第13話『プレゼント』
5月13日、日曜日。
午前10時5分前、僕は麻衣さんとの約束通り小湊駅の前にいる。
日曜日の午前中なのか、家族連れやカップルなどどこかにお出かけする人が多い。天気は快晴で、ゴールデンウィークの間に行ききれなかったところに行く人も多いのだろう。
「はぁ……」
さっきから僕は幾度となくため息をつく。その理由は単純明快。
女の子の格好をしているから。
お嬢様によって強制的に女装をさせられた。フリルが施されている桃色のワンピースを身に纏う。胸にはパッドも付いているので、女性らしい胸の膨らみも演出されている。頭には純白のリボンつきカチューシャをつけている。白いハイヒールを履かされているためとても歩きづらい。今すぐに脱ぎたい。
彼氏がいるのに男性と一緒に出かけるのは気が重くなるから、見た目だけでも女性らしくしてみよう、という理由で女装させられた次第だ。
周りを見てみると何人かの男性が僕のことを見ている。中にはデート中の男性が僕のことを見て険悪なムードに陥るということもあった。早く麻衣さん来てくれないかな。
「……進堂君でいいのかな?」
麻衣さんの声が後ろの方から聞こえたので振り返ると、麻衣さんがすぐ側に立っていた。
「ど、どうしてそこまで嬉しそうなの? そんなに楽しみにしていたの?」
「早く麻衣さんが来てくれないかなって……」
1人じゃ不安で仕方なかったんだもん。
麻衣さんはスキッパーシャツでインナーにはTシャツを着ていて、下はキュロットスカートである。その下に黒のスパッツを穿いているようだ。靴は明るいブラウンのハイヒール。女の子らしい可愛い服装だ。
「よく似合っていますね、麻衣さん」
「ありがとう、進堂君」
「それにしても僕のことがよく分かりましたね。こんな格好をしているのに」
「後ろ姿で何となく分かったの。思い切って声を掛けて正解だったよ。それにしてもどうしたの? 女の子の格好なんてして」
「お嬢様の悪戯心が働いてしまいまして……」
この服を着させるときのお嬢様と未来さん、楽しそうだったなぁ。もしかして、どこかで僕のことを見ているんじゃないかな。僕がどんな感じなのか見たくて。
「へえ。でも、進堂君って女の子よりも可愛い顔だしこの格好も結構似合ってるよ。声も結構可愛いし、今日はまるで女の子とデートをするみたい」
「そ、そうですか……」
僕の言われたくない単語が幾つも入っていたんだけど。うううっ、こんな姿を知り合いに見られたら恥ずかしくて死んじゃうよ。お嬢様の思惑通り、女性とデートをしているように思わせることができたのが唯一の救いだけど。
「そういえば、少し眠たそうですが何かあったんですか?」
麻衣さんは何度も会話中に小さな欠伸をしていた。
「進堂君と一緒に天草さんの個展に行けることが嬉し過ぎて、あまり眠れなかったの。小さな子みたいで何だか恥ずかしいね」
えへへっ、と麻衣さんは小さく照れ笑い。
本当に好きなんだな、真宵さんの作品。出来れば麻衣さんに会わせたいんだけど、本当に会えるかどうか分からないからな、あの人は。神出鬼没と言ってもいいくらいだ。それでも僕の保護者だけれど。
「そんなことないですよ。それに、楽しみにして頂けると誘った僕としても嬉しい限りです」
「うん。私の方こそ、嬉しいよ……」
麻衣さんはさっそく顔を赤くして悶絶。
何だかこのままだと、互いに立ち尽くしているだけになりそうだし、それに再び周りからの視線が気になってきたので、
「そろそろ行きましょうか?」
と、告げて小湊駅の構内に入ろうとすると、
「待って!」
ぎゅっ、と麻衣さんが僕の手を掴んできた。
「どうかしました?」
僕が優しく訊いても、麻衣さんはその場でもじもじしている。
そして、何か意を決したかのように威勢の良い表情に変わった麻衣さんは、彼女の小さなハンドバッグから白の細長い箱を取り出した。
「開けて、ください……」
緊張のあまりか、麻衣さんの視線が明後日の方向に向いている。しかも、声が震えていて敬語になっているし。
僕は麻衣さんの差し出す白い箱を受け取り、蓋を開ける。すると、中には銀色のシンプルなネックレスが入っていた。
「ひょっとして、これを僕に?」
「うん。天草さんの個展に招待してもらったお礼だよ。……ちょっと早めに家を出て、ここに来る途中で買ってきたの。良かったら付けてくれるかな。今の進堂君の服装にはピッタリだと思うんだけど」
「麻衣さんの言う通りかもしれませんね。では、さっそく付けてみますね」
途中で買ってきた、とは思えないほど上品なネックレスだった。結構高そうにも見えるけれど。でも、せっかくのプレゼントなので敢えて訊かないでおこう。
僕は銀色のネックレスを首にかける。
「似合っていますか?」
「うん! 進堂君によく似合ってる!」
「良かったです。こんなプレゼントを貰えるなんて嬉しいです」
まさか麻衣さんからこんなサプライズがあるなんて。もう感激のあまりで笑顔を見せずにはいられなかった。
だが、それが仇となってしまったのか、
「何だかその笑顔を見てると、本当に女の子みたい。進堂君って肌も白くて綺麗だし。パッドだって分かっているけど胸だってちゃんとあるし。凄く柔らかそう」
つん、と胸のところを指でつつかれる。
「な、何しているんですかっ」
パッドなので何も感じないけれど、そんなことを言ってしまった。
「ふふっ、かわいい」
くそっ、女装姿の僕をからかって。
すっかりと麻衣さんから女性と見られてしまっていた。僕にとっては嬉しくないことなんだけど、麻衣さんの笑顔を見ていると嬉しく思わないと罪悪感が生まれそうだ。
「では、そろそろ行きましょうか」
「うん」
僕と麻衣さんは小湊駅の構内に入った。
さて、今日一日の中で話を聞くチャンスは幾らでもあるはずだ。理想としては麻衣さんを楽しませつつ、少しずつ聞き出していければ何よりである。
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