第6話覚悟 3
確かに衛は博美に告白するつもりでいた。しかし、それは順子の言うような結婚を視野に入れているようなものではなかった。いろいろな娘とつきあって、その内一人を選んでいく。別段、誰しもそうしていることだ。
だが博美の世界は狭い。
小児病棟の仲間たちの幾人かはもう彼の地に旅立ち、残った者は今も病と向き合っている。そんな中に、ひとり元気になった姿をひけらかすのがつらくなったのかもしれない。今は、定期検診の際に見舞うくらいしか行っていないという。
また、今年になってやっと卒業した高校も通信制で、ほとんど同世代の友人らしい物はいない。
一番つきあいらしい物があるのが教会の関係なのだが、入退院を繰り返していた博美はあまり教会にも顔を出してはおらず、青年の集会に顔を出すようになったのはごく最近のことだ。だから、裕美にとって男性と言えば幼なじみの10軒向こうに住む衛ということになるのだ。
衛が眠れない夜を過ごした後、翌日順子が涙声ででんわをかけてきた。
「衛君、ゴメンね。昨日のことは忘れて」
「何で」
「うん……あの後曳津先生に叱られたの」
いきなりの前言撤回に困惑する衛に順子はそう答えた。曳津先生と言うのは、順子の婚約者曳津信輔の事だ。信輔が牧会する教会の信者に配慮してなのか、順子は結婚が決まっても夫になる信輔の事をそう呼ぶ。
『順子さんはほんまによう祈ってこのこと言うたん? どんなに好き同士でも、御心やなかったら人は結ばれへん。そうなったとき傷つくのは博美ちゃんの方や』って。
そして、衛には言わなかったが、信輔はこう続けたのだ。
『衛君は教会のことどう思てんのん。そら、博美ちゃんの信仰はしっかりしてる。してるけど、せやから順子さんは【牛とロバを同じ軛につけ】ようとしてへんか?』
『そんなの、祈って言ったに決まってるでしょ!?それに衛君が一生信仰を持たないって誰が決めたの?』
確かに信仰を同じくしない夫婦は波風が立ったとき脆く崩れやすいのも事実だが、逆に未信者の配偶者を何年も祈って導いた信者の話もあるのも事実だ。
(誰が救われるかなんて人間にはわからないじゃないの!)とまだ若い順子は反発してしまった。
『そらそうやけどさ……ま、また電話するわ』
それに対して、信輔はそっけなっくそう言うと電話を切った。
そして、冷静になってみて順子は信輔の立場からはそういう意見が出るのは当然だと思った。牧師としては、実るかどうかも分からない救霊より、未信者との結婚で離れていくことの心配をするものだ。
(私は牧師夫人にホントになれるんだろうか)
順子もまた眠れぬ夜を過ごしてとりあえず、前言を撤回しようと衛に電話をしたのだった。
「とにかく忘れて……」
順子はかすれた声で、再びそう言った。
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