第14話『憧れの人-前編-』
小湊駅から各駅停車の電車に乗って15分ほど。
僕と麻衣さんは小湊市の隣の瀬崎市の中心にある瀬崎駅のホームに降りた。人口65万人の政令指定都市も夢ではない都市の駅なので、ホームもかなり立派である。
真宵さんの個展が開かれているのは、瀬崎駅から徒歩5分の所に位置する瀬崎現代美術館というところだ。今日は日曜日で、個展目当ての人が多いのか、電車を降りる人は結構多い。
僕と麻衣さんは人の流れに身を任せながら、瀬崎現代美術館まで行く。徒歩で数分ほどなので結構近い。
「ここが瀬崎現代美術館ですか」
「かなり立派なところだね」
敷地内への入り口には真宵さんの個展のポスターが貼られていた。とても大きいので、本当に大々的にやっていることが分かる。
僕は未来さんから受け取ったチケットを見る。
「……真宵さん、企画展だけに入れるチケットを送ってきたな」
普通は通常の展示を見てから企画展という感じだからな。そうなると僕達に飽きられてしまうと思ったのかな。
企画展のみのチケットということは……あった。企画展の方に直接行ける入り口が通常展示の大きな入り口の横に設けられている。
「私なら別に構わないよ。私も天草さんの企画展目当てに行くつもりだったし。企画展だけなら値段も大分安いしね」
「そうですか。それでは企画展に直接行きましょうか」
麻衣さんと同じく、お金の面ではそちらの方が断然嬉しかったりする。それに、やはり通常展示の方から見る人が多いらしく、チケット売り場に並ぶ人達でいっぱいなのだ。企画展だけの方は入っていく人はいるものの、混雑はしていない。
僕と麻衣さんは企画展に直接行ける通路の方に入っていく。
「楽しみだなぁ……」
「麻衣さんにチケットを渡しておきますね、どうぞ」
「ありがとう」
通路を歩くと、企画展用の入り口の手前に何人かのスタッフが立っているのが見えた。僕と麻衣さんはスタッフの人にチケットを渡し、無事に企画展に入ることができた。
中は美術館だからか静かな雰囲気である。三方が白い壁になっており、真宵さんの作品が飾られている。奥にもまだあるみたいだ。
「進堂君、さっそく見ようよ!」
絵画好きで美術館に来ることが慣れているのか、麻衣さんのはしゃぐ声の大きさもある程度抑えられていた。しかし、こういう場ではどんな声の大きさでも意外と響いてしまうようで……こちらを向いて微笑んでいる人もちらほらいる。
だけど、それに対して麻衣さんは全く恥ずかしがっていなかった。ここにいる人達は自分と同じで、真宵さんの作品を見たい同士だと思っているからだろう。
僕と麻衣さんはさっそく端の絵から順番に見始める。
「綺麗……」
隣で見ている麻衣さんの顔をちらっ、と見るけれど……さっそく作品の世界に入り込んでいるようだ。麻衣さんには何か感じるものがあるんだな。
ちなみに、僕にとって真宵さんの絵は確かに凄いとは思うけど……それ以上の感想がないんだよな。麻衣さんに言ったら怒られるかもしれないけど。作品の横には日本語の作品名と英語での作品名が紹介されている。横に解説が紹介されている作品もある。僕には本人自らの説明があると嬉しいんだけど。
「だったら、わたしが説明してあげようか? 由宇」
「ええ、お願いしますよ……って、その声はもしかして?」
振り返ると、何故か黒いスーツを着ている真宵さんがいた。就活生のように見える。
「どうしてここにいるんです?」
「……日曜日だから?」
「暇だから来たって感じに言わないでもらえますか。真宵さんの個展なんですから」
「いやいや、実は個展を開催してから初めて日本でゆっくりできてさ。地震で由宇が死にかけてる件がなかったら今頃も海外だったな」
「……それで、今日はお客さんとして来たんですか?」
「ああ。客として来たんだけど、普通に顔を見せたらそこの入り口はパスできた」
いわゆる顔パスってやつか。さすがは真宵さんだ。
「藍沢さんからは聞いていたけど、その服装も結構似合ってるな。まるで女の子みたいだ。執事じゃなくてメイドとして働かせて欲しいってわたしから頼んでおこうか?」
「そんなのは絶対に嫌です! 保護者なのにそんなこと言わないでくださいよ……」
僕が男としてまともに見られる数少ない機会を奪わないで欲しい。
「それで? 由宇の隣にいる彼女は誰なんだい?」
「は、初めましてっ!」
麻衣さんは僕の隣で固まっていた。憧れの人を目の前にしているんだ、緊張してしまって声が翻ってしまうのも分かる。
「わ、私……私立緋桜学院高等学校に通う2年生の高梨麻衣といいますっ! え、えっと……ずっと前から天草さんの大ファンでした!」
「おっ、嬉しいことを言ってくれるね。わたし、天草真宵と言います。そっか、高梨さんはわたしの後輩なんだ。じゃあ、茜色の館にも行ってくれたかな?」
「は、はいっ! 茜色の館のオープン、ずっと楽しみにしていて……オープン初日に全部回ってきました!」
麻衣さんがそう言うと、真宵さんは喜んだ表情をしながら、麻衣さんの手を掴んだ。
「どうもありがとう! やっと嬉しい感想を貰えたよ。由宇ってば、芸術にはあんまり興味ないからってまだ行ってなくてさ……」
「芸術といいますか、あまり学校の歴史にも興味がないというか……」
「つべこべ言うな。お前も恋人のことを少し見習え」
「恋人だなんてとんでもないですっ!」
麻衣さんは頬を真っ赤にして言う。
彼女が僕の恋人だなんて本当にとんでもない。彼女には歴とした彼氏がいるのだから。それが誰なのかは知らないけれど。
「ちょっといいですか、真宵さん。すみません、麻衣さん。少し真宵さんと話したいことがあるので」
僕は真宵さんの手を引いて、企画展専用の入り口近くまで行くのであった。
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