第1話 「私が廃墟に行くならこう」の中編

 喫茶店でのやりとりから3日後の午後6時頃、私の家のインターホンがけたたましく鳴る。

 ドアスコープから外を覗くと、身長200cm超はあるであろう女性が見える。

 これはおそらく「八尺様」という妖怪だな。一体どこで魅入られてしまったんだろうか。

「八尺様、おかえり下さい」

「いや、それこっくりさんと混じってるよ!?それに八尺様の身長は240cmだからね!?私は210cm!」

 指摘が細かいな。

「オカルト話にここまで詳しいということは……まさかと思いますが美子さんですか?」

「いや、そのまさかだよ!?ていうか私のことを「八尺様」って呼んだってことは身長見たんだよね!?絶対私って分かってたよね!?絶対分かっててからかってたよね!?」

 いや、なんでこんな時だけ異様に鋭いんだよ。いつもは脳味噌のかわりに生クリームアタマに詰めちゃってるみたいな反応するくせに。

 私がチェーンをかけたままドアを開けると、八尺sじゃなかった美子さんと目が合う。

「いこう!廃墟!」

 やめろやめろ。チェーンをがっしゃんがっしゃんするな。千切れるだろう。

「嫌です。」

「なんでええええええええええ!?」

「嫌です。」

「えー!?ケーキと紅茶奢ったじゃーーん!?」

 やめろやめろ。今チェーンがみしみしって言ったから。そろそろ千切れるから。いやまじで。

「いや、僕「考える」って言っただけで絶対行くとは言ってませんし。」

「えぇー!?そしたら私の1260円はどうなるのー!?」

 切実だ。というかよく記憶してるな

「じゃあお金返します。」

「なんでぇぇー、廃墟行こうよー!うえええええ、ヒデヒデがいぢめるー!ままー!」

 いい大人が泣きながら(嘘泣きだが)だだをこねはじめた。

 あとあんたのままはここにはいない。

 しかし私が住んでるここはアパートだからこのままじゃご近所さんに迷惑がられるし、この人の性格上止めないと一晩中(嘘)泣き続けて私はノイローゼになるだろう。

 

 ……と、いうことでここは大人しく従おう。

「分かりました。行きましょう。廃墟。」

「よし、行こう!(キリッ)」

「……」


 はあ…… 


 帰ってきたら丑の刻まいりに行こう。


 私が準備を終えて家を出ると、

「じゃあいこう!!」

 と美子さんが腕を強く掴んで引っ張る。

 瞬間、手首の骨は砕け、腕は肩から引きちぎれ、鮮血が飛び散る。

(※これは小生による美子さんの腕力を誇張して表現した被害妄想です。実際このようなことは起こっていません。)

「痛い痛い痛い痛い。もっと力を弱めて下さい。腕がもぎもぎ☆フ〇ーツしてしまいます。」

 しかし美子さんは全く聞き入れる様子もなく、私を強引に引っ張って行くと軽自動車に放り込む。

 いてて……今なら拉致された人目線の小説が思いつきそうだ。とりあえずこの状況を明確にメモしておこう……メモメモ……


 しばらくして、私がオンラインの動画アプリを起動してドナ〇ナを聞いていると、私の乗っていた後部座席のドアが開いた。

「着いたよ!さっ!降りて降りて!」

 私が身を起こすと、そこには門が朽ち果て、ところどころ腐り、窓はほぼ全て割れた巨大な洋館があった。

「例の廃墟って……この……洋館ですか?」

「?うん!羊羹美味しいよね!」

 だめだ。こんな場所にこんなのといたら3秒で脳が沸騰してしまう。

「羊羹にはやっぱりマヨネーズだよね!」

 はい、脳味噌沸騰したー、モウダメダー

 やはり奢ってくれれば考えるなんて言うんじゃなかった……こんなマヨラーの亜種みたいなのとこんな危険そうな場所へ入らなくてはならないなんて……


 入り口付近を軽く見回し終えたた我々は、ほかの部屋へ行くことにした。

 まずは前回美子さん一人で来た時見つけたが中には入らなかったという、階段裏のドアを開ける。

 すると、ドアがホコリを散らしながらギギギと嫌な音を立てて開く。

「……」

「……」

「書斎……ですね」

「うん、そうみたいだね〜」

 中に入ると、本棚がかなり上まで続いているのが分かる。

「おお……高いね〜……おやっ?」

「どうしました?」

「ここの本だけ出っ張ってるしホコリが積もってないね〜

 もしかするとおすと秘密の入口が……ってやつかもよ?」

 そう言って美子さんは本に手を伸ばしたが、その手を途中で止め、真顔になる。

「どうかしましたか?」

「今……今何かが割れる音がした。」

「はい?私には何も聞こえませんでしたけど……

 一旦確かめるために外に出てみます?」

 僕がそう言い終わるや否や、美子さんは真顔のまま無言で扉を開けて部屋の外へ出る。

「……まずい。」

 私は美子さんの豹変ぶりに少々驚きながらも、部屋の外を伺うと、そこには私たちがこの洋館に入って来た入り口はなく、ずっと廊下が続いていた。

「こ……これは……」

「うーん……私もこんなの初めてだなー、今回は出れないかも……」

 いつの間にか元の状態に戻っていた美子さんは、頬に手を当てはぁ、とため息をつく。

 いや、こっちがはぁ、というかはぁ?だよ。まじで勘弁して。

「とりあえず音のした方へ行ってみない?」

 正直行きたくないし私には音なんて聞こえなかったが、どうせ見に行かなきゃ何も発展しないだろうから、仕方なくついて行くことにしよう。

 そしてしばらく行ったところで美子さんが足を止める。

「多分これだねー」

 美子さんの指さす先には、大きなガラス玉だったであろうガラスの破片が散らばっていた。

 美子さんがそれを拾い上げようとしゃがむと、


 ベキベキベキ!!


 凄まじい音を立てて床が抜けた。

「ちょ、美子さん!美子さん!」

「いてて〜、大丈夫大丈夫〜、ここは……一階かなあ〜?

 とりあえず私はこの階を探索してるから君は下へ降りて来てよ〜、合流しよう〜」

「分かりました。少し待っていて下さい。」

 美子さんの無事を確認すると、私は穴をまたぎ、走り出す。

 階段は……階段はどっちだ!?

 しばらく走ると、たった一つ、ドアが見えた。私はその部屋に転がり込むように入る。

「え……」

 だが、そこに階段はなく、ベッドと机だけがぽつんと置かれていた。

「ここは……どこの部屋だ?」

 そう言いながら窓の外を見ると、思わず言葉がこぼれる。

「最上階……」

 そう、ここはこの洋館から突き出た、塔のような部分の最上階だった。やはり外観をざっと確認しておいてよかった。ここがどこなのかはっきりするだけでも、けっこう安心できるものだ。

 しかし、どうしたものか。ここには出入り口が一つしか……

 いや、もう一つあった。私の予想が正しければ……

 私が部屋の窓を開けると、窓の外の風景から一変して、食堂になった。

 やはり、ここも出入り口だったか。

 食堂に入りテーブルの上を見ると、ど真ん中にシャンデリアが落ちている。

 不審に思いながらも私は近づき、そして驚愕した。


 美子さんがシャンデリアの下敷きになっていたのだ。


「美子さん!大丈夫ですか!?」

 私はとっさにシャンデリアをどかし、美子さんの肩を揺する。

 反応はない。息はしているが、どうやら完全に気を失ってしまっているようだ。

「でもなんでテーブルの上なんかに……」

 そう言って私が美子さんの手を見ると、

「この洋館から脱出するには」

 と書かれた紙が握りしめられていた。

 なるほど、おそらくテーブルの上にあったこれを取ろうとした瞬間にシャンデリアが落ちてきたのか……でも多分……

 私が美子さんの手から紙を取り、広げる。

 やはりな。白紙だった。罠だったんだ。

 そして美子さんはまだ目を覚まさない。

「美子さ……」


 ガチャ


 もう一度声をかけようとした時、私の横で扉の開く音がした。正直、私にそちらを見る勇気はない。今の精神力で、しかも気絶した美子さんがいる状態で、音のした方を向いて、驚愕している余裕などない。

 私はとっさに美子さんを背負う。

「ふぐ……く……」

 私はけっこう力がある方だと思っているが、美子さんの体重は約9(※自主規制)kg。背負うのも一苦労だ。

 そしてなんとか美子さんをおぶった私は、即座に何者かが入ってきた方とは反対の扉を開ける。運がいいことにその先は廊下だったため、一目散に駆け出す。少し行くと、後ろでドアの開く音がし、ズズン、ズズンという鈍い音が響く。

 振り返らなくても分かる。

 何かやばいやつが追ってきている。

「ぐぐ……くくうう……」

 私は唸りながら必死に廊下をまがりまくる。

 そしていよいよどっちから入ってきたのかもわからなくなってきたころ、ちょうど目の前に扉が見えた。

「やった!」

 私はドアをタックルで開け、中に転がり込む。


 とりあえず一旦は逃げきれた…か?

 そう安堵して上を見上げると、目の前の光景に自分の背筋が凍りつくのが分かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る