第1話+ 「私が廃墟に行くならこう」のおまけ

 私は、町外れの小さな喫茶店で、人を待っていた。

 もうすぐ待ち合わせの時間だな。なんて腕時計を眺めていると、入口の扉が開き、チリリン、と鈴がなった。

 店員が静かに「いらっしゃいませ」と言うのと同時に音のした方を見ると、身長約190cm超の巨女が、入口に立って店内を見回していた。巨女は僕と目が合うと、ふっと笑って私の席に来て、、向かい側に座る。


「待たせちゃった……かな?」

「いえ……今日は珍しく時間ぴったりですね。」

「あたり前だろう?」

 まさか、と思った。

 するとそれを悟ったかのようにその巨女、美子さんは口を開く。

「ふふ、また会ったね。ヒデヒd…ん゙ん゙!英。」

「……」

「……」

「ふっ!ふふふ……」

 なんでか分からないが、いつもなら笑わないようなことなのに、思わず笑みがこぼれる。

 驚きと嬉しさの後にきた拍子抜けというか、なんというか……それがなんだかおかしく思えてしまい、口元に力が入らなくなる。

「ははは……!ちょっとびっくりしたじゃないですか、やめてくださいよ美子さん!」

 そういえばここまで大きく笑ったのはいつぶりだろうか。

「いや〜、ばれちゃったね〜、途中まではうまく騙せてたんだけどな〜」

「しかし驚きましたよ。ちゃんと自分の多重人格に気づいてたんですね。」

「あたり前でしょー、体験したことないはずなのに覚えてることがあるんだからさー。

 それに入れ替わってるうちに君が好き勝手言ってたのもちゃんと記憶してるからね!」

 そう言って美子さんはぎりぎりと歯ぎしりをかむ。

「わ、悪かったですよ……」

 そういえばあっちの人格は話をちゃんと聞くから記憶が鮮明に残ってるのか……

 だとするとこっちの人格の記憶はとんでもなく曖昧なんだろうな……


「私を運んでくれてありがとう(やっべー、名前なんだっけ、いくら考えてもヒデヒデしか出てこないんですけど!?どうした私!?まさかあの人格あだ名で呼び過ぎて本名忘れやがったな?うー、思い出せー、えーとヒデ……ヒデ……ヒデキ?ヒデオ?ヒデーリアン?ヒデノミクス?(困惑)いやもういっそ本人に聞く……?いーや、それはこっちの人格まで阿呆だと思われるからだめだ。えっと、えっと、うーん……ヒデ……ヒ……はっ!ヒデル!英だ!)英。迷惑かけたね。」

(※これはイメージです。実際の美子さんとは多分関係ありません。)

 きっと「…………」の間であの人格はそんな壮絶な脳内戦争を起こしていたことだろう。

 ……なんてくだらないことを考えていると、いつの間にかケーキを食べていた美子さんがケーキを口いっぱいに頬張りなながら話し出す。

「んにゃんにゃなにゃむぐむぐにゃにゃんにゃくにゃにゃくっちゃくっちゃあにゃにゃにゃん」

 とりあえず飲みこんでから話そうねー。

 あとスポンジやら生クリームやらいちごの破片やらをぺっぺするのはやめようねー。きたないからねー。

「あの……飲み込んでから話してもらえません?」

「にゃんにゃん……んん……ぐぐ……ごくん……」

「……」

「……」

「苦スぃ……」

 いや噛めよ。というかけっこう余裕そうだな。

 私は美子さんの背中を叩く。

「うう……ふう……ありがとうね〜、助かったよー。」

 美子さんが完全に飲み込んだのを確認すると、私は安堵と疲労の混じったため息を漏らす。

「ところで、さっきはなんて言おうとしてたんですか?」

「ああ、そうそう〜、先日廃墟で助けてくれたから、お礼がしたいなーって。」

「お礼……ですか……」

「うんうん、なんでもいいよ〜」

 何でも……

 私はちょっとにやりとして席に着くと、先日と同じ紅茶とケーキを注文する。

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」 

店員がカウンターに戻った後、私は美子さんと目を合わせ、もう一度にやりとすると、質問を投げかける。

「あとは私が何を言いたいのか……分かりますよね?」


 瞬間、美子さんの顔は死んだ。


帰り道はショートカットのために田んぼ道を通っていた。

「いやー、すみませんねー、二回も。」

私は道の淵の一段高くなっている部分をバランスを取りながら歩く。

「ウンゼンゼンダイジョウブー」

なら良かった。目に光はないみたいだが。

そういえばちょうど店を出た時思い出したが、この人はオカルトグッズの買いすぎで常に金欠状態だったんだっけ。

テヘ、ハンセイハンセイ

そう思いながら不意に田んぼの横を通る用水路に目をやると、成人向けの本が捨てられているのが見えた。

うわー、私はああいう本嫌いなんだよな……なんでちゃんと処分しないんだ。

そこで私ははっとする。

待てよ……本と言えば……

「そういえば、美子さんが廃墟で見つけた一つだけほかと違うところが多かったあの本ってどうなったんでしたっけ?」

「本?本って?」

「ほらあの、書斎にあった……」

私がそこまで言うと、美子さんは足を止める。




「……あ」




それからしばらく、冷たい北風の音だけが田んぼ道を包んでいた。



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