第10話「対峙のK」

「紫音さんは多分ここにいると思います」


 寺義を先導するアルは扉の前で立ち止まる。その上の標識には"第二戦闘訓練室"と書かれている。中からは何やら衝撃音やら怒声が聞こえて来る。



凄い音が聞こえてくるんだけど…

中で一体何をやっているんだ?



「えっと、ここは何の部屋?」


 不審に思った寺義はアルに尋ねる。一方のアルは何事もないかのような様子である。


「主にビジターとの戦闘に備えて訓練を行う場所です。僕もここで訓練していますよ」


「え?君が?」


 と、寺義が言い切る前に、目の前の扉が開く。


「さあ入りますよ」


 そう言うと、アルはどんどん部屋の中へ入って行く。続いて寺義が恐る恐る続く。部屋の内部は予想以上に広く、真っ白な空間が広がっていた。


 そしてその中では、数名の人物が激しく動き回っている。一番近くに見えるのは、オーヴの制服だろうか、黒い運動着を着た二人組の男。ボクシングのスパーリングのように、拳を打ち合っている。


「こんにちは!リーダー!」


 その中の一人、年長と思わしき人物にアルが声をかける。すると男は構えを解き、それを見たスパーキング相手も拳を下す。


「やあアル君。遅かったですね」


 そう言って、男はアルにニコッと笑みを見せる。それを見たアルも笑顔を返し、続いてもう一人に声をかける。


「煉さんもこんにちは!」


「…ああ」


 もう一人は対照的に、無表情で短く声を返すだけだった。


「話は司令から聞いていますよ。君が寺義くんですね?」


 と、寺義に気付いた年長の男が声をかける。


「はい。粕見寺義です」


「私は対ビジター部隊の部隊長をやっている『奥礼 暁彦(おくれい あきひこ)』という者です。よろしくお願いしますね」


 そう言って暁彦と名乗った男は笑顔で手を差し延ばす。年齢は30代前半に見え、この中では最年長に思われた。まるで役者のように整った顔立ちで、腰まで伸びる白い髪が特徴的だった。


 その顔には優しい笑みを浮かべている。しかしその笑みを見て、寺義は何故か違和感を感じた。優しそうな笑顔の中に、何か棘のようなものを感じたためだ。


 一見したところ身長は高いが、体型はそこまで屈強そうには見えず、全体的に優男という印象だった。


「こちらこそ」


 そう言って寺義は握手を返す。短い握手の後、暁彦は先ほどまで拳を交わしていた隣りの青年に視線を向ける。


「それで、彼は─」


「……佐々間だ」


 紹介された青年は表情を変えず、余計な言葉を切り落としたように短く名乗った。


「はは。煉くんは元々言葉数が少ないので、気にしないでください。彼の名前は『佐々間 煉(さざま れん)』くんと言います」


 そんな煉の態度に、暁彦は苦笑いしながら補足した。


「寺義です」


「…ああ」


 寺義の挨拶に、一言だけ返す煉。年は20代中ごろに見え、暁彦とは対照的に冷たい表情が特徴的だった。鍛えているのか体つきが良く、黒い前髪から見える瞳も動物的で妙に迫力がある。


 寺義は視線が合っただけで肝が冷えるように感じた。クールでどこか迫力のある、"眠れる獣"という印象だった。


「そうだリーダー!紫音さんに会いに来たんですけど、どこにいますか?」


「彼女ならあそこですよ」


 アルの質問に指をさして答える暁彦。寺義がその方向に視線を向けると、遠くの方で何やら喧嘩じみた怒声と共にスパーリングをしている人影が見えた。


「ずいぶん軽い拳ね紫音!」


「うっさい!」


「あら、お客さんが来たみたいよ」


「え?…ってアイツ!」


 寺義に気付いた紫音は、長いツインテールを激しく揺らしながら、凄まじい勢いで駆け寄ってくる。その表情は鬼の形相である。


「ちょっとアンタ!司令から聞いたけど、私がアンタの護衛って何の冗談よ!」


 寺義たちの所へ来るなり、紫音は怒鳴り散らす。その矛先はもちろん寺義である。それを聞いた寺義の表情も一気に歪む。



コイツ…。

人のこと殴り飛ばしといて何逆ギレしてんだよ。

怒りたいのはこっちだっての!



「それより先に言うことがあんじゃないのか?」


と、寺義は内心で湧き上がる怒りを抑えて、極力冷静に言葉を返す。


「はぁ?」


 対する紫音は意味不明といった表情を見せる。そんな態度に、寺義の怒りは爆発する。



何だよコイツ!

人が冷静に言ってやってるってのに!

この馬鹿は言ってやんないとわかんないみたいだな!



「殴ったことを謝れって言ってんだよ!」


「ああ、あのこと?そんなの弱いアンタがいけないんでしょ」


 しかし紫音は反省を示す所か、呆れたように言い放った。


「何だと?」


「あの時のアンタ傑作だったわ。情けなく伸びちゃってさ!」


 そう言って笑い出す紫音。その姿を見た寺義は思わず拳を握りしめ、射殺すかのような視線を紫音に送る。


「お前」


「なにその態度?やんの?悪いけど、アンタなんか相手にもならないわよ」



コイツはいつもいつも俺をなめやがって!

ふざけんなよ!



「そんなのやってみなきゃわからないだろ!」


 声を荒げる寺義。


「そこまでにしましょう」


 と、両者の間に割り込むようにして暁彦が口を挟む。


「やれやれ。あなたたちは何を喧嘩しているんですか」


 呆れたように二人に視線を送る暁彦。しかし、両者のいがみ合いは押さえられそうに見えない。そこに別の人物がゆっくりと歩み寄ってくる。


「いいじゃない。面白くなりそう」


 第三者の声に全員が視線を向ける。その先には、先ほどまで紫音と訓練を行っていた少女の姿があった。訝しむような視線を向ける寺義を見て、暁彦が口を開く。


「ああ、紹介がまだでしたね。彼女は─」


「アタシは『高藤(たかとう) ミナーシャ』。そこにいるアルの姉だよ。よろしくね」


 と、食い気味に自己紹介する少女。肩まで伸ばした真っ赤な髪と、鮮やかな青い瞳が印象的な少女で、年は寺義と同年代か少し上に見える。確かにその赤髪と青い瞳はアルと同じで、血のつながりがあることは納得できた。


 異なるのは、アルの髪は淡い赤毛なのに対して、このミナーシャという少女の髪は燃えるような深緋色という点である。


 どこか人をからかうような笑みを浮かべるその少女は、間違いなく美しいと言えるが、この時の寺義にはそんなことはどうでも良かった。


「……」


 故に、寺義は無言で睨むような視線を向ける。しかし、ミナーシャはそんなことお構いなしと言った具合に、笑顔のままとんでもないことを言い放つ。


「それにしても君が、紫音が言ってた"使えない同居人くん"かぁ」


「お姉ちゃん!余計なこと言っちゃダメだよ!」


 ミナーシャの発言に、寺義はグリッと頭を回転させ、紫音に睨みを向ける。


「…なんだって?」


「だって事実じゃない」


 しかし紫音は態度を変えない。蔑む視線を寺義に向ける。寺義の我慢も限界が近い。


「お前、いい加減にしろよ」


 睨み合う二人。それは正に一触即発の状態。


「二人とも、落ち着きましょう」


「いいじゃない。放っておこうよリーダー」


 止めようと声をかける暁彦。そんな彼とは正反対に、どこか楽しげなミナーシャ。


「そういうわけにもいきませんよ」


 そんなミナーシャに、疲れたような顔を見せる暁彦。


「どうせ今止めてもまた喧嘩するだけじゃない?だったらここで決着つけた方が良いと思うけど?」


「しかしですね…」


「それに、私に良いアイディアがあるの」


 そう言って、ミナーシャは子供のような笑みを見せた。

















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