2-2

 校庭に出ると、すぐしずめに見咎められた。


 「松雨さん、遅かったな」

 「ごめんなさい、わたしどんくさいから」


 しずめの追及を素早くかわして、女子の輪の内へと紛れ込んでいく。この中に入ってしまえば、もう誰もわたしを見つけられない。表情も、感情も、無個性の群れに沈むのだ。

 けれど、そうやって集団の一部となる直前、わたしは思いがけず校舎の方を見遣ってしまった。


――つづみが、こちらを見つめていた。


 小さい頃に足を痛めて以来、つづみは激しい運動ができないようになってしまった。だから、体育の時はいつもああやって保健室で自習をしているのだ。

 まさに、病弱な深窓の令嬢といった様子。つづみが普段纏っている英雄のような雰囲気も、今は感じられない。声も風も届かない校内からこちらを見つめる姿は、外の世界に憧れる病人のそれである。

 わたしはしばらく、つづみから視線を外せなかったし、彼女もわたしから視線を外さなかった。純粋な瞳だ。その中にあるのは憧れだろうか、嫉妬だろうか、それとも無関心なのだろうか。

 つづみからすれば何気なくこちらを見ているだけだろうが、わたしは気が気ではなかった。ぎりぎりと心臓が万力で締められるようだ。チョコレートを盗んだのが知られているのはありえないが、自分の顔に罪悪感が出てしまわないかが不安でたまらなかった。


 つづみは口数が少なくて人に話しかけない代わりに、心理カウンセラーもかくやと言うほど他人の行動の機微を見ている。それに……つづみなら、わたしの気持ちなんて簡単に見透かしてしまう気がした。

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