第9話「開示のC」

 手術台のようなステージの上に、力なく横たわる異形。金属のような光沢を放ちながらも有機物のようなしなやかさを持っている。そしてその表面に見える幾何学模様の青い線。


 忘れるはずもない、あの異形だった。


「な、なんでコイツがいるんだ!!」


 その姿を見た寺義は、思わず後ずさる。


「落ち着いて。貴方が見たのとは別の個体よ。それに、コレはもう死んでいる…いえ、機能停止している、とでも言えばいいかな。とにかくコレはもう動かないから大丈夫よ」


「そんなこと言ったって…」


 真理は平然と言い放つが、寺義は青ざめながら目の前の死骸を見つめる。無理も無い。自分を殺そうとした異形が目の前に横たわっているのだから。


 "もし突然動きだしたら?"、そう考えるとゾッとするのだった。


「寺義さん、大丈夫ですよ。ビジターは一度機能を停止すると、二度と動くことはありませんから」


 と、そんな様子を見かねたようにアルが穏やかな口調で真理の言葉を補う。


「…わかったよ」


 アルの優しい笑顔を見て落ち着いたのか、寺義はゆっくりと緊張を解く。それでも最低限の警戒は忘れない。そんな寺義を横目に、真理が口を開く。


「それで、ビジターの説明だったね。見ての通り、コイツがビジター。寺義君は二度目よね?」


 寺義は異形に視線を向けたまま黙って頷く。


「さっき寺義君が言ってたみたいに、表面の幾何学模様が特徴ね。ほら」


 そう言って事も無げにビジターの死骸に近づく真理。その皮膚のような表面に走っている無数の青い線を指さす。


「これは血管みたいなものでね。中には液体化したディヴァインが流れている」


「ディヴァイン?」


「おっと失礼。これよ」


 疑問の声を上げる荒義を見て、真理は何を思ったのか、その場にあったゴム手袋を付ける。そしていきなり、異形の体内に手を突っ込む。驚く寺義を余所に、真理は体内から何かを抜き取る。


「よし、取れたわ」


 そう言って手に掴んでいるものを見せる。その手の中には、鉱石のようなものが握られていた。その物自体体は半透明で、青色の異様な光を放っている。


 一見すれば美しく見えるそれは、妙な存在感を持っており、寺義は吸い込まれるような錯覚を覚えた。



何だ、これ?

あの化け物の中から出てきたんだよな?

そんな風には見えないくらい…綺麗だ。

何だろう…見ていると不思議な気分になってくる…

こんなもの、今まで一度もみたことない…



「この結晶みたいなものがディヴァイン。『Dimensional Illuvium of the Voids In Non-accessible Energy』、その頭文字を取って私たちは『DIVINE(ディヴァイン)』と呼んでいる」


「どういう意味ですか?」


「利用できないエネルギー中に存在するヴォイドの次元的集積体。正直私にも意味はわからない。名付けた首麗仁博士に聞いてほしいものね」


 そう言って肩をすくめる真理。対して、寺義はその名前に反応する。


「それってインガの親父さんですよね?」


「そうね。10年前から行方不明だけれど」


「え!?そうなんですか?」


「ええ。それに首麗博士はGHC研究機関に初期から参加していた方よ」


「そんな!インガはそんなこと一度も…」


 寺義は混乱した様子で呟く。そんな彼を見て、真理は腕を組んで難しい表情を見せる。


「多分、君を心配させたくないから黙っていたんじゃないかな?」


「そんな…」


 そう言って落ち込んだように視線を床に向ける寺義。親友である因果が自分に隠し事をしていた、それ自体は問題なかった。"友人だろうが話したくないことはある"、寺義はそう考えているためだ。


 だが、何より悲しく思ったこと。それは、自分が因果のことを何も理解せずに過ごしてきたという事実だった。


「さて、落ち込んでるとこ悪いけど話を戻すわね。えっと…どこまで話したっけ?」


 しかし、真理はそんな寺義を横目に話を進める。


「ディヴァインの説明までですよ」


 そんな平常運転の真理に対し、アルが苦笑いしながら答えた。


「そうだったわね」


 何事も無かったような真理。そんな彼女を見て、寺義は悩む自分が滑稽に思えた。


「で、このディヴァインがコイツらビジターの核…心臓みたいなものよ」


「心臓?」


「そう。このディヴァインはだいたい体の中心にあって、さっき言ったように、一部が液化して表面の血管のようなものを伝って全身に流れているわ」


「本当に心臓みたいですね」


 率直な感想を述べる寺義。真理は頷いて見せる。


「その通りよ。そして、ビジターが表面に液化したディヴァインを流す理由は二つある」


 そう言って真理は顔の前で人差し指を立てる。


「一つは、FOIの展開のため」


「FOI?」


 聞きなれない単語に疑問を露わにする寺義。


「ごめんなさい、専門用語を多用してしまうのは私の悪い癖なの」


 そう言って真理はどこか照れたような顔になり、頭をかく。その拍子に灰色の髪がファサッと揺れる。寺義はそんな仕草を見て、場違いながらも、どこか可愛らしく感じた。


「それでえっと、FOIだったわね。FOIは『Field Of Information』の略。『情報場』とか『情報障壁』とも言うわね」


「何なんですかそれは?」


「情報場は、その名の通り情報を記録する場よ。この結晶、ディヴァインはその情報場を持っていてね。情報を周囲の空間に記録することができるのよ。まるでUSBメモリのように、ね」


 そう言って真理はディヴァインを握る手に力を入れる。すると、結晶の周りに青白い半透明の壁のようなものがうっすらと現れた。


「これが情報場。これだけならただのメモリの代替品に過ぎないんだけど、厄介なのはビジターがこれを障壁として使用するということ」


「どういうことですか?」


「この情報場はね、何もしなければただの情報を記録する場よ。ただ、さっきみたいに物質化して見えるようになると、あらゆる攻撃を防ぐ壁になるの。故に情報障壁とも呼ばれる」


「え、それじゃあ絶対に倒せないじゃないですか」


 気づいたように声を上げる寺義。"情報障壁はあらゆる攻撃を防ぐ"。その言葉が真実ならば、障壁を展開したビジターを倒す方法はないことになる。


「そうね。さっき"あらゆる攻撃を防ぐ"と言ったけれど、厳密には違うわ。唯一その情報障壁を破るものが存在する」


 さらに、「それが何かわかるかな?」と悪戯な表情で質問を投げる真理。バイトの際にこんな真理の扱いに慣れている寺義は、「いえ全く」と感情のこもっていない声で即答する。


 そんな態度に、真理は不満そうにしながら言葉を続ける。


「それはディヴァイン自身よ。正確には、障壁を展開しているディヴァインとは別のディヴァインをぶつければ、障壁を破ることができる」


 そう言いながら、真理は手の中でディヴァインを転がす。


「だから私たちがビジターと戦闘する時は、こうやってビジターの死骸から回収したディヴァインを使って、奴らの障壁を破るのよ」


「じゃあ逆に、さっきはどうやってその障壁を展開したんですか?」


「感情よ」


「え?」


 予想外の解答に、寺義は理解できないといった顔を見せる。


「言い忘れてたわね。このディヴァインって物質は、どういうわけか人の感情に反応するのよ」


「感情に…?」


「そうよ。寺義君がビジターに遭遇した時も、あなたの感情に反応して、ビジターは何らかの変化を示したはずよ。色を変えたり、形を変えたり、といった具合にね」


 問われた寺義は再度、あの時の出来事を思い出す。


「そう言えば…俺の姿になったり、腕を刃物に変形させていました」


「それはおそらく、寺義君の恐怖に反応したのね」


 納得したように呟く真理。その言葉を聞いた寺義は何かに思い至った様に声を上げる。


「待ってください!その障壁を展開するということは、ビジター自身にも感情があるんですか?」


「いい質問ね」


 そう言って笑みを見せる真理。


「それはわからないわ。本当に奴らに感情があるのかもしれないし、あるいは単に対峙した私たちの感情に触れて反応しているだけなのかもしれない」


 真理は腕を組み思索顔になる。そして少しの間を置いて話を再開する。


「まぁそれは置いておいて、ビジターが液化ディヴァインを流す理由の二つ目」


 そう言って真理はピースサインのように指を二本立てる。


「それは座標転移のためよ。簡単に言えば、奴らは瞬間移動するのよ」


「え!?」


「あなたも見たでしょ?奴らが突然現れたり消えたりするのを」


「確かに…」


 人影が全くない場所での突然の出現、そして突然の消滅。寺義は納得したように呟いた。


「ビジターは全身の固有振動数を変えることで違う場所に転移するんだけど、その際に全身をディヴァインで覆う必要があるらしいの。そのために、奴らは全身に液体化させたディヴァインを流している」


 そこで真理は言葉を一度切り、思い出したように再び口を開く。


「あ、そうそう。実はこれは私たちオーヴも利用していてね。紫音の服、見たでしょ?」


「ああ…あのコスプレみたいなのですか…」


 思い出したのは体のラインにピッタリのあの黒い服。自分で着ておきながら恥ずかしがっていた紫音の姿を思い出し、寺義は思わず遠い目となる。そんな寺義の態度に、真理が声を荒げる。


「失礼ね!渾身のデザインなのに!」


「え…あれ、シンリさんが?」


 "まさか…"といった表情の寺義。悲しいことに、その"まさか"は的中する。


「ええ。私の設計よ」


 自信気に肯定する真理を見て、寺義は唖然とした表情で白い視線を送る。


「なに、その目は?」


「いえ…何でもないです」


 視線を逸らす寺義。そんな彼を見て、事を理解したように真理はため息を漏らす。


「はぁ…さては紫音、内部アーマーのまま出撃したね…。まぁいいか。それで、なんだっけ?」


「戦闘服の話ですよ」


 話の経過を忘れた真理に、アルがフォローを入れる。


「ああ、そうだったわね。あれはね、ビジターの真似をしているの」


「真似?」


「そう。紫音の服、赤く光る線みたいな柄だったでしょ?あれはね、液化ディヴァインを流しているのよ。そうすることで紫音もビジターのように転移できるってこと。それに強度は弱いけど、情報障壁を展開することもできる」


「なるほど…アイツが急に目の前に現れたのは、そういうことだったのか」


 音も無く目の前に出現し、自分の腹部に拳を叩き込んだ紫音。浜辺での出来事を思い出した寺義は納得する。


「ああ、それとこれは紫音も使っている武器なんだけどね」


 と、真理は散乱した機材の中から黒いナイフを取り出す。一見すると、全体が黒いという点と、柄にレバーのようなものが付いている点以外に特徴は無い。


「これはただのナイフじゃないわ。ボディは確かにただのカーボン製よ。ただし、安全レバーを握った状態で感情を込めると─」


 そう言うと、真理は柄をレバーごと握り、険しい表情になる。その瞬間、ナイフの刃が赤い光を放つ。それは禍々しい光で、見ているだけで不快な感情に襲われる。


「この赤い刃の部分は、ビジターから回収したディヴァインの破片でできている。つまり、これを使えば奴らの障壁を破ってダメージを与えることができる。ただし─」


 そこで言葉を区切った真理は殊更に真剣な視線を寺義に向ける。


「いい?刃を起動させた状態では、絶対にビジター以外に使わないで。他の人はもちろん、誤って自分の指を切るなんてことも避けて」


「…切っちゃったらどうなるんですか?」


 真理の真剣な表情に、寺義は唾を呑む。


「わからないわ。人体にディヴァインが入ってしまった場合、何が起こるかは全く予測できない。だから私は渡すのは反対なんだけどね…」


 思いつめたような表情の真理はナイフに鞘をつけ、柄から手を離す。すると先ほどの不気味な赤い光は消え、ナイフは最初の状態に戻る。そしてゆっくりと寺義にナイフを差し出す。


「わかりました…気をつけます」


 恐々と受け取る寺義。手の上に乗るその黒い凶器は、妙にずっしりと重く感じた。


「それと、まずビジターと戦おうなんて考えないように。その武器はあくまで自衛のため」


「どうしてですか?これがあれば障壁を破って倒せるんでしょう?」


 寺義の言葉に、真理は首を横に振る。


「それは違うわ。奴らは驚異的な回復力をもっているの。多少のダメージでは直ぐに回復してしまう。奴らを倒すには、拒絶反応を利用するしかないの」


「拒絶反応?」


「そう。ディヴァイン同士は反発する性質があってね。別のビジターから取った高純度のディヴァインを、ソイツの体の中にブチ込む。そうすると、拒絶反応が起きて回復能力を失うわ」


「ディヴァインには純度があるんですか?」


「そうよ。あなたに渡したそのナイフに使用されているのは純度が低い。だから障壁を破ることは出来ても、拒絶反応を引き起こすほどではないわ。だからダメージを与えても、すぐに回復されてしまう。せいぜい、数秒間足止めできる程度でしょう」


 真理の説明を聞き、改めてビジターの恐ろしさを理解した寺義はゆっくりと頷く。


「わかりました。気をつけます」


「そう。利口ね。他になにか質問は?」


 寺義は「大丈夫です」と、短く答える。


「それじゃあ私の役目は終わったわね。次は紫音のところに行きなさい。ここから一人で帰るのは危険だから」


「…わかりました」


 そう言いながら、寺義は自分の手の中に収まる黒いナイフを見つめる。その黒い物体は、奇妙なほど冷たく感じた。


















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