第24話『永瀬の行方』
教室内に戻ろうとすると、誰もいなかった。夕陽が綺麗に茜色へ染めていく。人一人いない所為か、この光景が1つの芸術作品のように思える。
数分経ち、背後から教室の扉が開く音が聞こえ、振り返る。
「由宇ちゃん、ただいま」
「……ここは莉央の家じゃないでしょ」
「そうだったね。由宇ちゃんだけしかいなかったからつい」
俺と2人きりならどこでも家だと思うのか。何とも言い難いな。
「……それで、どうだったかな。何か重要な情報を手に入れられた?」
「そうだね……由宇ちゃんから話を聞いていたことよりも、それほど悪い噂になっていることはなかったと思うよ。片桐さんはリーダーシップもあって言葉こそきついけれど、人望の厚い人だったらしいし。人から恨まれるような性格の人じゃないみたい」
「そうか」
「だけど、高梨さんの様子が2年生になってからおかしくなったっていうのは結構言われたかな。付き合っている恋人さんと一緒にいなくなったからって。それに、片桐さんと麻衣さんの恋人さんが一緒に帰ったところを見たって言う人もいたし」
「となると、日比野さんの言っていることは本当だったわけか」
きっと、お嬢様はその光景を目撃した人の話を小耳に挟んだのだろう。
噂が飛び交っている時、片桐さんはどんな思いを抱いていたのだろうか。そして、永瀬君が突然学校に来なくなったときも。お嬢様に似ているらしいから、もしかしたら全然気にしないのかもしれないけど。
「由宇ちゃん、私……思うんだけど」
「何かあるの?」
「片桐さんは誰かにナイフで刺されるくらいに恨まれるほど、悪いことをしたのかな。私はしてないと思うよ」
「どうだろうね。でも、実際に片桐さんはナイフで腹部を刺されている。犯人が彼女に殺意を抱くきっかけとなった出来事が絶対にあったはずだよ」
人はそれぞれ違うわけだから、物事に対する感じ方ももちろん違う。僕や莉央など第三者にとってたいしたことのないことでも、犯人にとってはその出来事で殺意を芽生えてしまうこともある。
行方不明になってしまった永瀬君が事件の要になっているのは間違いない。そして、彼のことを稲葉君に調べてもらっているんだけど。
「まだ来ないな、稲葉君」
「もしかしたら学校外にいるかもしれないよ。永瀬君だったっけ。その人の家に行ってみるって言ってたから」
そうか、永瀬君が自宅にいる可能性もあるだろうし。
行方不明になるということは彼の身に何かあったわけだ。
問題はそれが何かで、片桐さんに関係しているかどうか。もし、片桐さんに関わっているのなら、それが犯人の動機となっている可能性が高そうだ。
――プルルッ。
僕の携帯電話の着信音がバッグの中から鳴り響く。
すぐさまに僕は携帯を取り出し画面を見る。発信先が稲葉隼人となっていた。
「稲葉君、莉央から話を聞いたよ。永瀬君の家に行ったんだって?」
『ああ、もしかしたら病気とかで家で寝込んでいるんじゃねえかって思ってさ。でも、永瀬の部屋には誰もいなかった』
「そうか……。それで、今はどこにいるの?」
『永瀬が住んでいるアパートの前だ。住人に話を聞いてみたんだけど、永瀬は礼儀正しくてどうやら評判は良かったみたいだぜ。アパートだから彼女の存在も知っていたけど、そいつの特徴は黒いショートヘアらしい。ワンサイドに結んでいたって言った人もいたぞ』
「麻衣さんの髪型にピッタリだね。片桐さんについては?」
『あいつの髪の色は青色で、髪型はポニーテール。でも、そういう髪型をした女子生徒が来たことは一度もなかったらしい』
「つまり、片桐さんを家に連れてくることはなかった……」
『そうだな。あと、これは住人の中の1人の話だけど、2週間くらい前に永瀬から少し遠いケーキ屋があるかどうか訊かれたらしい。その人が店を教えたらすぐに行ったそうだ。あと、その時期から彼の姿を見ていないらしい』
ということは2週間ほど前に何かあったのかもしれない。永瀬君には麻衣さんという彼女がいるし、どうしてケーキ屋さんに行ったのかも気になるところだ。
「ケーキ屋か。じゃあ、僕も莉央を連れて行くよ。場所を教えてくれないかな」
『ああ、分かった。住所はメールで送るよ。じゃあ、後でまた会おう』
通話を切ると、すぐさまに莉央が僕の方に歩み寄る。
「どうかしたの?」
「……もしかしたら、莉央の言う通り片桐さんは何も悪いことはしていないかもしれない」
「えっ?」
「今からあるケーキ屋に行って稲葉君と合流しようと思う。きっと、永瀬君に何があったのかはそこに行けば分かると思うから」
「分かった。今すぐに行こう」
ケーキ屋に行って永瀬君に何があったのかが分かれば、この事件は解決するはずだ。
学校を出る前に僕の考えをお嬢様に伝えるため、携帯でお嬢様の携帯電話に直接電話をかける。出てくれればいいんだけど。
呼び出しベルが鳴り始めて10秒ほど経って、
『今更、何か用でもあるのかしら?』
声のトーンが結構低いが、お嬢様の声が確かに聞こえた。
「お嬢様、僕もお嬢様と同じ人を真犯人であると考えています」
えっ、とお嬢様は声を漏らす。
『あたしと同じ? ということは……』
「ええ、彼女が犯人だと思います。お嬢様は例の片桐さんが自分から現場に行かせる方法は分かったのでしょうか?」
『……由宇がいなくなってすぐに分かったわよ』
よし、これなら大丈夫そうだ。
「……お嬢様。一緒に真実を掴みましょう。僕はお嬢様のことを信頼しています。自分勝手で申し訳ないですけど、僕のことを信じてくれませんか?」
それから暫くお嬢様からの返事はなかった。しかし、
『……あたしは由宇を信じる。明日の放課後……茜色の館で真犯人に真実を話すわよ。罪を犯した人間にはやっぱり現場がお似合いだから』
「分かりました、お嬢様」
『それじゃ、私にもまだやらなきゃいけないことがあるから』
「分かりました。僕の方もまだやるべきことがありますので。それでは、失礼します」
よし、これで真犯人と真正面から向き合える。真実を伝えるためにも、僕もやるべきことをちゃんとやらなくちゃいけないな。
僕と莉央は稲葉君と落ち合う予定のケーキ屋さんへ急いで向かうのであった。
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