第1話 「私が廃墟に行くならこう」の後編

 目の前には、様々な人形をツギハギ縫って作ったような、気味の悪い巨大な化け物が立っていた。

 しまった、慌てすぎてさっきの食堂へ戻っていたことに全く気づかなかった。

 そしておそらくこの巨大な人形は私がここへ戻ってきてしまうのを予測して、追いかけるフリをして途中で引き返したのだろう。

 しかし、実際に鉢合わせてみると、そこまで驚愕はしないものだな。

 そう思った私がジャンプして食堂から廊下に下がると床がメキメキと音を立てて崩れた。


 下の階に落ちてどのくらいたってからだろうか。私は後頭部の痛みで目を覚ます。

「……ぐ、くく……はっ!美子さん、大丈夫ですか?」

 美子さんの肩を揺すると、美子さんはゆっくり目を開いた。

 だが、美子さんの目つきは、いつものおっとりした雰囲気のあるものとは全く違っていた。

 あの、「何かが割れた音」を聞いた時と、同じ目をしていた。

 美子さんはゆっくり起き上がると、私の方に振り返る。

「私を運んでくれてありがとう…………英。迷惑かけたね。」

 声のトーンも、話し方も全く違う。

 どうなっているんだ?

 今は悪ふざけをする様な状況じゃないことはさすがの美子さんでも分かるだろうし、仮に悪ふざけだったとしても、美子さんにここまで手の込んだことができるとは思えない。それに美子さんが「迷惑かけたね」なんて難しい言葉を使えるわけがない。(嫌味)

 だとすると考えられるのは……


 多重人格障害か?


 多重人格障害は外部から物の怪が心に侵入して起こるものと、自分の人格を心から切り離してしまうことによって内部で起こるものがあるが……

 私に会ったことがないはずのこの人格が私の名前を知ってるということは、彼女の中に入っている魂は一つだと考えられる。ということはこれは内部で起こったものの可能性が高いな。だとすると……

「ところで、私が気絶している間何が起こっていたんだ?」

 私の考察を遮るように、美子さんが質問してきた。

 そしてその言葉で私は我に返る。

「あ……ああ、さっき……」

 私は美子さんに事情を説明した。

「そうか。じゃあ敵はすぐそこかもしれないな。」

 やはり、私のセリフを一発で聞き取ってくれるあたりからもこれが悪ふざけでないことが確認できる。(皮肉)

 その後しばらくの沈黙の後、美子さんが切り出す。

「英」

「はい」

「警棒を持っているよな?それで時間を稼いでくれ。」

 なんで私が警棒を持っているのを知ってるんだ?

 これはいつもの美子さんでも知らないはず……

 まさかズボンのポケットのふくらみでわかったのか?

 ハイスペックすぎるだろこの人格……

 にしても、時間を稼ぐとはどういうことだ?

「あの……」

 私が美子さんに質問しようとした瞬間、後ろで爆破音が聞こえたかと思うと、巨大な平たい物体が私の真横を物凄いスピードで吹っ飛んでいく。

 あれは……と、扉!?

 私が美子さんと目を合わせると、美子さんは目線を私の後ろに送って言う。

「おいでなすったぞ。」

 私がゆっくり美子さんの目線を辿ると、さっきの人形が、大きく拳を振りかざして……いた。

 というか……

「ゼロ距離かよ!」

 私はとっさに振り下ろされた拳を警棒でいなす。

 そのとき、後ろから「肩かりるよ」という声が聞こえたかと思うと、美子さんが私の肩を踏み台にして飛び上がり、よろめいた人形の顔にお札を貼り付ける。すると、人形はそのままゆかに倒れた。

 やっぱりハイスペックだわ。この人。

「ここの床は傷んでなかったみたいだな。」

 そういいながら人形の上に着地した美子さんは床を眺めている。

「でも、なんでお札なんて持ってたんですか?」

「ああ、私ももう片方の人格も陰陽師を目指しているからね。多重人格の陰陽師って、格好よくないか?」

 なるほど、こっちもオカルトオタクだったのか。

 そういえば、彼女の多重人格について一番気になることがまだはっきりしていなかったな。

 私の一番気になったこと、それは……




「どっちがオリジナルなんですか?」

「え?」

「今の人格ともう一つの人格、どっちがもともとのあなたの人格なんですか?」

「ああ、そういうことか。」

 すると美子さんは人形から降りて胸に手を当てると、私の目をまっすぐ見て言う。

「私がオリジナルだ。」

 意外だった。

 私は正直、いつもの美子さんがオリジナルで、その人格の、このままではだめだという考えが生んだのが今の人格なのではないかとばかり思っていたが、真逆だったようだ。

「私は子供のころ、独りぼっちだった。」

 美子さんは人形の方を向くと静かに続ける。

「君には言ってなかったが、私の両親は私が幼い頃に、死んだんだ。そして私は祖母に育てられた。ちなみに、私が陰陽師を目指してる理由も、オカルトが大好きになったきっかけも、このことが原因だよ。死んだ両親に会える方法があるんじゃないかと思ってね。」

「そうだったんですね……」

 次からはもっと優しくしよう。

「おっと、話がそれてしまったな。元に戻そう。

 そして幼くして両親を亡くしたことで私は今の様な性格になってしまい、周囲から完全に孤立した。

 だけど、小学校に上がるとき、これじゃだめだと思った。私が孤立していたら、きっと天国の両親は悲しむって……だからこの性格を捨てて、改めようと思ったんだが……」

 美子さんはちょっと振り返ると、柔らかく笑って頬をかく、

「さすがに無理にやりすぎたな。

 私の人格は、見事に分離してしまった。でも、正直私はこれでよかったと思っている。だってそうなれば、無理につくった性格を維持する必要なんてないからね。」

「でも、なんでいつもあの人格に生活をおくらせてるんですか?」

 言い終わった後、この質問は本人、ましてやこの人格にぶつけちゃまずかったかな(私でも空気を読むことくらいできるからな)……と思ったが、美子さんはちゃんと返してくれた。

「あの人格は、とても敵をたくさんつくってしまう。でも、そのかわり、味方もたくさんできるんだ。それも表面上だけじゃなく、本当に信頼できる味方。例えば、私のことを心の底から慕ってくれる人とか、なんやかんや言っていざと言う時助けてくれる人とかね。」

 確かに。僕も侮辱はするが心の底からそう思ってるわけじゃないし、彼女を敵視したことも、切り捨てようとも思ったことはなかった。

 もしかするとあの人格には、引き付けた人を永遠に離れさせない魅力があるのかもな。

「ちょちょ……そんなに静かになられるとなんか私が馬鹿みたいじゃないか。やめやめ!帰ろ帰ろ。きっと夜も遅いし、ここの主を浄化したからこの洋館も迷路じゃなくなってるはずだからな。」

 そう言って美子さんはつかつかと部屋を出ていく。

 夜も遅いって……誘ってきたのはそっちなんだが……


 入口の前までくると、美子さんは立ち止まる。

「長年、この人格を出さなかったせいか……ちょっと精神がきつくなってきた……よ。だからこの人格は明日にはまた隠れてしまうかもね。

 次私が出てこれるのはいつかわからないけど、」

 美子さんは大きく息を吐く。

「また会おう……とだけ言っておくよ。どのくらいで回復するのかわからないけど、もしかするとけっこう近いうちに出てこれるかもね。」

「ええ、また会いましょう。」

 美子さんが入り口の扉を開けると、満点の星空が広がっていた。




「きっと……近いうちに。」

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