第19話

「おい!起きろ!起きてくれ!」

少年が気付いたころには暗闇の中から声がした。少年は恐る恐る瞳を開ける。すると少年の目の前は以前と同じような宿場の部屋が広がっていた。少年はそれが意味するものを理解することはできなかった。少年の右手側には彼を見て安堵する賞金捕りの姿。左手を見れば深く傷ついている腕。それでも彼はその意味を理解できなかった。彼はひどく混乱した。彼は服にこびりついた血の跡を見ながら深く考え込んでしまった。少年には別人に体を乗っ取られるようなあの悪夢の他に覚えていることはどこかわからない場所でひどい痛みを感じたということのみであった。少年は必死で過去を思い出す。すると少年は少女が黒い影に飲み込まれる夢を見たことを思い出し、はっとして、ベットの上から立ち上がろうとした。しかし、

「痛ってえええええええええ!」

少年の体は傷だらけであった。両足はボロボロになり、左腕には深い傷、それまで気づかなかったが右手はもはや壊死しており言うことを聞かなくなっていた。少年はそんな状態で立ち上がろうとしたため、当然体の節々が悲鳴を上げて、少年もそれに共鳴するように悲鳴を上げた。

「やめろミハイ!今は立ち上がってはいけない!」

旅人がそう言うと少年には衝撃が走った。少年は痛々しい体を無理やりにも前進させて必死で部屋の隅にまで向かい必死の形相で旅人を見つめた。

「今・・・・・・何て俺を何て呼んだんだ?」

「ミハイと呼んだが。もしや間違っていたか?」

「俺を殺すつもりなのか!?」

少年の叫びに旅人は仰天した。唐突の言い回しに旅人は当初は何らかのジョークではないかと疑った。しかし少年の目は本気だ。両手には護身用なのか炎が浮き出て、その目は必死で生にしがみついている顔であった。

「大丈夫だ。お前を殺したりしない。第一お前を殺すメリットがないからな。」

「嘘だ!今までも他の町の人たちはそう言って俺たちの仲間の名前を知ってはロマニア人だと分って一族全員を皆殺しにしたんだ!あんたの言うことだって信用できない!俺は死にたくない!俺には守らなきゃいけない相手がいるんだ!俺は死にたくない!」

「ロマニア人・・・・・・?」

「え・・・・・・?」

「ロマニア人ってのは何かね?」

「あんた・・・・・・まさか・・・・・・ロマニア人を知らないのか!?」

少年の問いかけに旅人がうんと頷くと少年はまたしてもひどく驚愕した。それは殺される心配がなくなるという安堵よりも遥かに超えた驚愕であった。少年は恐る恐る旅人にこう聞いた。

「俺に対して・・・・・・差別意識はないのか?」

「ない」

即答であった。旅人はそれから「あっ」といって全てを理解したような顔をした。そのあとに続けて旅人は少年にこう聞いた。

「そうか。それが理由で名を明かさなかったのだな。だが、なぜ名を知られただけで殺されると思ったんだ?」

「あんたはミハイという名前を聞いたことがあるか?」

「・・・・・・一回だけならあるが。」

「はっ!?それは一体どういうことだ!?」

「いつの事であったかな。あれは遠い遠い昔、だいたい30年ほど前の話かね。」

「30年前!?・・・・・・まあいいや。話を戻すが、ミハイという名前はもともとロマニア人の名前で古くにあった旧ロマニア語から由来するんだ。ロマニア人は皆旧ロマニア語にあった言葉を頂戴して親から名づけられているんだ。だから名前を聞いただけでロマニア人かどうかわかる。ここら辺の広い地域じゃあロマニア人だと分ればすぐに殺される。だから俺はあんたに名を明かしたくなかったんだ。あんたが腕のある賞金獲りなら猶更だ。」

「俺がそんなにお前を殺しそうな人間に見えるか?」

「見える。だってあんたは外から来たんだろ? 余計に信用できない!」

「俺がお前を殺すがあったのならばお前が目覚める前には殺していたと思うがそれは違うか? そもそもお前を助けようなどしない筈だが。」

旅人がそう言うと少年は納得したかのような表情をして力が抜けたのかそのままなられ落ちるように床に座った。しかしその恐ろしい目つきは緩むことがなかった。そんな状態で旅人はこんな事を聞く。

「しかし・・・・・・なぜお前はそんな傷ついた状態でなお立ち上がろうとした?」

「俺には守りたいものがあるんだ! 守らなくちゃいけない人たちがいるんだ! こんな傷など先の大戦で何度も食らった! どうせへっちゃらだ! 天涯孤独そうなお前とは違って俺にはやらなきゃいけない事があるんだ!」

少年から発せられた「天涯孤独」という言葉が妙に旅人に対して鋭利に刺さった。しかしながらその胸刺さった言葉を抜き出すようにして立ち上がった旅人は少年の腕をつかみこういった。

「駄目だ。」

少年はそれに激昂した。

「何故だ! 何故駄目なんだ! 俺はあの子を助けなきゃいけないんだ! 俺はすぐにでも強い力を手にまとって、あの黒い影を倒し、あの少女を助けなきゃならないんだ!」

「それが駄目なのだ!」

旅人はこれまでにない声高な大声で怒鳴った。

「お前は今、『強い力を手にまとって』といったな? それがどれだけ多くの人々に不幸をもたらしたのか、それを覚えていないのか!」

「多くの人々に・・・・・・不幸を・・・・・・もたらした・・・・・・?」

「憶えていないのか!? 今すぐ思い出すんだ!」

「思い出すって言ったって・・・・・・わからないよ!・・・・・・一体どうすりゃあいいんだ!?」

「それはお前の記憶の中だけにある! 思い出せ!」

そう言うと旅人は今度は少年の肩を掴んだ。そしてもう一度叫んだ

「思い出せええええ!」

「思い出せ・・・・・・!?」

少年は旅人の叫びを復唱するとふとあの悪夢を思い出した。「オモイダセ」といういびつな声。その記憶から今までのことを照らし出すように沿って思い出した。少年は咄嗟に自分の腕を見た。すると少年に電撃が走った。炎が空のように覆いかぶさる酒場、山のように転がってあふれていく死体、そこから流れ出る血の川と湖。それらを主要とする何百個にも及ぶ場面が走馬灯のようにして思い起こされていった。少年はそれにひどく絶望した。少年はただ純粋に少女を守りたかった。大切な人を救いたかった。そのために強くなった。それが、結果的に多くの人々を悪夢へと追いやったという事実につながることに少年はどうやって受け入れようとできようか。

「うわあああああああああああああああっ!」

少年は狂ったように喚いた。しかしそれはもう後の祭りであったことは少年もわかっていた筈である。しかし少年には其の喚きをもうどうすることもできなくなっていた。

ほとぼりが冷めるにはもう少しの時間を要した。

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