかめんどくさ過ぎかよ。」

 すると稀崎は自分の瞳に指を当てて離す。

「目からウロコ!!」

「それコンタクトじゃん。」

 あまりにもしょうもないギャグに呆れて冷めたツッコミを入れると、稀崎は途端に無表情になる。

「うわー、ないわー、この私がいつも作ってるキャラを捨ててまで渾身のギャグを披露したのにその反応とかないわー。」

 いや、渾身とか言ってるけど全然全身使ってないからね?君さっき指とコンタクトしか使ってなかったからね?

「じゃあどんな反応しろって言うんだよ。」

「っっっっっっっっそれコンタクトじゃないかいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 そ言って稀崎はズビシィと手で空を切る。

 なんだこれは。

「はいどうぞ」

 やれってのか。私にこんな人類には早すぎるネタを。

「それコンタクトじゃん。」

「なんでやねん!!」

 さすがに人間性を失いたくはなかった(嫌味)私がさっきと同じツッコミをいれると、元気のいいツッコミが返ってきた。

 稀崎はその後しばらくごちゃごちゃ騒いで(面倒だから全然聞いてなかったが。)熱が冷めると、またいつものキャラに戻る。

「まあはっきり言うと、あなたに調査を手伝って欲しいのよ。」

「やだ」

「じゃあ決まりね。明日の早朝迎えに行くから。」

 おかしいな。今断ったはずだが……

 ていうかこんなのに自宅訪問されるとかまぢ勘弁なんですけど……明日よくるな。永遠にくるな


「ひーでーるーくん!」

 私は大きな声を聞いてはね起きる。

 とうとう絶望dayがきてしまった。

 時計を見ると、まだ朝の4時である。

 くそ、あの近所迷惑の王様め……こんなクソ早い時間から騒ぎやがって。

 私は慌てて玄関に行くと、第2波を遮るように玄関を開ける。

「ひーd……」

「やめろやめろ!近所迷惑だ!」

 私は小声で注意すると、「今準備してくる。待ってろ」と言って家の中へ戻る。


 準備を終えて外へ出ると、稀崎が私を見上げる。

 正直最後の悪あがきをしたかったが、ここでもめても面倒なので「じゃあ行くぞ」と歩き出す。

 ……が、稀崎にはいっこうに動こうとする様子がない。

「おい、行くんじゃないのか。道案内してもらわないと困るんだが。」

「いや、その前に……」

 なんだ、何があるっていうんだ。

 稀崎は被っていた真っ白なキャペリンを脱いで膝の上に置くと、ゆっくりこちらを向く。

「私、朝ごはんを食べていないのだけれど。」

「……は?」

「だから、私は朝ごはんを食べいないのよ。

 ……ここまで言えば、わかるわよね?」


 ……くそ、私の友人にはなんでこう図々しい輩が多いんだ……

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