第7話「真実のD」

 見慣れないモニターや機器が放射状に広がる部屋。複数の人影がなにやら忙しそうに画面を操作している。


「ターゲットが消えた…?紫音の報告は本当なの?」


 そんな中、その部屋の中央に佇む女性が困惑の声を上げる。


「はい。こちらでもシグナルの消失を確認しています」


「…そう。詳しく分析する必要があるわね」


 女性は難しい表情で顎に手を当てる。


「既にデータを調査班に回しました」


「ご苦労様。そういえば現場にいた"彼"は?」


「紫音さんがこちらへ搬送中です」


「そう。わかったわ」


 そう言って、女性は険しい表情を見せる。


「これも宿命かしらね…」



















「ん……」


 ゆっくりと目を開く寺義。見えたのは純白の天井。


「っ!?」


 寺義は慌てて上半身を起こす。どうやらベッドに寝かされていたようだ。白い毛布が丁寧にかけられている。状況を理解できない寺義は辺りを見回す。しかし─


「何処だここ?」


 視界は白一色。床も、天井も、壁も、全てが真っ白。部屋自体が白い箱のようである。加えて、見慣れない機材が並んでいる。


 そして寺義が何よりも気になったのは、窓が一切ないという点だ。そのため、妙な圧迫感を感じる。



なんだよここ…外の様子が全くわからないし、妙に静かだ。

それにこの変な機械は何だ?医療機器?

ということは…



「病院?」


 と、最も可能性の高そうな場所を呟く。しかし違和感を感じる寺義は布団をめくり、ベッドから抜け出す。床と触れた足から、ひんやりと冷たさが伝わってくる。


 靴を履いていないことに気付いた寺義は、ベッド付近を見回し、近くにある自分の靴を見つける。靴を履いた寺義は踵をトントンと床で叩いてから、再度部屋を見回す。


 部屋は案外広く、他にもベッドが連なって並んでいる。しかし、寺義以外には誰も見当たらない。


「あの、誰かいませんか?」


 とりあえず声を上げる寺義。しかし、やはりと言うべきか、反応はない。



本当に誰もいないみたいだ…



 そう思った時─


「あっ!」


 扉がスライドして開き、少年が現れた。少年は驚いた表情を向けた後、少し間を置いて笑顔を見せる。


「良かった!目が覚めたんですね!」


 目立つ赤毛と青い瞳。その顔つきは、どこか優しそうに感じられる。年は寺義よりも下に見える。



誰だろう?

外国人っぽいな。

見た感じ中学生くらいに見えるけど…



「え…あ、まあ…」


 なんと答えればよいかわからないので、適当な返答をしてしまう寺義。しかし少年は気を悪くした様子もなく、ニコッと笑顔を見せる。


「体は大丈夫ですか?軽い打撲なので問題はないと思いますが」


「え?…ああ。大丈夫だ。ありがとう」


「いえ。お気になさらず!」


 ニコニコと笑みを見せる少年。そんな彼を見て、寺義は困惑した表情となる。


「えっと…君は?この病院の人?」


「あ!すいません!僕は『高藤(たかとう) アルフレッド』です。気軽にアルと呼んでください」



アルフレッド?

名前からしてハーフっぽいな。

って、聞きたいのは名前じゃないんだけど…まぁいいか。



「俺は粕見寺義。よろしく」


「寺義さんですね!こちらこそよろしくお願いします」


「で聞きたいんだけどさ、ここがどこかわかる?」


 質問を聞いたアルは、一転して申し訳なさそうな顔色になる。


「えっと…詳しくは話せないんですけど…この部屋は治療室です」



詳しくは話せないって…

どういう…?



 要領を得ない回答に、寺義の目つきは自然と鋭くなる。


「ご、ごめんなさいっ!勝手に話すなって言われててっ!そんなに怒らないでください…」


 必死に謝り出すアル。そんな様子に、寺義は困った表情を見せる。



俺、別に怒ってないよ?

そんなに謝らなくていいんだけど。



「いや、別に怒ってないって」


「あ、そうでしたか…。なら良かったです」


 そう言ってホッとしたように笑顔を見せるアル。しかしそれもつかの間─


「あ!そういえば目覚めたら連れて来いって有紀さんに言われてました!」


 と、今度は何かを思い出したように慌て出す。



ゆきさん?

聞いたことないけど、誰だろう?



「えっと、じゃあその人の所に案内してくれる?」



おそらく上司みたいな人だろう。

アルより偉い人なら何か教えてくれるはずだ。



「わかりました。じゃあ僕の後について来てください」



 そう告げるとアルは部屋を出る。寺義もその後に続く。


 部屋を出ると、細長い通路がどこまでも続いていた。壁の色は、先ほどの部屋と同じように白一色。さらに、その通路が迷路のように複数に分岐している。


「迷いそうだな…」


 その複雑な構造に、思わず感想を漏らす寺義。一方、アルは迷いなくスイスイと歩いている。その小さな後姿を追って、寺義も見失わないように通路を進む。



随分慣れてるみたいだな。

それと気になるのは、ここにも窓がないってことだ。

それが余計に方向感覚を狂わせてくる。



「よし!着きました」


 アルは一際大きな扉の前で立ち止まる。上の表示を見ると"第一中央司令室"と書かれている。


「なんか凄いな」


「そうですね。僕も初めての時は驚きました」


 そう言いながらアルはカードを取り出す。そして、それを壁のリーダーにかざす。と同時に、機械的な電子音が鳴る。そして、目の前の大きな扉が中心線より左右に別れて開く。


「なんだここ…?」


 アルに続き、司令室に入った寺義は見えた光景に驚愕する。まず目に入るのは360度、取り囲むように広がる巨大なスクリーン。様々な情報や映像が表示されている。


 そして、部屋自体が円形になっており、ちょうど今いる場所が円の縁部分である。見回すとこの場所が一番低く、中心に行くにつれて高くなっている。


 そんな部屋の中で、何人もの人が忙しそうに画面を見て何かを読み上げている。そんな光景に寺義は圧倒された。


「初めまして。粕見寺義君」


 そんな寺義に声が掛けられる。その人物は、最も高い場所である円の中心にいた。仁王立ちして、こちらを見下ろしている。


「っと、ここだと遠いわね」


 そう言うと、その人物は寺義の方へと階段を降り始める。程なく、寺義の目の前には一人の若い女性が立っていた。


「改めまして。私はここの司令をしている『深咲 有紀(ふかざき ゆき)』です。よろしくお願いしますね」


 そう言って手を伸ばす有紀と名乗った女性。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 寺義も手を伸ばして握手をする。年は20代中ごろに見え、身長が高くスラッとした印象を受ける。長い黒髪を後ろに伸ばし、どこかクールで実直そうな顔立ちをしている。


 寺義からすれば、大人の女性という雰囲気である。ここの制服だろうか、コートのような黒い服に赤い幾何学模様が描かれている。



司令…?

というかこの模様…

何処かで見たような…



「まずは、強引に連れてきた事を謝ります。申し訳ありません」


 声を掛けられた寺義は、自分がジロジロと見ていたことに気付き、慌てて視線を離す。


「あ、いえ!別に大丈夫です」


 と、咄嗟に出たのはそんな言葉だった。


「そう言ってもらえると助かります」


 そう言って少し笑顔を見せる有紀。



綺麗な人だなぁ…

何歳くらいなのかなぁ…

スタイルいいなぁ…

…って、何考えてるんだ俺は!



 と、場違いなことを考え始めた寺義は、胸中で自分を叱責する。そして、聞きたかった事を切り出す。


「あの、それで…ここは何処なのか教えてもらえますか?」


 その質問を受けた有紀は、一瞬複雑な表情を見せ何かを呟く。


「そうね…貴方にはその権利があるわね…」


「あの?何か言いました?」


「いいえ。気にしないでください」


 そう言って真剣な表情となる有紀。


「わかりました。お話ししましょう。ですがここは騒がしいので、場所を変えましょう」


「あ、はい」


 頷く寺義を見て、有紀は小さく笑みを見せる。そして─


「アル。ご苦労様でした。貴方は持ち場に戻ってください」


 と、寺義の隣りに立っているアルへと言葉をかける。


「了解しました」


 アルは短い返事の後、司令室を後にした。


「では行きましょうか。私についてきてください」


 そのアルを追うように、有紀も司令室の出入り口へと向かう。寺義もその後に続く。再度長い廊下を歩き、有紀は部屋に入る。


 内部はこれまた真っ白で、窓も見当たらない。テーブルと椅子が置かれており、テーブルの上には二人分の紅茶と軽食が置かれていた。


 こうなることを予測していたのか、つい先ほど淹れられたように紅茶は湯気を出している。


「どうぞ、掛けてください」


「どうも」


 有紀に促された寺義は椅子に座り、続いて有紀も席に着く。そして二人はテーブル越しに向き合うように座った。


「さて…。ここがどこか、でしたね」


 そう前置きした後、有紀はゆっくりと口を開く。


「ここはGHC研究機関。ちょうど貴方の暮らしている街の地下に位置しています」


 その発言に、寺義は驚きを露わにする。



えっ!?

俺の街の地下!?



「ちょっと待ってください!!確かGHCはもっと違う場所にあったはずです!!」


「はい。公にはそのようになっていますが、それはフェイクです。本物はここにあります」



GHCが俺の街の地下に!?



「なんでそんな嘘ついてるんですか!?それに何でGHCの研究機関が俺なんかを連れてきたんですか!?」


 混乱した寺義は語気を荒げる。が、有紀はそんな様子を見ても冷静さを崩さない。


「いいでしょう…。貴方に全てを教えます。まず事実を偽っている理由、それは─」


 そこで有紀は言葉を区切り、雰囲気を一段と重くする。


「"ヤツら"からGHCを守るためです」



ヤツら…?



 的を得ない答えに、寺義はさらに混乱する。しかし有紀の様子から、重要な内容であろうことは容易に理解できた。


「奴らって何ですか?」


「それに答えるためには、我々が何者なのかを話す必要があります」


 そう言って、有紀は何かを決意したような瞳を寺義に向ける。次に語られた内容。それは、寺義と日常との間に広がる溝を決定的なものにしてしまうのだった。


「今から20年前、現在のGHC研究機関の前身である研究所に突如謎の生体兵器が出現。以下、これをビジターと命名。ビジターは研究所へ原理不明の攻撃を開始し、GHCの試作機を破壊した後に突如消滅。が、数年後に第二、第三のビジターが出現。研究所はこれに対抗するための対ビジター機関『Organization Against the Visitors』、通称『OAV(オーヴ)』を設立。この街の地下に本部を置き、ビジターの撃退と調査を任務とする」



有紀さんは…

一体何を言ってるんだ…?



「何の話ですか!?ふざけないでください!!そんな話聞いたこともありません!!」


 からかわれていると感じた寺義は激情したように身を乗り出す。対して、有紀は平然とした口調を変えない。


「あなたも見たのではないですか?」


「え…?」


 さも当然といわんばかりに、有紀の口から出た言葉。その予想だにしない発言に、寺義は困惑する。そして次に言われる内容、それは寺義に更なる衝撃をもたらす。


「"化け物"。その"ビジター"を」


 寺義は、その言葉を聞いて凍りついた。

















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