第18話人形を背負う女の子

 ため池が多くは点在する街である。

 かっては農業用水確保のために重宝されていたようであるが、今は必要がなくなり放置されている。季節には青いきれいな花を咲かせるホテイアオイが一面をおおい尽くしている。事情を知らない者はその青い花を愛でるが、季節が終わり水が枯れる冬にはため池の底でホテイアオイの葉肉が腐れてヘドロ化し腐臭を放つ。

 ため池のそばには白亜の綺麗な教会がある。

 そこに住む司祭や尼僧にとっても迷惑な話である。その境界の敷地の一画に孤児院がある。私は夕方に毎日、その小高い位置にあるため池沿いの道を白いマルチーズを連れて散歩することを楽しみしていた。

 ここ数日のことである。ため池の水も枯れる直前で悪臭が気にかかり始める頃のことである。

 不思議な女の子を見かけるのである。

 恨めしげにため池をのぞき込んでいるのである。

 夕日を背に寂しげな横顔であった。

 おかっぱ頭で最近では見かけないようなみすぼらしい身なりをしている。しかも背中に汚れた人形を背負っている。手造りの人形で亀の甲羅のような大きな胴体に頭、手、足を取って着けたような人形である。全体が亀のような不格好な人形で、薄汚れていて普通ならゴミとして捨ててしまうような代物である。 人形は小さな女の子の背中を被うように大きかった。

 好奇心から私はその女の子の正体を知りたいと足早に近付くのであるが、追い着けない。

 いつも教会の敷地の奥に逃げられるのである。

 そのようなことを四、五回、繰り返し、とうとう教会の尼僧に声をかけられたのである。

 問い詰められて答えねば変質者と思われかねない。正直に応えない訳にはいかなかった。

 話を聞きながら、最初は尼僧は不可解な表情をしていたが、事情を理解してくれたらしい。だが細かい説明を一切せずに私を孤児院の一室に案内してくれた。

 広い部屋に小さなベットが所狭しと並べられている。

 子どもたちは食事中で部屋で空であった。

 尼僧は一つのベットの横に案内してくれた。

 ベットの枕元に人形が横たえられていた。

 人形を見て、私は女の子が背負っていたのはこの人形です。間違いありませんと、思わず叫んだ。

 背の低い尼僧は、上目づかいに私を見上げ、そうですかと返事をし続けた。

「この娘が亡くなって一週間と経っていません。半年前から食を断ち痩せる一方で医者にも相談をし、一時は他の孤児院に移したりしたのですが、最後はこの孤児院に帰り息を引き取りました」

「深い事情がおわりでしょうね」と思わず口を挟んだ。

「愛情に餓えていたのでしょう。この人形と一緒にこの孤児院の前に産まれてすぐに置きざりされていたのですから無理もありません。いつも孤児院でも一人ぼっちでした。ところが最近、仲の良い男の友達ができ、兄妹のように小学校への通学をするようになり安堵したのです。大きくなったらお嫁さんになるとも言っていました」

 ここまで聞いた時、私は自分と無関係な話ではないと気付いた。息子のことで妻から聞いた話と相通ずるのである。

 尼僧は私の動揺に気付かず話し続けた。

「男の子が街を去ったのです。実は父親が選挙でひどい負け方をして、街を去らざる得なかったのです。父親が市民に訴えた公約の一つがあのため池を整備して周囲の市民の憩いの場にしようと言うことでした。父親はまだ近所にお住まいのようですが、一家は街を去ったと、あの子には説明するしかなかったのです。幼いが真剣だったのでしょう。彼女にとっては男の子を奪ったため池が恨めしかったのでしょう。他の子はまだ彼女が帰って来ると信じています。だから枕もそのまましてあるのです」

 尼僧に気付かれないように密かに目頭を押さえていた。

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