第3話コンサート 2

 衛はとりあえず博美のシートベルトを外した後、少し走って公衆電話を見つけると路肩にハザードを焚いて停めた。

「ちょっと待ってろよ、博美んちに電話してから病院にすぐ行くからな」

衛は博美にそう声をかけると電話ボックスに縋り付き博美の家――名村家の電話番号を押す。県外に居るので市外局番から押さねばならないのがもどかしい。

「はい、名村です」

5回のコールの後、博美の姉順子が出た。

「俺、俺。順子姉ちゃん?」

「衛君? 何よそんなに慌てて。ヒロとケンカでもした?」

順子はくすくすと笑ってそう言った。いつもならそれに対して言い返すのだが、今はそれをする気持ちの余裕すらない。

「博美、博美がおかしいんだ。また、あの病気? 息ができないって言い出して……俺、どうしたらいい? このまま病院?」

「ヒロ息ができないって言ってるのよね。衛君、今車に紙袋ある?」

おろおろと状況を説明する衛に順子は彼が思ってもいないことを聞いた。

「紙袋?」

「そう、どうしてもなければ……鼻をつまんでキスしてくれても良いんだけど。それだと落ち着いた後でヒロに衛君が殴られてもいけないか」

「順子姉ちゃん、俺真面目に聞いてんだよ!? 紙袋ならあるから!!」

さらに続くおかしげな順子の物言いに、衛は思わず言葉を荒げた。

「大真面目よ、私は。紙袋があるんならそれでヒロの鼻と口とを完全に覆って。しばらくしたら落ち着くはずだから。たぶん、寝ちゃうと思うし、そのまま連れて帰ってきて」

それに対して、順子は医師が看護師に手当の方法を説明するかのようにそう返した。

「そんなので大丈夫なの……か?」

「そう、大丈夫よ。それにあの病気じゃないから、心配しなくて良いわ。それより衛君が焦って事故起こさないようにゆっくり帰ってきて、解った?」

「……解った」

 衛は若干納得のいかないまま受話器を置くと、博美の許に戻り、最後のハンバーガーが入った袋を逆さまにしてそれを取り出し、苦しげに肩を上下する彼女の口元に持って行った。

(食べ物の臭いをかがせて、それでどうにかなるってのかな)

そう思いつつそのままそれを続ける。博美の荒い呼吸に合わせて紙袋が膨らんだり縮んだりが繰り返され、やがて彼女の呼吸がだんだんと和らいでいった。

(すげぇ、ホントに治まった……)

順子がこの状況を聞いてふざけたことを言ったりするとは思えなかったが、こんな突拍子もないことがこんなに効くとは衛も思ってはいなかった。

「博美、大丈夫か?」

衛はそう言いながら博美の顔と首に浮き上がっていた脂汗をダッシュボードに置いてあるティッシュで拭いた。

「うん……もうだいじょぶ」

「そっか、シート少し倒すから。寝られるんなら寝ろ」

「ありがと」

博美は衛に礼を言うと、順子が言ったようにすっと眠りに落ちていった。衛は大きく息を吐くと、ハザードを消し、車をふたたび発進させた。


 カーオーディオからは、衛が博美にコクるときにかけようと思っていた曲、「La luce La ciamo’」が流れ始めていた。


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