第9話『茜色の館』
放課後になり、昼食を済ませた僕とお嬢様はさっそく事件現場のトイレがある茜色の館へ向かう。
とりあえず、2時間目の体育の時間に麻衣さんと話したことをお嬢様に報告している。
「通報した生徒が片桐さんのクラスメイトだったのね」
やはり、お嬢様の食いついたところは目撃者の情報だった。
「ええ。その後に児島君の話を聞いてみたら、彼はサッカー部の中で稲葉君と1、2を争うエース級の実力を持っているらしいです。巷で言うライバルという関係ですね」
「由宇はそう言うけど、本当はその生徒が稲葉隼人に恨みを持っているんじゃ? 今は稲葉隼人がエースなんでしょ?」
「ええ。でも、頂点を争うと言いましても、2人とも立派なスポーツマンシップを持っていますし、フェアプレーを何よりも心がけていると。なので、児島君が稲葉君に対して恨みを持つことは考えにくいかと」
「……てっきり、児島翔平による陰謀説が浮上するかと思ったんだけど」
陰謀説、ってどういうことだ?
確かに僕も児島君が犯人かと思ったけど、稲葉君が他の部員に対して恨みを持たれるようなことはしないと信じているし、きっとその線はないと思う。
「それで、高梨麻衣のことについてはどうだったのよ。目撃者の話が手に入れられたのは褒めてあげるけど、一番大事なのは彼女のことよ。それを目的にあたしは由宇を彼女のところへ行かせたんだから」
「そうですね。やはり、同じクラスの生徒が被害者であるということで、今でもショックを受けているようでした」
「まあ、そのくらいは雰囲気であたしにも分かったわ」
「あとは……許せない、と」
「許せない? それ、どういうことなのかしら?」
お嬢様の目つきが鋭くなる。
許せない、という言葉は相手に対して怒りがあるということを表す言葉だから。お嬢様の耳もそこには敏感なのだろう。
「事件が茜色の館で起きた、ということに関して」
「茜色の館? 何か彼女には特別な思い入れがあるのかしら。確かに新しくオープンしたばかりの建物だけど……」
「麻衣さん、実は真宵さんの大ファンなんです。携帯の番号とメールアドレスを交換する時に聞いたのですが、茜色の館のオープンを心待ちにしていたらしいです」
「なるほどね。天草さんも言っていたけど、デザイン上の関係で完成も遅れたわけだし……そうなると、高梨麻衣にとって茜色の館の存在は大きいのかも。楽しみな場所がやっとオープンしたら、その矢先に殺人未遂事件が起こってしまった。彼女が許せないと言ったのも納得できるわ」
お嬢様もそういう所は共感するのか。あの時、お嬢様は不機嫌そうだったし容赦ない人かもしれないと思ってたけど、さすがにそれはなかったか。
「何か、今……由宇に失礼なことを思われた気がするんだけど」
「そんなわけありません。しかし、そんな麻衣さんが殺人未遂を起こすとは考えられないのですが」
「……1つの可能性として留めておくことにするわ」
となると、犯人は誰なのか? 稲葉君も違えば、麻衣さんも違う。
「もしかして、警察に通報した児島君の可能性はどうでしょう?」
「それが言いたいなら、どうやって稲葉隼人を朝というタイミングで茜色の館のトイレまで行かせたのか考えることね。そのことは、誰が真犯人であっても言えることだけど。それに、さっきと言ってることが矛盾してるじゃない。児島翔平は稲葉隼人と同様に、立派なスポーツマンシップを持っているんでしょう?」
「あっ、そうでしたね……」
うっかりしていた。さっき、お嬢様が考えていた児島翔平君による陰謀説を僕自身が否定したばかりじゃないか。
そうなってくると、本当に疑いのある人がいなくなる。まあ、最終的に考えられる一つの仮説としては、
「……片桐さん自身というのは?」
「自殺をしようと思ったってこと? それは考えられないわね」
あっさりと否定されてしまった。
「どうしてです?」
「それが真実だとしたら腹部には刺さないわよ。確実に死にたいなら首の頸動脈や腕の動脈を切った方が確実。自殺目的だけは絶対にありえない」
「そう、ですよね」
「でも、昔は切腹と言って刀を腹部に刺していたじゃないですか」
「それは昔の話でしょ?」
「まあ、そうですけど……」
「でも、腹部は自分で刺しやすいからね。自殺の可能性もないとは言い切れないかも」
自殺の可能性も捨てきれないか。
やはり、お嬢様は凄いな。片桐さんの刺された状況だけでそこまで分かるなんて。特別捜査官になれるだけある。
気づけばもうすぐ茜色の館に入るところだ。外観の色は建物の名の通り、赤系統の落ち着いた色である。3階建ての落ち着いた雰囲気を持っている。
茜色の館の入り口のすぐ手前まで道が舗装されているためか、パトカーが入り口の前に止まっている。
「今日も誰か警察官がいるみたい」
「これじゃ生徒もあまり来ないでしょうね」
何も悪くない真宵さんには可哀想なことだけど。
「そうね。事件現場となったトイレは東側の方だから。捜査も区切りがついて、一部は再開したはずなんだけど。やっぱり、パトカーが止まっているせいか行く気になる生徒はほとんどいないみたい。喫茶店もあるけれど」
殺人現場のある建物で紅茶を楽しむ、ということは普通しないか。相当なマニアか、あるいは犯人か。あとは場慣れしている捜査官くらいだろう。
建物の真ん中にある入り口から、僕とお嬢様は茜色の館の中に入った。ちなみに、ここは土足でも入れるようになっている。
正面の扉は開放されており、緋桜学院の歴史資料館になっている。
そして、両側に『TOILET』の案内があった。さっそく、この建物がシンメトリー芸術家である真宵さんがデザインしたのだと分かる。
「この玄関は南側にあるから、事件現場になったトイレは……右に曲がったところにある東側の方ね。案の定、制服を着た警察官が1人立っているわ」
「あっ、本当ですね」
右側の方を向くと、確かに制服を着た警官が1人立っていた。警官の後ろに貼られている黄色いテープも見える。立ち入りを制限するためのテープだろうか。
もうすぐ現場なので、ここからは常に特別捜査官であるお嬢様の後ろに付いておこう。1人でいるとどうなるか分からないし。
お嬢様はさっそく警察官のいる方へ向かう。
「ご苦労様。あたし、こういう者だから」
と、後ろにいる僕からは全く見えなかったけれど、お嬢様はバッグから何やら手帳のような物を取り出し、警察官に見せる。
すると、警察官はキレの良い敬礼をする。
「……あたし、この事件の捜査を天草真宵さんから頼まれているの。今までの調査資料をあたしに持ってきてくれるかしら。あと、彼はあたしの執事だから気にしないで。あたしの監督の下、彼にも調査に協力して貰うことになってるから」
「はい、分かりました! すぐに持ってきますっ!」
警官は駆け足で立ち去っていった。特別捜査官ってそこまで権力があるのか。
「いや……凄いですね」
「このくらい普通よ。だって、捜査する権利があるんだもの」
「そうですけど、やはりお嬢様は凄い方ですよ」
「ほ、ほらっ! さっさと現場に入るわよ!」
お嬢様は僕の方に顔を向けることはせずに、立ち入り制限テープをくぐった。照れ屋さんなのかな、お嬢様は。
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