第7話La luce la ciamо -君という光-
日曜日、衛は礼拝後の博美と待ち合わせをし、喫茶店で遅い昼食をとっていた。
「博美、ちゃんと食えよ。おまえ何も食ってないだろ」
衛は、博美のために無理矢理頼んだサンドイッチを指さして言った。
「だって、お腹空かないんだもん。大丈夫よ、朝ご飯ちゃんと食べてきたし」
「朝? 今何時だと思ってんだよ、もうすぐ2時だぞ」
「でも、お腹空かないんだもん、しょうがないでしょ」
博美は衛の言葉にそういってむくれた。
しかし、衛は最近彼女が自分の前で飲み物以外のものを口にしていないことに気づいていた。その飲み物もコーヒーや紅茶などで、ミルクは入っていることはたまにあるがノンシュガーである。つまり、カロリーになるものをほとんど摂っていないのだ。
それに、博美は低血圧で、入院中は出てくるので仕方なく牛乳に位は手を付ける程度で、家ではまず食べない。朝食を食べたと言ったのは、きっと方便だ。
「とにかく、空いてなくても食え!」
衛はそう言うと、博美の口にサンドイッチを取って突きつけた。なので、彼女はしぶしぶ2、3度口に運んだが、それだけで
『ごちそうさま』と言い、また紅茶の方に手を伸ばした。
(水分ばっか摂ってるから、食えなくなるんだよ)衛はよほど博美の手から紅茶を取り上げようかと思ったが、そうしたところで彼女はサンドイッチに手を伸ばすことはないだろう。
翌日は連休で、衛たちはデパートで行われる絵画展に行く約束をしていた。
朝、博美を迎えに行くと順子が出てきた。
「衛君、ごめんね。ヒロ楽しみにしてたんだけど、今日は行けないわ」
「何で?」
「朝一で病院に行ったのよ。十二指腸炎だって。潰瘍化してないから入院はしなくて良いみたい。とにかく点滴だけしてもらって帰ってくるけど、今日はそういう訳で止めとくって」
「わかった」
衛は頷くと自分の家へと帰って行った。
夜、衛は博美に電話をした。
「昨日は、ゴメンな」
「何が?」
いきなり謝る衛に博美は怪訝がる声で返した。
「無理矢理食わせちまったろ」
「そんなの謝らなくていいよ」
「十二指腸炎だって?」
「……うん」
「あのさ、俺で良かったら相談に乗るけど」
「へっ?」
「十二指腸なんだろ? 十二指腸が悪くなるのって神経からくることが多いって聞くから」
「べ、別に悩みなんてないよ」
「そっか、ならいい」
「変な奴」
あっさりと引く衛に、博美はそう言って笑った。
「なぁ、ずっと側にいてくれ、な」
しかし、衛がそう言うと、その笑い声が少し震えた。しかし、そのことを気にもとめていないかのように、衛は歌い始めた。それは彼がコンサートの後コクる時にかけようと思っていた曲、「La luce la ciamo’」だ。
『La luce la ciamo' 君がいなければ僕の世界に色はなかった。
La luce la ciamo’ 照らされて僕は僕になる』
「私、いつまで一緒にいられるか分からないよ」
歌を聴き終わった後、口を開いた博美は涙声だった。
「そんなの誰だって同じさ。俺だって明日事故で死ぬかもしれない」
「そりゃ、そうかもしれないけど」
「そう、人間明日どころか数秒先のことだってわからない。だから変に欲張ったらあっと言う間に命取られるとかお前、今でもそんなことを思っているのか?」
「そこまでのことは思ってないよ。ただ……今までのようにいつでもお迎えに来てくださいって言えなくなってる」
「は!?」
“お迎え”のフレーズに、衛は思わず聞き返す。やっぱ、ずれてるよなと思う。
「私が命を長らえた意味って何だろうって考えたら、怖くなったの。だって意味のあること何も私にはできてないんだもん……」
生真面目すぎるんだよ、博美は! こんなもんいつまでたってもムードなんか出る訳がない、こうなりゃ……
「バカだな、今はできてなくたってこれからややりゃぁいいじゃん。教会のセンセじゃないけどさ、『祈りは聞かれる』んだろ。お前がそれを見つけるまで、神さんはきっとお前を死なせたりしないさ。んでさ、見つけるためにいろんなことしなきゃな。ま、手始めに俺とつきあおう」
衛はそう言って、ボリボリと頭を掻いた。
「どうしてそこに行き着く訳?」
「まぁさ、んと……一人の男を幸せにするのって、結構意味あると思わねぇか」
「そうかもね。それが衛である必要はないけど」
「でも、俺以外にそんな物好きいるのかよ」
「わかんないよ、いるかもね」
「言うよな、お前」
人生に悩んでる割には。
「でも、手っ取り早いし、衛でいいよ」
「俺で良いよって、なんだよ」
「だからそのままの意味!」
「ま、いいか。ほんじゃまつきあうって事で。また明日電話する」
そして、衛は博美の承諾を聞いた途端、電話を切ってしまった。
博美は、切れた電話の音を聞きながら、
「衛が良いんだよ」
と小さな声でつぶやいていた。当然ながらそれは衛の耳には届きはしないのだが。
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