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 立灘つづみは、石像を砕いた粉で描いた絵画のような少女だった。


 石像のごとく黙して語らず、しかし硬くごつごつとした部分は探しても見当たらない。その姿は水彩画に描かれた聖なる女神のようで、見るものの視線を縫いとめて逃さない。

 つづみは世にはびこる贋作と一線を画す、真正の少女だ。彼女を指して張りぼての偽物だとせせら笑う人間もいるけれど、全ては無知と嫉妬のせい。つづみに寄り添ってきたわたしから見れば、真贋なんて明らかだった。



 朝の教室に入るとすぐ、生ぬるい風のような声が吹き付ける。


 「みずはちゃん、おはよー」

 「おはよう、かなちゃん」


 彼女の名前が『かなえ』なのか『かなみ』なのか、それとも単に『かな』なのか、わたしは知らない。あだ名さえ知っていれば差し障りはないのだ。

 彼女にとってのわたしはひとりの友達。わたしにとっての彼女もひとりの友達。

 けれど、その価値はたぶん大きく食い違っている。はっきり言って、わたしはこういう有象無象の『友達』に興味がない。この子達とは敵対しなければそれでいい。

 大切なのは目立たないこと、そして疎外されないこと。わたしのように弱い人間は、輪から外れて生きられない。


――けれど、強い人間は違う。

 教室の隅、まるで彼女のためにあつらえたように、その席は他の列の最後尾よりもひとつ飛び出していた。窓から差し込む光に照らされる姿は、レンブラントの絵画にでも出てきそうだ。

 薄暗い教室で群れる夜警たちの内にあって、ひとり燦然と輝く孤高の少女。わたしが恋焦がれる人、立灘つづみだ。

 彼女はなにをするでもなく、眠るように目を閉じている。背筋をぴんと伸ばし、手先や足先は微動だにしない。まるで凍らせた鉄のような沈黙。

 わたしは周りで談笑しながら目を光らせる夜警たちに気づかれないよう、自然とつづみに近づいて、囁くように声を掛けた。


 「おはよう、つづみ」


 蚊の鳴くようなわたしの声につづみは軽く頷いて、空気に溶けそうなほど微かな、しかし力強い声で応えた。


 「おはよう、みずは」


 つづみは目を閉じたままわたしに視線を向けず、わたしもつづみの表情を見ずに自分の席へと向かう。けれど、わたしにとってはこの瞬間がなにより幸せだった。

 女神の声は、わたし以外の誰にも聞こえない。この瞬間だけはつづみの全てがわたしの手の内にあるような気がして、溢れるような充足感があった。


 その気持ちの色は、お世辞にも美しいとは言えない。煌くもののそばにはくろぐろとしたものがあるのだ。

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