第23話『日比野楓』
同日、放課後。
予定通り、僕と莉央、稲葉君は事件の調査のための行動をすることに。僕はそれぞれにこんなことを頼んだ。
莉央には女子生徒から片桐さんのことや周囲の友人関係のこと。また、片桐さんに関係する恋愛事情など。
そして、稲葉君は男子生徒から片桐さんのことを。そして、彼女と付き合っていると思われており現在行方不明になっている永瀬和也君について調べてもらうことにした。
ただし、僕達が調べていることを麻衣さんにできるだけ気づかれないように、ということを一点付け加えた。
そして、僕は何をしているかというと、
「すみません、日比野さんはいらっしゃいますか?」
2年4組を訪ねていた。部活など何も用事のない生徒が何人かいる中で、僕は日比野さんがいるかどうかを訊いているのだ。麻衣さんがいなくなったことを確認した後で。
数秒ほどすると、すぐに日比野さんらしき人が僕の側まで歩いてきた。茶色いショートボブの髪が特徴の女子生徒だ。目もぱっちりとしていて動物的な可愛らしさがある。
「私に何か用かな? 藍沢家の執事さん」
どうやらこの人が日比野さんのようだ。
制服が倒壊した家から発見されていないので、僕はまだ藍沢家の執事服を着ている。正確には執事ではないんだけど話すとややこしくなりそうなので言わないでおこう。
「僕、今……このクラスにいる片桐彩乃さんが、何者かにナイフで刺されてしまった事件について調べているんです」
「ふうん……そうなんだ」
やはり、親友が被害者の事件についてなのか日比野さんの表情が思わしくない。
「事件のことについて訊いているんじゃないんですよ。ただ、片桐さんのことを調べれば何か事件を解く手がかりになるんじゃないかと、そう思いまして」
「……犯人は確か2年3組の生徒さんじゃないの?」
おかしいな。稲葉君が学校に復帰したというのに。ちなみに、うちのクラスでは桜井先生がド派手に祝福していたけど。
「昨夜、お嬢様からその生徒が犯人だと不自然な点があるという指摘があったので解放されたんですよ。なので、捜査も振り出しに戻った感じです」
「だから、まずは彩乃ちゃんのことを調べろってあなたのお嬢様が命令したわけね」
「……まあ、そんな感じですね」
本当は僕の独断で動いているんだけど、良い流れなのでこのまま嘘を通そう。
「うん、分かった。じゃあ、あまり人のいないところが良いわね」
「ありがとうございます」
僕は日比野さんに頭を下げる。
「そんな律儀にならなくてもいいのに。ふふっ、さすがは執事さん」
初めて日比野さんは僕に笑みを見せた。
意外とこの執事服の効果があるようだ。一般生徒だけれど、どこか違う雰囲気を自然と持たせてくれるし、しかも藍沢家の執事服だ。僕がこのように訪ねることも、お嬢様の命令だと勝手に解釈してくれる。執事ではないけれど、既に知れ渡っている「藍沢麗奈の執事」という肩書きを思う存分に使わせてもらうつもりだ。
そして、日比野さんの案内で、僕は教室棟を出て少し歩いたところにあるベンチまで連れて行かされる。
「ここまで来れば大丈夫かな」
「すみません、色々と」
「別にいいよ。あなたのお嬢様からも今日の昼休みに訊かれたからね」
「お嬢様が日比野さんの所に来たということですか?」
予想外だった。もうあのことについて答えが出たのか?
「うん。でも……ちょっと怖かった。何か自分にも嫌なことがあったみたいな感じで」
「そうですか……」
ごめんなさい。その原因、間違いなく僕にあります。
「だけど、あなたは優しそうだから何でも話せそうな気がする」
と、日比野さんはやんわりとした表情を見せてくれた。これなら、何とか話を聞くことができそうだな。
「それで、彩乃ちゃんのことだっけ?」
「はい。何か彼女について悪い噂でも流れたことはありませんでしたか?」
「……もう知っているんじゃないの?」
「えっ?」
「麻衣ちゃんから昨日、進堂君と一緒に天草真宵さんの個展に行ったって。その時に色々と話を聞いてもらえて嬉しかったって言ってたよ?」
やはり友達同士だからそういうことも話すのか。
「その通りです。麻衣さんから失踪した彼女の恋人について話されまして。その原因については、日比野さん……あなたから聞いたと麻衣さんが言っていたんです」
「だから、私に直接聞きに来たんだね」
「ええ。信用していないわけではないんです。しかし、どうしても確かめたくて。麻衣さんの恋人である永瀬和也君のことを」
麻衣さんが犯人ではないと信じてはいるけれど、彼女の恋人である永瀬和也君が失踪したことは事実だ。桜井先生に頼んで5組の出席簿を見せさせてもらったけれど、永瀬君のところはゴールデンウィークに入る直前からずっと欠席になっていた。彼の担任もその原因は分かっていないらしい。
「……麻衣ちゃんも3月までは永瀬君と一緒にいたわ。彼女も毎日が楽しそうで、彩乃ちゃんだってそこまで関心を持っているようじゃなかったわ」
「しかし、新年度を迎えて……麻衣さんと永瀬君が別々のクラスになってから、2人の関係が歪み始めた」
「ええ、思えばその頃から彩乃ちゃんも放課後に私と帰ることが少なくなったわ。親しくてもあまり訊かれたくないこともあるだろうと思って、その理由は一切訊かなかった」
まさに親しき仲にも礼儀あり、だろう。日比野さんは親友である片桐さんに対して、一定のラインからは介入しないようにしていたのだろう。
「つまり、日比野さんはこう考えたわけですね。2人の間に何かあるのではないかと」
「うん。それに実際に見たから。放課後、彩乃ちゃんと永瀬君が一緒に帰るところを」
「それを伝えたわけですね。恋人である麻衣さんに」
「そういうこと」
動機という面においては、麻衣さんが犯人である最有力候補になってしまうな。人一人がいなくなっているのは事実だから、今回の事件に関与している可能性は非常に高いだろう。
「……考えたくはないけど、麻衣ちゃんが怪しいと思ってる。だって、言葉が悪いけど彩乃ちゃんが麻衣ちゃんの恋人を奪ったようなものだもん」
日比野さんはそう言って渋い顔を見せる。
片桐さんが永瀬君と一緒に帰っただけでそう思うのはどうなのだろうか。その状況を見るまでに色々な変化があったわけだけど。
「進堂君はどう思ってるの?」
「……麻衣さん自身が事件には関わっていないと言っていますからね。僕はその言葉をまずは尊重したいと思っています」
「さすがは執事さん。優しいんだね」
みんな僕のことをそう言うけど、優しいってどういうことなんだろう? あまりにも言われすぎて逆に分からなくなってきた。
「僕は自分の思っていることをただしているだけですよ」
「……彩乃ちゃん、昔は進堂君みたいに優しかったんだけどな」
日比野さんは俯きながら小さい声で言った。
「勉強もできるし、スポーツもできるし、顔も綺麗だし、おまけにお嬢様だし」
「お嬢様ってどういうことです?」
成績優秀、容姿端麗というところまでは麻衣さんから聞いていた。しかし、まさか令嬢だとは思わなかった。お嬢様に似ているとは言っていたけれど。
「あなたが仕える藍沢家ほどじゃないけど、片桐家もそれなりに大きい財閥なの。そう言っても、藍沢家とは違って片桐家は外資系なんだけどね」
「そうだったんですか……」
「うちも小さい会社だけどお爺ちゃんが起業して、今はお父さんが社長として経営してる」
「ということは、日比野さんは社長令嬢なんですね」
やっぱり、緋桜学院には財閥の子息や令嬢がたくさん通っているんだな。ていうか、日本にはこんなにたくさん財閥があるのか。
「別にそこまで裕福な生活はしてないよ。きっと進堂君と同じだと思うけど」
「しかし、それなりのお付き合いがあるのでしょう? 僕、そういうことに縁がないので分かりかねますけど、例えばパーティに招待されたり」
「たまにあったかな。そういえば、彩乃ちゃんと出会ったのもそういう社交の場だったよ。その頃は小さかったから子供同士で集まって会場の端の方で遊んでいたけれど」
「ということは、日比野さんと片桐さんはいわば幼なじみというわけですか」
「そういうことになるかな。でも、それが何時まで続くか……」
「えっ? 何ですって?」
「ううん、何でもないよ」
後半の部分がよく聞こえなかったけれど、まあいいか。
でも、幼なじみであれば、麻衣さんが信じ込んでしまうのも無理はない。麻衣さんのあの口調からすると、どうやら日比野さんは片桐さんのことを相当親密な関係のようだし。それならあのことについて分かるんじゃないのか?
「日比野さん、最後に1つ……訊いても良いですか?」
「何かしら?」
「……片桐さんがどうして永瀬君と付き合っているのか? あなたの言葉を借りるなら、どうして麻衣さんの恋人を奪うようなことをしたのでしょう? 幼なじみなのですから、何か感づいていることもあると思うんですが」
そんな僕の質問に、日比野さんは言葉を詰まらせた。
「分からないから、彩乃ちゃんに訊こうと思った。でも、いくら幼なじみでも訊いて良いことと悪いことがあると思って辞めたの。1回話したんだから、同じことを言わせないでよ」
「これは失礼しました。心苦しいことを何度も言わせてしまいまして」
何か隠していることでもあるんじゃないかと思ったけど、今の様子からすると片桐さんと永瀬君が一緒にいた理由は本当に分からないみたいだ。
さてと、重要な情報を手に入れることはできなかったが、色々と片桐さんのことについて聞けて良かった。
僕はこれから3組の教室に戻るつもりだ。
実は莉央と稲葉君に午後5時になったら、3組の教室に戻るか携帯電話で僕に連絡をすることになっている。
優しいはずの永瀬君が片桐さんと一緒にいること。僕には何か相応の理由があるとしか思えない。きっと、莉央と稲葉君が何か情報を収穫してきてくれているはずだ。
「日比野さん、突然お尋ねして申し訳ありませんでした」
「別にいいよ。噂になっている人と話ができたし」
「噂?」
「うん、地震の所為で重傷の怪我を負って、家も全壊して。学校に復帰したら何故か藍沢家の執事になってるし。女子の間では結構ホットな話題になっているんだよ」
「そ、そうなんですか」
普通の高校生なら、僕がここ1週間で遭遇したことのうちの1つでも体験すれば相当なことだろう。僕のことが話題になるのも分かる気がする。
「くしゅんっ!」
日比野さんは口を押さえて可愛らしくくしゃみをした。
「うううっ、まだ花粉が飛んでるの?」
「日比野さんは花粉症なのですか?」
「うん。私の場合は典型的なスギ花粉のアレルギーなんだけどね。この時期になると落ち着くはずなんだけど。地震が起こった後から、また急にくしゃみが出るようになっちゃって」
「それは大変ですね」
花粉症かぁ。僕は罹っていないけれど、花粉症の人の多くは2月から4月の終わりくらいまでスギ花粉が凄くて嫌な思いをする、というのは聞いたことがある。
「しかも校舎の中でね。麻衣ちゃんと話しているときだったかな。まあ、桜井先生は華を飾るのが好きだから、どこかで花粉を付いたのかも」
「そうですか。どうかお大事に」
「ありがとう」
「それではこれで失礼しますね」
しかし、花粉症ならよく日比野さんは外で話す気になってくれたな。校舎内で症状が出始めたと言ってはいたけど。この時期はスギ花粉がほとんど飛ばないと言われているので、少し油断をしたのだろう。
僕は日比野さんと別れて、3組の教室に戻る。
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