5-1
告白の日取りはとても重要だ。
人の気持ちは常に揺らいでいるもの。いつでも告白すれば同じ結果が得られるわけではない。数世紀に一度やってくる彗星のように、告白には相応しいタイミングというものがあるのだ。ふたりの波長が最も近くなる瞬間こそ告白に相応しい。告白の瞬間に波長が少しでもずれていれば、時間が経つにつれてそのズレは大きくなっていき、やがて互いに反発してしまうようになる。とにもかくにも最初が肝心なのだ。
だから、なにがあったとしても今日の告白をやめるつもりはなかった。しずめとのやり取りを見られてしまったのは致命的な失敗だったけれど、いま思い留まったところで状況は好転しない。
――さび付いた金網の柵に背中を預け、つづみはぼんやりと西を見ていた。
つづみは学校指定の黒いダッフルコートを羽織り、わたしが誕生日にプレゼントした暗い赤のマフラーを巻いていた。彼女の姿はともすれば夜の闇に溶けてしまいそうなくらいにはかなくて、けれど闇の中でも輝きそうなくらいに力強い。
「つづみ」
わたしが名前を呼ぶと、つづみは緩慢な動きでこちらを振り向いた。微笑を浮かべてはいるものの、そこに感情の波は一片たりとも感じられない。
「突然呼び出してごめんなさい。少し、聞きたいことがあって」
そうして、つづみは蝶を呼ぶように優雅な仕草で手招きし、わたしは素直に応じる。無力で臆病な蝶を装いながら、ポケットには毒針を隠して。
つづみはわたしが歩み寄るのに合わせて柵を離れ、プールを背にしてこちらを向いた。わたしはその視線から逃げず、つづみとまっすぐに向き合う。手を伸ばしてもつづみには届かない距離。でも、なにかを手渡すのには十分だ。
「わたしも、つづみに聞いてほしいことがあるよ」
「なら、みずはの方から聞かせて。もしかしたら、私が知りたいことかもしれない」
神妙に頷いて、わたしは最後の詰めに入った。
「……わたしたち、出会ってからもう五年になるよね」
そうね、と素っ気無く返すつづみはどこまでも落ち着いている。この冷静沈着な神を、わたしが打ち倒すのだ。
「親友なんて替えのきくものじゃなくて、わたしにとってつづみはひとりきりの友達なの。つづみもそう思ってくれてる?」
「みずはの代わりなんていないし、みずは以上の友達なんていないわ」
わたしが何年も言えずにあたため続けた言葉を、つづみは何の苦もなく言ってのける。
彼女には恐れというものがない。自分が発した言葉で関係が崩れたとしても、それを当然のこととして受け止める強さを持っているのだ。臆病なわたしとは大違い。
「よかった。わたし、ずっとそれが言いたかったの。言って、つづみをわたしだけのものにしたかった」
わたしは臆病だ。けれど、臆病者だって行動しなくては生きていけない。勇敢で強い神様のように、川の流れを踏み割ることはできないから、臆病者は石橋を叩くのだ。壊れないと確信するまで叩き続けてからようやく渡る。
臆病者の堅実さが神様の勇敢さに勝つようなことが、たまにはあってもいい。あって欲しい。
「わたし、つづみのことならなんでも知ってるよ。つづみは学校に来る時以外は部屋から出ない。いつも百科事典や哲学書を読んでいて、読み終わった本は部屋のストーブで燃やすの。つづみがこれまで読んだ本は、ぜんぶ知ってる。学校へ来る時は商店街を通るけど、帰りは堤防の上をひとりで歩いてる。量産された文字が大嫌いで、大事なことは手で書くの。子供の頃にひざの骨を折って、無理をすると今でも痛むから走れない。ねえ、つづみ。これがほとんど、つづみの全部じゃないかな?」
わたしが知り得たつづみの世界は、とてもささやかで、なにより美しい世界だった。池の淀みが入り込まない、隔離された水槽のような世界。それを、わたしがこの手で侵している。これ以上の喜びがあるだろうか?
「わたしはね、そんなつづみの全部が好き。好きだから、ずっとそのままでいてほしい」
好きだから、閉じ込めておきたい。
「だから、つづみ」
そうして、わたしポケットからチョコレートを取り出した。つづみの自由を奪う、麻痺の毒針を。
「わたしのものになって」
――これで、つづみは崩れる。
わたしはそう思っていたし、事実つづみの表情は崩れた。けれど、それはわたしが期待していたような恐怖と愛情の入り混じった表情ではなく、純然たる嗜虐の微笑みだった。
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