第20話
旅人は少年にすべてを説明した。旅人自身の紹介、少年のもう一つの人格が『奴』であること、その別人格である『奴』が何住人何百人にも及ぶ大虐殺の原因であること。その『奴』が自警団によって狙われていること、『奴』が起こした惨劇の内容、旅人と『奴』の戦い、そのすべてが旅人の口によって事細かに語られていった。それを聞いている少年はまるで屠殺に怯える家畜のように震え、処刑前の囚人のように顔は青ざめていた。
「一言で言わせてもらうと、お前は少年と『奴』との二重人格になっている。ここ近辺で発生した事件の殆どがお前の別人格である『奴』によって引き起こされた。私はそう考えている。」
旅人は少年のベッドの周りを歩きながらそう話し、そのベッドへと座った。
「で、お前の救いたいものとはいったいなんだ?」
旅人の唐突な質問に少年は少しびっくりしたが、今までの落ち着きを取り戻すように冷静に答えた。
「言えない。」
「・・・・・・それは何故だ?」
「それは言ってはいけない決まりだからだ!」
「そうか・・・・・・もしかしてルーラ様か?」
「何故知っている!?」
「旅人のカンさ。前にルーラ様と会ってね。お前に相当懐いているようだったからな。それだけ懐いていればお前もあの子を守りたくなるだろうとね。」
旅人がそう言うと少年は痛そうな腕で旅人のコートを必死でつかんだ。
「ルーラは・・・・・・ルーラは無事なのか!?」
少年の眼は必死であった。旅人は焦りを見せながらもこう返答した。
「会ったのは数日前だが・・・・・・その時は何ともなかったな。」
「今は!?」
「今は・・・・・・分からない。修道女にも会うなと言われてから確認も出来ずにいる。すまない。」
旅人がそう答えると少年はうなだれるように顔を下げた。二人の間にはしばらくの間、沈黙が続いたのちに、旅人がもう一つの質問をした。
「さっきを俺を警戒した時に出たあの真っ赤な炎はお前の魔法か?」
その質問に少年は多少の震えを見せながらうんと頷いた。それに続いて少年は今までの記憶を旅人に話した。そして少年はこう話した。
「俺にとって・・・・・・ルーラは大切な存在なんだ・・・・・・俺は先の大戦で家族を全部失ってしまった。唯一生きてると考えられるのが行方の分からなくなった妹のシエルなんだ。俺が教会に保護されたとき、偶々隣にいたのがルーラだったんだ。その時俺はルーラが妹のシエルによく似ているように見えて、それでルーラを大切に可愛がってあげたんだ。まるでルーラは俺の唯一の家族みたいだったんだ。だが、いろいろな人からの話で、ルーラが狙われた身であると知ると俺は絶対にルーラを守らなきゃいけないと思って、強くなりたいって思うようになったんだ。そうした思いが募りに募って、この魔法が点からの贈り物として俺に届いた・・・・・・俺はそう考えていたんだ・・・・・・」
「しかしその代償が『奴』との二重人格って訳か・・・・・・」
旅人がそう言うと少年は震えた目つきでこう聞いた。
「俺は・・・・・・殺されるのか・・・・・・」
「このままだとな。誰に殺されるかは分からない。さっきも説明した通り、お前の中にある『奴』がまた暴れだせばお前の少ない生命力がゴリゴリと削られて、いずれは死に至るかもしれない。」
「なあ・・・・・・」
「何だ」
「何でそうなる前に俺を殺さなかったんだ!?俺が憎くないのか!?お前の目の前で人々が『俺』によって殺されて!そんな俺が憎くなかったのか!?それとも憎しみのあまりに俺をじりじりと徐々に苦しませてから死に至らせようとしているのか!?」
少年の質問は過度に感情的であった。少年の焦りは絶頂期に達していたが、それが何の焦りなのかは少年を含めて誰にもわかることができなかった。そんな中で旅人は落ち着いた様子でそれに答えた。
「そりゃあ・・・・・・憎かった。」
旅人のその言葉に少年の息は一時的に静止した。それでも旅人は話を続ける。
「憎かった。さっきも言った通り『奴』の犯行現場は悲惨の文字で溢れかえっていた。私もその場にいた時、罪もなく殺された人々の無念を晴らさなければならない。そんな陳腐な使命感に迫られていた。お前と会ったときはそれが頂点に達していたな。でもお前は別の意味で強かった。俺にはお前が殺せなかった。この事件の原因をお前に押し付けようとするその考えはお前の顔を見た瞬間に消え失せたな。それがなぜかは分らない。ただその時になって初めてお前を救わなければ、この凄惨の連続を止めることはできない。そう確信した。だから殺せなかった。」
旅人がそう語ると少年の荒々しかった呼吸は通常の状態に戻り、少年はそっと胸をなでおろした。目にはしずくか一滴垂れるように落ちていく。旅人の話は続く。
「お前・・・・・・大切な人を守りたい、救いたいって言っていたよな?」
「ああ!!」
少年は威勢のいい声で返答をする。
「ならば、大切な人を救う前に、お前自身を救う必要がある。自分自身を救えないものに他者を救える保障などありえない。それにお前自身が死んでしまったらお前の大切な人を救えなくなる。だからまずはお前の問題の解決が必要だ。」
旅人は途中で深呼吸をして話をつづけた。
「お前を救いたい。そのためにはお前自身の協力が必要だ。いいか?」
旅人がそう聞くと少年は深くうなずいてそれを了承した。
あのとき旅人は少し焦っていた。
あの時のツケが巡り巡って、今になって回ってきたかと。
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