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今日、二月十四日はバレンタインデー。
感動的な伝承も、お菓子業界の作戦も、わたしたちにとっては関係ない。バレンタインデーは『友達』とチョコレートを交換する行事であり、冗談の中にひとにぎりの本音を伝えるための日なのだ。
本名も知らない『友達』と儀礼的にチョコレートを交換しながら、わたしの視線は常につづみの周りにあった。今のところはつづみにチョコレートを渡そうとする人間はいない。けれど、不安は拭い去れなかった。
つづみは女子の輪から外れていたけれど、迫害を受けるほど弱くはなく、無視されるほど醜くもなかった。つづみの芸術的な姿と所作は、老若男女問わずあらゆる人間を魅了する。
つづみは呪いのホープダイヤのようなもので、近づく者には漏らさず不幸が訪れた。つづみに近づけば近づくほど、その人間の醜さや平凡さが際立ってしまうのだ。
女子のうちでもつづみは半ば神格化されている。善神か悪神かの判断は人それぞれで、ともかく触らぬ神に祟りなし、と遠くから眺められていた。
だからこそ、つづみにチョコレートを渡すことは、素性の知れない神に供物を捧げるのと同じことだ。臆病者にその勇気はないだろうが、いつの時代にも恐れ知らずの勇者はいるものだ。
もしも、誰かがつづみに近づいてしまえば、わたしは女神の神官という唯一絶対の立場を奪われてしまう。わたしの独占はさながら砂上の楼閣。ほんのひとつ間違えるだけで、塔は容易に崩れ去ってしまうのだ。
そんなのは嫌だ。
絶対に、嫌だ。
――そうして、わたしはゴムべらを振り下ろしたのだ。
いま、わたしの鞄には愛情と憎しみを詰め込んだチョコレートが忍ばせてある。これがわたしの最終兵器。女神と対話するための聖典だ。
わたしはこの聖典で女神を崇め、そして解き尽くそう。つづみという女神の言葉を拝する唯一の預言者にして、女神を信仰するただひとりの信者になろう。
つづみがわたしの恋情と悪意を認めてくれさえすれば、ふたりきりの完全な一神教ができあがるはずだった。
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