社会人編

あくる日…慣れた足取りで教習所へ向かった。


辺りは暗くなりつつあった頃だった。


「…寒い。」


寒空の下。教習所のコースを眺めながらタバコをプカプカとしていた。


時計をみると時間が迫っていたので、タバコを灰皿に捨て、配車券に書かれている番号の教習車両の前へ向かった。


車の前で待っている、教官に喋りかける。



「よし…じゃぁこの車に乗ってな。」


俺は④番と書かれたMT車のドアを開け、座席下にあるスイッチを上げた。


バン。

と軽快な音を立てトランクが開いた事を確認する。


荷物をトランクに詰め込み、勢いよく閉めた。


慣れたように、スローガン的な物を読み上げ運転席に乗り込み、

鍵を閉め、座席を合わし

シートベルトをしめ、ルームミラーを合わせ

おっさんの話を聞き

クラッチとブレーキを踏み込み、ローにギアを入れ、ハンドブレーキをさげ

指示器をだし、アクセルを気持ち踏み込み

クラッチを半分あげ、車を転がして行く。



前へ前へと進んで行く車の中で


俺の人生は前へすすめているのだろうか。


いや、ちょっとずつだけど、俺は着実に進んでいるだろう。

嫌な事から逃げなくなったし、言わなきゃイケない事も言うようになった。



空は地味に暗い。周りの車たちのテールランプやヘッドライトが俺の目に映る。

淡い色に染まった車と光が流れて行く。


それをみて綺麗だなぁと思いながら、今日の俺は非常に落ち着いている事を知った。



今日は、全てが上手く。楽しく行きそうな気がしていた。



無線コース2番の練習をさせられる。

坂道発進や、踏切の走行、S路にクランク


上手く行く。


安全確認がイマイチ反応できなかったのを覗いて…。


無線車両が集まって止まっている場所に、一度停車する。


すると俺の横に、赤の車(AT車)が一台止まっていた。



何気なくだ…


道を歩いていて、チラッと人を見てしまう


そんなノリで見たんだ。



赤い車の中には見覚えのある顔が。



(……カトウ……。)


カトウが車内で教官と喋ってるじゃないか。


(くそっ…。)


そう思いながら、アクセルを踏みこんだ。


ブゥゥゥン!と車は唸りを上げ発進した。



何度も、何度も…カトウの車とすれ違う。



いつだってそうだ。


忘れた頃にカトウの存在がチラつく…もう大丈夫なはずなんだ。


過去の話なんだ。


ただの記憶や、苦い思い出にすぎないはずなんだ!


なんだ…。

なんなだこの表現できない気持ち!


くそっ!くそっ!!




気がつけば1時間が過ぎ、次も無線を控えてる俺は

待ち時間の間ベンチに座りタバコを吸っていた。


(もう、カトウは帰ったんか…)

車を降りてから、姿を見掛けることはなかった。



タバコを吸い終わった俺は無線をする人が集まる場所へ向かった。


俺は目を疑った。


(う、嘘やろ…。)


そこには


カトウがいた。




「あっ!」


カトウは誰が見てもビックリした顔をしている。


俺は拳を握り締め勇気を出した。

「よっ!久々やな。お前も教習所きてたんか。」

あえて知ってた様子をみせない俺。なんとなくだ。


「キッツンも無線?」

「まぁな。」


側にいた教官が口を開く。

「なんやぁ、君ら知り合いか?」


「そぅやねん。」俺は笑顔でうなずく。


「きっつん、おっきなったなぁ!」

「そっか?お前こそ変わったな。」

「おっきなったなぁって、おばちゃん見たいやな君。」


全員で爆笑する。


「俺よぉ、もぅじき教習所の期限切れんねん。だから、仮免しかとれん状態。」

「嘘ぉ!?いつから来てん?」

「え?あぁ、去年の夏ぐらいから。」と空を見上げながらドヤ顔言うと

教官に背中をポンッと叩かれる。「君ぃ。自慢することちゃうで。」


またまた爆笑。



なんだ…これ……。表現できない気持ちは変わらない

でも、なんだか楽しい。俺、素直に笑えてるし、喋れてる。



不思議な感覚に陥り始めた時、生徒が1人きて

無線の説明が始まり、俺は92番に乗ることになりカトウは93番に。


いつも通りの手順を行い、91番が発進して、後を追うように俺も発進する。


カトウが横にいるからか、足が言うことを聞かない。


ブゥゥゥン!と唸りを上げながら俺は発進した。



最初の無線で、この一番のコースは体に染み付いている。

指示器を出すタイミングに、変速するタイミング。

曲がれる速度や、道順、完璧なんだ。



ただ一つ。

俺の後ろに、ピッタリ着いて来るカトウが居ることを除いては…。


どれだけ進んでもルームミラーを見ればカトウの車が。


止まれの標識で止まったり、信号待ちや、優先車待ちしてるときにはカトウの顔が…。


暗いのに顔が見えるってことはピッタリと後ろにいる証拠。

嫌でも右足に力が入り車は加速する。


しかし離れない。


レースじゃないんだから気にしなくていいんだ。


でも…。





時間が半分たったことを告げる無線が入ってから、どれだけ時間がたったのだろうか。


俺は完全に落ち着きを取り戻していた。

そこへ無線が入る。


「ザザザッ…もうじき終わるので、外周の内側(左車線)を走っていてくださいね。」


俺は加速する。

いつもより速い速度で走り続け、曲がりつづける。



しまいには前にいた車に近付いてしまい、ノロノロと後ろを着いて回る。


「はい。じゃスタート地点の発着点に戻ってください。」

「92番の方は3番に止めてくださいね。」


俺は素早く止めにかかる。ハンドブレーキをかけ、ローギアに入れたままにして

ライトを切り、クラッチを踏みながら鍵を1番左まで回す。

クラッチを離し、座席をさげ、トランクを開けてドアを開く。


一緒にカトウも降りて来て、喋り出す。



「きっつん、日頃乗ってるやろぉ?」と昔と変わらんいたずら顔。

「え?あぁ、昔に練習したぐらいやで。」

「ウチも練習してんねんで!」

あんな煽り運転みてたらわかる。

「やろぅな…ってかAT乗ってるとは思ってなかった。MTかと。」

「そんなわけないよぉ。めんどくさいし。」

「まぁな。」


そこへ、教官が原簿を持って走って来る。

「ごめんごめん!ふぅ~寒っ!よぅこんな場所で待っててくれたなぁ!」

笑顔で3人ともうなずき、原簿を渡され帰ることにする。


カトウと歩いて教習所内へ向かって行く。

「ウチなぁ。今日も車で向かえに来てもらうねん!いぃやろ?」とまたいたずら顔。

「うわっ!えぇなぁ。」とややオーバーリアクション。

「お嬢様やからさ!」ふんっとドヤ顔をする。

「へぇ!お嬢様ねぇ。勝手に言うとけ。」

「お嬢様やもん!きっつんは自転車?」と辺りをキョロキョロ。

「ん?そやで。あーあ!寒い寒い!」と腕をさする。


原簿を返却して俺らは入口へ。


「あれぇ、おかぁさん来てない…。」外には見知った顔は誰もいない。

「ほんまやなぁ。」

そう言いながらタバコをくわえると

「あっ!タバコ吸いなやぁ!不良!」


そうか。あのときはまだ吸ってなかったっけな。

「あのなぁ。タバコ吸ってんの知ってるやろ?タバコぐらい吸わしてくれ。」


なんとなくだ。


寂しいかなぁと思って、何も言わずカトウと花壇に座った。


「きっつん、帰らんの?」

「え?まぁ暇やからな。」

久々に喋っておくのも悪くない。


「きっつん仕事してるん?」

多分、ドカジャンを着ているから、そう思ったんだろう。

「ん?まぁしてるよ。」

「どんな仕事?」

「シンクとかあるやろ?」

「ん?うん?」

「お前、シンク知らんのか?じゃぁなぁ、学校の机あるやろ?あれ 木の断面映ってるやろ?あれ、シートなんやし。あんなん作ってんねん。」と手振り身ぶり説明する。

「工場?」

「まぁな。」

「てっきり、そんな格好してるから、漁師さんかと思った。」

ズコッとコケたふりして「よう言われる。」



そうこうしてるうちに


改造された白色のマーチが重たい音を響かせながら現れて、目の前にある旧の26号線にハザードランプを焚いて路駐する。


カトウの親の車だった。

母親が運転して迎えにきたようだが、なんか気まずくて声もかけないままにカトウとだけバイバイして

カトウが乗り込んだマーチの爆音が遠く聞こえなくなるまで、手を振るわけでもなく見送って、俺はマウンテンバイクに股がり帰路についた。


同じタイミングで同じ授業を受けていると言うことは、これから先も何度か会うのだろう。

そう考え、なんともいえない気持ちになり


その日はなかなか寝付きの悪い夜になった。


【応急救護】



教習を連チャンで入れて、早く終わらせよう。

そう思い、明くる日も明くる日も教習の日々だった。



応急救護の授業の日。


精密なマネキン相手に練習するのだが、知らんやつらとまとめてやることになり、俺を含めて五名で受けていた。


「はい。では、ここに倒れている人がいます。」寝転がっているマネキンを指差す。

「まずは意識が有るかどうかの確認をするため声をかけます。」

仰向けになってるマネキンの肩をバシバシと叩きながら

「肩を叩きながら、もしもし!大丈夫ですか!など声をかけてみましょう。」

女子を指差し「はい、そこのあなた!やってみて!」


「えっ…………」まじでか見たいな顔をしてる。


学校は学校やけど、まさか注目されるなかで一人でやらされるとは誰も思っていなかったに違いない。

場の空気が、あの学校の教室で名指しで当てられ答えさせられる時の緊張感に包まれる。


(やべぇ……俺があてられませんように!たのむ!)と誰もが思ってそうな顔だった。


「あっ……えーとっ…………も、も、もしもし……大丈夫です……か……」ポンポン。

恥ずかしがっている。まさかだったよな。そうだな。かわいそうに。



呆れ顔の教官は「えーとっ声が小さいですね。はい次あなた。」

鬼のように見える教官が指差したほうは



俺かよーーーー!



…………ちっ!やったろやんけ!!


なぞの勢いが出た俺は天高く右手を挙げる。


「もしもーーーーーし!!!!きこえますかーーーー!大丈夫ですかー!!!」

と自慢の大声と言うか、ほとんど叫びに近い声量をだす。


天高く挙げた手を振りかざし、バシッ!バシッ!とツッコミのように肩を叩く。



そこにいた教官も含めて全員爆笑。


よっしゃ!勝った!となぞの勝利を確信した俺。


「いいねー!それやったら意識戻るな!」と教官に冷やかされる。



教官はどうやら俺を気に入ったようで、その後も俺ばかり当ててきて、さすがに何回もあの勢いは恥ずかしくならざるをえなかった。


あの野郎。



人の目が人の影が怖くて生きてきた俺も、勇気を出せばこんなことも出来るんやなと思えた1日だった。





カトウともやはり頻繁にあう。


休憩室でたわいもない話ししたり、カトウの彼氏の話ししたりと

なんか普通に喋れてる俺がいた。


俺は吹っ切れているのだろうか。



ただ、強がっているのだろうか。



【】



いつものごとく残業してから、自分のロッカーを開け着替えようとしていたとき

長机の上に置いていた俺の携帯に着信アリのブルーランプが点灯しているのに気づいた。


見てみるとミナミからだった。

携帯を肩で挟み、着替えながらかけ直してみた。


「おつかれさん!キッツンいつ終わるん?」

「おつかれ。今終わって着替えてるとこやで。」

「暇でさー水間の駅まで車できてるねん!」


とミナミに言われ、バイト先の工場を口でナビして迎えにきてもらう。


母親の彼氏か再婚相手か分からんが、そのおっちゃんの軽箱だった。

免許とって、意気揚々と乗ってきたのだろうか。


仕事用の車だけあって、音楽が何もなく

俺の携帯の音量をマックスでオフスプリングというグループの曲を聞いて帰った。


つづく

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