第3話 握って握られ寿司屋です。

「寿司が……寿司屋に……キターーーーー!!」

「うるせぇ帰れ」

 俺の働いてる寿司屋にりっちゃんが来たのは、昼の3時過ぎのことだった。

 昼の営業も終わり、夜の営業の準備に入っている時間なので、店は閉めているのだけど……

「どっから入って来たんだよ」

「あなたの、異次元チャックからよ♡」

「俺のチャックからは俺自身以外のモノが出てたまるか」

「あ、ごめんなさい。私が出るのに邪魔だったら、あなたのモノは異次元に投げてしまったわ」

「そうなるともう今日の夜からはお前を満足させてあげられませんけど?」

「元々満足などしていない!!思い上がるな!!!」

「すいませんでした……!」

 まただ、また辛い事実を!ごめんよ!いつも俺ばかり満足しててごめんよ!

「悪いと思うなら、そうやって寿司を握るように丁寧かつ適度な力加減で私を愛撫するんだな!!ガリで醤油を塗るようなソフトタッチも忘れるな!」

「店内で何を叫んでんだお前は……親方に聞こえたらどうする」

 一応今は俺一人しか居ない。

 夜の仕込みと、余った時間で寿司を握る練習。それが今自分に与えられてる仕事だ。

 ちなみに親方は、店の二階が休憩室になっているので、そこで仮眠中である。

「あ、ごめんなさい……私ったら、寿司にもなって無いのに下ネタを全力で…」

 寿司にもなって無いのに、ってなんだよ。寿司になったら下ネタが許されると思うなよ。

「お詫びにホラ、私のここ、めくって良いのよ?あーやめてー!めくらないでー!見えちゃうーー!!私の大事なアレが見えちゃうーーー!!待って!ダメ!ダメ!見えちゃうーーわさび見えちゃうぅぅぅぅぅー!!」

「寿司になるな!そして一人で何言ってんだ!!」

 寿司屋のカウンターの上に寿司、実に自然だ。

 だが、その寿司が喋りながらネタをぴらぴらさせてるのは実に不自然だ、というか異様だ。

「ってか、寿司の状態でも動けるようになってる…?」

「寿司、三日会わざれば刮目してみよ!!」

「男子みたいに言うな」

「男子と寿司!似たようなもんだ!どっちもイカ臭いし!」

「頭腐ってんのか」

「寿司に向かって腐ってるは禁句ですよ!私が本当に腐ったら、あなたの洋服ダンスに入り込んで、全ての衣服をイカ臭くして、会う人全員が「こいつさっきまでシコってやがったな?」って思うようにしてあげるわ!」

「マジで勘弁してください…」

 結局最後は俺が謝って終わる気がする……頑張ろう。


       ☆



「それにしても、本当に寿司屋で働き始めるとは思わなかったわ」

 ようやく落ち着いて話してくれるようで一安心だ。

「まあなー、もうそろそろ就職も考える時期だし、特にやりたい事も無かったし……彼女の為に寿司職人ってのも……まあ、悪くないかと思って」

 なんだが恥ずかしいことを言った気もするが、真実なので仕方ない。

「あら、私今、ちょっとキュンとしちゃった。ふへへー」

 頬を染めて目線を逸らすりっちゃんに、こっちもキュンと来た。

「せっかく寿司屋だし……私も食べちゃう?」

「寿司屋で寿司を食う……何にも不自然じゃない……かな?」

 ゆっくりと、カウンター越しに二人の唇が近付いたその時――――

「しまったーーー!!!忘れてたーーーー!!」

 突然大声が響いて、二階から慌てた足音と共に階段を下りてくる人の気配がした。

 降りて来たのは当然、二階で寝てた師匠だ。

「ど、どうしました師匠?」

 前のめりだった体勢を慌てて戻し、いかにも仕事してましたよ感を出す。

「おう、一件急遽の出前が入ってたの忘れてたんだわ!もう作ってあるからあとは運ぶだけなんだが…」

 少し白髪の混じり始めた髪の毛は寝ぐせでハネまくっているが、慌てて帽子と、その上からヘルメットを被る師匠。

「あ、俺が行きましょうか?」

「いや、昔からのお得意さんだからな、俺が直接行くわ。仕込みしっかりやっとけよ!」

「はい、わかりました。お気を付けて!」

 カウンターの隅に置いてあった、蓋の付いた寿司桶を持って慌てて出ていく師匠。

 ……あれ?そういえばりっちゃんはどこに……師匠が来た途端、姿が消えて―――。

 その瞬間、師匠の持ってた寿司桶の蓋が少し開いて、中からにゅっと出て来たイカの切り身が、手を振るように横に揺れた。

「あ……」

 そして、師匠が出ていくと同時に、店の中には静寂が訪れた。

 そんな静寂をぶち壊したのは、俺の叫び声だった。


「…………いやそんな出はいりの仕方!!!」


 知らないうちに入って来てたのもそれかーーーーー!!!

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彼女は寿司ガール 猫寝 @byousin

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