2 食べること
犬は犬だ。家族の一員だとは考えているが、かといって自分たちと同じものを食べさせたいとは思わない。犬は、犬だ。視覚が違う。味覚が違う。嗅覚が違う。犬と人で同じものを口にしても同じ味と感じることは決してない。
自分で調理して安全なものを犬に食べさせてやりたい、という考え方も立派だが、人間には向こうの好む味がわからないのだから、その犬の好みの味を見つけてやるのも良いと思うのだ。もっとも、好むからといって与えても、うまくいかない時もあるのだが。
さて、うちにきたお嬢さんには結構なアレルギーがあった。そしてこれがどうやら食事で起こしてしまっていた。
犬にもあるのだ、アレルギー。
幸いにも大きな病気怪我のたぐいはほとんどしなかったお嬢だが、アレルギーだけは生涯つきまとった。
ブラックタン、つまりは黒と茶色の、いわゆる一般的に想像されるシェパードの権化みたいな外見をしていたお嬢だが、鼻先だけはいつも赤かった。もちろん、毛色が黒っぽいのだから、本来の鼻は黒々として然るべきなのだが、これがぱかりと割れてしまうのだ。人間の手に起きる、あかぎれのように。あまりよく思われないことなのは承知の上で明かしてしまうと、お嬢にはほとんど首輪をつけなかったのだが、これもアレルギーを考慮してのことだった。大型犬の首輪は選べるほどの種類はないのだが、その中で材質は鎖や革がほとんどを占める。だが、どちらも数日付けさせるとその場所の毛はごっそり抜け、皮膚は無残に爛れた。
引き渡し前には症状が軽かったために誰も発症に気づかず、うちに来る前から食べていたドッグフードは随分と高級品だったが(そのぶん、毛艶もよかったのだが)、体中に湿疹を作るのがわかっていてそのまま食べさせるわけにもいかない。何種類のペットフードを買ってきては犬に与える日が続き、最終的にはあるドッグフードにちょい足しで落ち着いた。本犬も「これが自分の食事」と納得したようで、晩年までほとんど人の食べるものに興味を示さなかったし、ちょい足しがないまま「よし」と言っても「食事の準備終わってへんけど、これ食べてええのん?」とこっちの顔を見てきたものだ。
とはいえ手渡しで貰ったら食べてしまう犬だったので(非常によくないことだが、この躾には失敗した。彼女なりに基準があったようで、知らない人から貰った物は食べなかったのが救いか)スイカの白いところは、皮を与えられたら丁寧に丁寧に、緑の皮が紙のようにぺらぺらとできるまでにしがんでいた。イチゴの匂いは好んだが、じゃあとイチゴを与えたときのことはよく覚えている。何故か、「放り投げて地面に叩きつけると良い匂いがするオモチャ」と認識してしまった。結局お嬢は生涯、イチゴの匂いはずっと好んだが、一度も食べることはなかった。
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