第20話『未来からの電話』
「はい、進堂ですが」
『未来です。由宇さん、夜分遅く申し訳ありません。今、どちらにいるのでしょうか?』
「幼なじみの藤原莉央さんの家にいます。お屋敷の方で何かあったのですか?」
『いえ、特にはありませんが……由宇さんのことが心配になってしまって。今、私の部屋から自分の携帯電話でかけさせてもらっています』
未来さん、さすがに携帯は持っていたんだ。
「ご心配をかけて申し訳ないです。僕の方は大丈夫です。それよりも、お嬢様の方は大丈夫でしょうか?」
『由宇さんが反論したこと、そして家を出てしまったことに、さすがにショックを受けたのか……あの後すぐに寝込んでしまって。今もお部屋のベッドで眠っています』
やはり、お嬢様の心に相当な傷が付いたんだろう。僕が言ったことはお嬢様の意見を真っ向から否定するような感じだったから。
『あと……由宇さんにはある話を聞いて欲しいんです』
「僕に、ですか?」
『ええ。5年前、旦那様が亡くなったというのは覚えていますよね?』
「はい。それを教えてくれたのは未来さんでしたよね」
しかし、聞いて欲しい話というのが、旦那様が亡くなったことだなんてどういうことなんだろう? まさか今回の事件に関係するのか?
『5年前、旦那様は亡くなったのは他人によって殺されたからです』
そういえば、亡くなっただけで理由が殺人だとは聞いていなかったな。
「……殺された、ですって?」
『はい。事件が起こったその日、旦那様は担当する事件の裁判が間近に控えていました。旦那様の携帯にある電話がかかってきました。被告人が罪を犯したと立証できるものがあるから会ってくれないか、と』
「それで、会ってしまったんですか?」
『……旦那様はどんな人の言葉もまずは信じようとする方でした。待ち合わせ場所の近くまで来た時に殺されてしまったのです』
ということは、旦那様は結果的に、待ち合わせをしていた人に会えなかったわけか。
「ちなみに、お父様の担当した裁判の結果はどうなったのです?」
『……証拠不十分の無罪判決でした』
「無罪判決、ですか……」
『警察の方々、そして旦那様と同じ職の方々は揃ってこう言いました。被告人の関係者が無罪を勝ち取るために旦那様を殺したのではないかと』
「それで、お父様を殺害した犯人は捕まったのですか?」
『……いえ、掴まっていません。正確には犯人は自殺してしまい、逮捕することができなかったのです』
「自殺……」
『はっきりと理由は明らかになっていません。ただ、自ら命を絶つことで旦那様を殺したことに償うという遺書がありました。警察ではそれが自殺の動機と見て処理しました』
つまり、自分の犯した罪の重さに耐えかねたということか。そうなると、やはりすっきりしない点が多いよな。5年経った今ではどうすることもできないけど。
『お嬢様は旦那様が亡くなって、人を信じることができなくなりました。きっと、人を信じたことが故に殺されてしまった旦那様の影響でしょう』
「だから、学校でも不機嫌な態度を……」
『ええ。それはお嬢様なりの決意の表れなのだと思います。常日頃から人を疑っていれば危険な目に遭うことはない。お嬢様が気を許していたのは、ご家族以外となると私と由宇さんくらいしかいませんでした』
「えっ……」
ど、どうしてそこで僕の名前が出てくるんだ?
『由宇さんは今、驚かれていると思います。お嬢様は小さい頃から旦那様から自分のご友人の話を聞かされていました。その話に出ていたご友人こそ、由宇さんのお父様だったのです。そして、由宇さんとお会いしたことも覚えていらっしゃいましたから』
あれ、でも……一昨日の夜にお嬢様と会ったときに、お嬢様は最近まで僕のことを忘れていたと言っていたような気がするんだけれど。気のせいだろうか。
『今まで執事をつけなかったのも旦那様の事件があったためです。そして、幸か不幸か先週の地震が起こってしまいました。由宇さんの家が倒壊したことがお嬢様の耳に入ると、すぐに由宇さんをお屋敷に住まわせて執事にさせようと決めたんです』
「そうだったんですか……」
『でも、由宇さんは旦那様にそっくりでした。どのような人の言葉でも、まずは信じようとする考え方が。だからこそ、あの時……お嬢様は激しく由宇さんに当たってしまったのです。自分の父親と同じ目に遭わせないために……』
美来さんが教えてくれたことに、僕は何も言えなかった。
まさか、こんな背景があったなんて。お嬢様は……緋桜学院に通っている多くの生徒の中で僕だけを信じてくれていたんだ。とても悲しい出来事をきっかけにして、日頃から他人を疑っている中で。
ということは、僕はお嬢様に五年前と同じ想いをさせてしまったのか。僕がお屋敷から出たことは、お嬢様にとっては自分の側から信じていた人を失ったことと一緒だから。
「……全く知りませんでした。父さんから、旦那様のことは一言も聞いたことはなかったですし」
『そうですか……』
「ですけど、やはり僕は麻衣さんを信じてみたいんです。旦那様のような目に遭ってしまうかもしれませんけど。僕も麻衣さんも心を持つ人間同士ですから」
『そう言うと思っていました。由宇さんはこれからどうするのです?』
「一度、お嬢様から離れて捜査したいと思います。そうすることで、事件を別の方向から考えていければと思っていますが」
『分かりました』
「では、お嬢様のことをよろしくお願いします」
『はい。由宇さん……頑張ってくださいね』
そして、通話を切った。
お嬢様は常日頃から人に対して徹底的に疑うというスタンスが確立されていたようだ。だからこそ、幾つもの事件を解決できたのかもしれない。
旦那様が亡くなったことに関しては今回の事件には関係なさそうだ。
未来さんに事件を別の方向から見ると言った。お嬢様が事件そのものを中心として捜査をしているから、僕は片桐さんに関係する人達から捜査していきたいと思う。警察に通報した児島君や片桐さんの友人である日比野さんからも話を聞いてみたいところだ。
「ふぅ、由宇ちゃん。お風呂上がったよ」
扉の開く音がしたので、僕は後ろに振り返るとそこには桃色のパジャマを着た莉央が立っていた。
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