第27話『真実 ③-True Flower-』
一昨日、麻衣さんは言っていた。事件には全く関わっていないと信じて欲しいって。証拠を示せていない今も、おそらく麻衣さんはそのことを主張してくるだろう。
よし、麻衣さんを正しい道へ導かせよう。彼女は攻撃的な態勢だ、気を抜いてはこちらが負ける。
僕は深呼吸をした後、話を始める。
「麻衣さん、1つ……訊いてもいいですか?」
「何かしら?」
「あなたが犯人でないなら、きっと他の誰かが画用紙の仕掛けを施し、犯行に及んだのでしょう。そこで、あなたに訊きたいことがあります。女子用のトイレに飾られていた花は……何でしたか?」
「決まってるじゃない、赤い薔薇の花でしょ?」
麻衣さんはドヤ顔で言ってきた。
なるほどな。僕の耳に間違いがなければ、さっそく捕まえることができたみたいだな。反撃の糸口ってやつを。
「そうですか。これで、麻衣さんは1つ……証明されたことがあります。あなたは本当の女子用トイレに行ったことがありません」
「えっ……」
「茜色の館がオープンする前から、あなたは既に犯行計画を練っていました。そこにシンメトリー作家、天草真宵さんがデザインした茜色の館がオープン。麻衣さんは思った。きっと、トイレもシンメトリーになっていると。男子用のトイレだけを見て、女子用と同じになっているかどうかを調べました。殺したいのは女性である片桐さんですからね。男子用のトイレが女子用と同じ仕様であることが重要でした。それを確認した際に麻衣さんは見たんです。赤く咲いている薔薇の花が植えられている鉢を」
「ど、どうしてそれだけのことで?」
「本当に女子用のトイレ行ったのなら分かるはずです。トイレに飾られていたのが白い百合の花だと。赤い薔薇の花なんてどこにもありません」
忠実に再現したのが正解だったみたいだ。
お嬢様が入り口の壁に画用紙で細工をしているとき、僕がこっそりと百合の花と薔薇の花の鉢を入れ替えておいたのだ。そして、麻衣さんは今はっきりと言った。女子用のトイレに飾られているのは薔薇の花だと。つまり、男子用のトイレしか行ったことがないと自分から言ってしまっているのだ。
「……違うよ。私が見間違えたのには別の理由があるの」
「どういうことです?」
「今まで言ってなかったけど、事件のあった水曜日の夕方だったかな。私、茜色の館のトイレに行ってね。きっとその時には犯人が画用紙のトリックで男女のトイレを入れ替えていたと思うの。その時に薔薇の花を見たんだわ。その時は建物の名の通り、トイレの中が茜色に染まってて今でも印象に残ってる。ごめんね、今まで言わなくて」
麻衣さんは平静を取り戻したのか、それとも……自分の方が優勢だと思っているのかすっかりと声の調子が戻っていた。
お嬢様はそんな麻衣さんを何とも言えない表情で見ていた。莉央や稲葉君も何も言葉を挟むことさえできなそうだ。
どうやら、気づいているのは僕だけだろう。
「そのような光景、絶対に見ることができません」
「えっ?」
「麻衣さん、水曜日の夕方の時点でもし、既に他の誰かにより壁に細工をされていたとしたら……その時には窓には何もなかったはずです。なぜなら、前日の夜……小湊市には震度6弱の大地震が襲い、茜色の館に飾られていた鉢が全て床に落ちてしまっていたのですから」
故に、麻衣さんは嘘をついている。一瞬、まかり通る理由だと思えるけれど……今度はもう騙されないぞ。そして、
「花を飾ったのは桜井先生でした。しかし、水曜日の午前中に先生は落ちてしまった全ての鉢を拾い、掃除をしたんです。そして、新しい薔薇と百合の花の鉢を飾ったのは水曜日の夜だったんですよ」
ちっ、と麻衣さんは舌打ちをした。
「つまり、麻衣さんはシンメトリーであるが故に、女子用のトイレも男子用のトイレと同様に赤い薔薇の鉢が飾られていると勘違いしてしまったんです。現場に赤い薔薇の鉢が落ちていることから、画用紙の仕掛けが施されたのは水曜日の夜だと絞れます。さあ、本当の理由を言ってください。あなたが女子用のトイレにも赤い薔薇の鉢があると思ったのは、入り口の壁に仕掛けを施したからではないでしょうか? それ以外に男子用のトイレだけを見る理由があるならちゃんと説明して欲しいですね」
麻衣さんは黙り込んでしまう。
墓穴を掘るって言うのは、きっとこういうことを言うんじゃないのかな。
僕の言ったことが真実だろう。桜井先生が薔薇の花を男子用のトイレに置いた後に麻衣さんが画用紙の仕掛けを施したこと。もし、その順番が逆であれば現場に落ちている花が百合の花になるはずだから。
沈黙がこの場を支配し始めていたときだった。
「……そうね。私が画用紙を使って男女のトイレを入れ替えたこと。それは認めざるを得ないようね。でも、私が片桐さんを刺したっていう決定的な証拠があるの? それに、最初に警察に拘束されたのは稲葉君じゃない。どうやって罪を着せたっていうのよ!」
麻衣さんは血相を変えて僕達に罵声を浴びさせる。どうやら、今まで小出しにしてきた怒りをついに全開したようだ。
やはり、そこを訊いてきたか。
片桐さんを刺したという決定的な証拠と稲葉君が罪を着せられた理由。それが分からない限り真実を追究することは不可能である。
「由宇、分からないわ……。高梨麻衣が被害者を刺した証拠はもう一度現場を検証すれば見つかるかもしれない。でも、稲葉隼人が罪を着せられそうになったのは……そもそものきっかけが、彼がナイフの柄に触ってしまったことなのよ! それがもし作為的だとしたら証明するのは難しい気がする……」
お嬢様はすっかりと意気消沈している。
ここで確かなことはナイフの柄に稲葉君の指紋が付いていたことで、彼が被疑者として一度捕らえられてしまったことだ。
考えるんだ。僕達はきっと……麻衣さんの手の上で踊らされているだけ。麻衣さんが犯人だということが真実である限り、絶対に僕達がそれに辿り着けるはずなんだ。
「無理だよね、進堂君。だって、私は何もやっていないんだから」
このまま逃げられてしまうのか? 僕は麻衣さんに……。
でも、どうしてそれなら麻衣さんは仕掛けを施したことを認めたんだ? 麻衣さんの気持ちになって考えてみよう。
――そうか。麻衣さんの気持ち、か。
もしかしたら、今の麻衣さんの言葉が真実を表しているのかもしれない。そのためには僕は僕の立場から離れなくちゃいけないな。
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