第17話 以外と自分がやべぇことやってることに気がつかない方

 翌日学校が終わってから葵の家の近くのコンビニの前で待ち続けた。

 長いこと立ち読みをし続けて、出方を伺う。いずれにせよ駅の方面に行くのは間違いないので、葵の家から駅までの間に三店舗コンビニがあり、それを転々とし続ける。

 夕方五時、葵が目の前を通るのを確認した。

 読んでいた雑誌をラックの上に戻して、急いで葵を追いかけることにする。葵は電車に乗って、この間出かけた品崎まで行く。少し離れた場所で電車を降りると、帰るラッシュに逆らって歩いて行き駅を抜ける。

 そのまま後ろをつけて歩いき、歓楽街で怪しいキャッチたちをかわしながら歩いて行き、大通りに出る。そのまま少し歩くとビルの中へと入っていった。一階でエレベーターを待っていたので乗って、ドアが閉まるのを見計らって何階にいったかを見る。五階で止まった。

 五階に何があるか、とビルのテナント一覧で確認すると、『アンクルジム』と書いてあった。

 実際に今五階までついて行ってもいいが、それだと葵と鉢合わせる可能性がある。だが、何をやっているかは自分が今持っているiPhoneで調べることができる。

 アンカージムで検索をすると、ジムが運営しているホームページが出てきた。

 確認する限り総合格闘技のジムだった。なんか葵がミット打ってる写真を一枚見つけたりした。ああ、ここに通っているのだなと確信した。

 そういえば総合格闘技のジムに通っているっていってたし、試合に出ることは決めていたから、少なくとも試合が終わるまでは飽き性の葵もこのジムに通い続けるだろうと考えられた。

 体験は一回無料と書いてあった。よしこれは受けようと決意する。

 さっそく、問い合わせ先の電話番号に電話を入れる。

『はい、アンクルジムです』

「あの、インターネットで見つけて体験一回受けたいんですけど……」

『あ、良いっすよ。いつが良いですか?』

「なら、明日って大丈夫ですか?」

『ちょうど今ぐらいの時間からが時間になるんですが、大丈夫ですか?』

「はい、問題ないです」

『では、運動に適したTシャツと短パンあと、タオルを持ってきてください。明日、待ってます』

「ありがとうございます」

 電話を切る。とりあえず明日の体験練習を楽しみにしておこう。


 

 翌日の放課後アンクルジムに行ってみることにした。

 ジムは思った以上に清潔だった。黒いゴムっぽいマットがひいてあって奥にサンドバッグが六つあって、リングがあった。中央の広い場所で何人かがストレッチをしていて、一人がサンドバックを叩いていた。

 レジスターが置いてあるテーブルに座っていた黒いポロシャツのお兄さんに話しかけてみた。

「すいません、昨日電話させていただいたものです」

「あ、じゃあ、案内しますねー」

 と、浅黒く焼けたよく鍛えてあるお兄さん。この人はおそらくインストラクターなのだろう。

 お兄さんに更衣室とシャワー室とロッカーを案内してもらった。

「着替えたら、僕のところ来てください」

 ロッカーで置いていかれると、そのまま空いているロッカーに自分の荷物を詰めて、運動着に着替えていく。とりあえず汗を拭くためのタオルと、スポーツドリンクだけ取り出してロッカーの鍵を閉めると、受付に向かった。

「インストラクターの内田と言います。まずこれ、書いてもらって良い?」

 体験入門の申し込み用紙だった。

 名前と住所と年齢の記入欄。それとスポーツ歴の記載欄もあった。とりあえず、埋めて内田さんに渡した。

「バスケ五年もやってたの? 今はやってないんですか?」

「ああ、はい小学校の時から1年前ぐらいまでやってたんですけど、なんとなく辞めちゃってて」

「じゃあ、運動神経は結構良さそうだね」

 そういうけどそこまでいいわけでも無い。

 なんとなくバスケ始めさせられてチームに必要だからっていただけで、別段足が速いわけでもセンスがあったわけでも無い。部活を辞めたのは特にチームにいることに価値がないと思っただけだった。

「なんでやってみようと思ったんですか?」

「そうですね……」

 何も考えてなかった。内田さんは個人的な興味から聞いている。答えなくても別にいいのだろう。

「自分を変えたい……って思ったからですかね?」

「なるほど、俺も強くなりたいって思って始めたら、案外面白くって続いちゃってさぁ。やってくうちに自信もつくし楽しいっすよ」

 そう言って内田さんは笑ってくれた。

「終わったら入会の仕方とか説明するんでまた来てください。それまでストレッチとかして体あっためといてください」

 適当にバスケ部時代にやってたストレッチを思い出しながらやっていってぼんやりしていると、葵が更衣室から出てきた。目があってお互いに一瞬動きが止まった。

 何で来たのとかそういうことも聞いてこない。葵も同じように短パン、その下にスパッツを履いてて、Tシャツを着ていた。荷物をおくとストレッチを同じように始める。

「はい、それじゃあ始めますー。んじゃ、まずエビから」

 怪訝そうな顔をしていると、周りにいた五〜六人ぐらいが横ならびになって横になると、文字通りにエビのようになって地面を這って行った。

 そのまま、内田さんが俺の番になるとやり方を教えてくれてエビをやる。それから逆エビを教わって、ブリッジをする。なんでもこれが上に乗られた時のエスケープの方法らしい。

 次に馬乗りになってから、相手の体の下をくぐって上にまた登る。全くもってうまくいかなかったが葵はなんてことなく男性のパートナーとサクサクこなしていた。

 次に三角締めのレクチャーをしてくれて、三角締めをされるのはとても簡単なのだが、締めるのは全然うまくいかなくてかけ方のコツを教えてもらってなんとか一回決められるようになる。

 その次に、下からの腕十字のかけ方を教わる。同じようにされるのは簡単なんだが、締めるのは全然うまくいかない。

 スパーリングをやることになったが、俺は今日参加したての初心者でもあったので見ていることにした。

 何人かが持ち回りで組みを変えてスパーリングをしていたが、葵の番になった。

 立ちからのスパーリングで、最初は探り合っている相手がタックルにくるとあっさりと潰して立って、三度タックルを切ったところで逆にバックについた。

 絡みつくように、腕を首の後ろから回して締め上げてタップを取る。鮮やかだった。

 そのあとラウンド終了までに葵はもう一本上にのってから腕を極めていた。

 目の前でひたすらスパーリングが繰り返されていくけども、葵の強さが群を抜いていた。技のキレや鮮やかさ。どう考えてもここのクラスでやっているレベルじゃない。明らかに洗練されていた。

 最後整理体操をやって黙想して解散。

 高校の制服に着替えると、内田さんのところに行った。

「入会してみる?」

 この人ちょいちょい客にタメ口を聞くけどそんなに嫌いじゃない。俺、高校生だし。親しみやすい先輩だ。

「えーっと、何が必要になります?」

「まず、未成年の場合親御さんの承諾が必要。あとバイトとかしてる?」

「特に」

「それなら、月謝は親御さんに払ってもらうことになるね。月謝は直接払うこともできるけど銀行引き落としにしておいたほうが楽だと思う。詳しくはこっちに書いてある」

「はい」

 用紙をもらう。そこには入会にあたっての細かい要綱が記されていた。

「やってみたいって思うならこのジムは良いと思うよ。あんまり怖い人もいないし、指導者も多くて初心者入門のクラスも充実してると思うよ」

「そうですねー、内田さんの指導もわかりやすかったし」

 親しみやすいし。

 話していると葵が更衣室から出てきたのがチラッと見えた。

「ところで、あの綺麗なお姉さん。すごいっすねー。プロとか指導員の一人なんですか?」

 ちょっと聞こえるだろうみたいなボリュームで話す。

「彼女は、三ヶ月前ぐらいに入ってきた女の子なんだ。確か、歳は君と同じぐらいだったかな。今度の試合にも出ることが決まっててて、こういうクラスはもう卒業ぐらいのレベルなんだけど、たまたま時間が合わないとこういうクラスにも出るんだって」

「へーそうなんですか」

「なになに? ちょっと気になっちゃいました? でも、彼氏いるみたいですよ」

「デスヨネー!」

 その彼氏が俺だ。葵は、ジムでは彼氏に三角締めしたって言ったみたいだし。

「まあ、でも前からちょっと格闘技はやってみたかったんで、親にちょっと話通してみます」

「よろしくねー」

 と、内田さんと別れた。

 ジムから出てちょっと歩くと、電柱のところで葵が待っていて俺を見つけると目の前に立ちはだかった。

「なんで来たのよ?」

「おう、元気か? なんか奢るよ」

「え! 良いの! じゃあ、駅前のフレッシュバーガーがいいな!」

 一瞬で顔を輝かせて、笑顔になってくれた。犬みたいでとても可愛いと思います。

「おっけー」

 そのまま俺は、葵の横を通り過ぎて歩き始める。葵がついてきた。

「じゃなくて、何できたのよ!」

 しばらく歩いて、葵が思い出したように怒りながら言ってきた。

「どこ行っても葵はいないし、学校来なくなったから昨日つけて、ここのジムを突き止めて体験入門した訳だ」

「そ、そう……」

 葵は、しゃべることもなくなると、そのまま無言で歩き続けた。葵の言っていたフレッシュバーガーに着く。

「葵、なにが良い?」

「そうね……、このクラシックバーガーのドリンクとポテトのセット。飲み物は烏龍茶で」

「同じものもうワンセット下さい」

「かしこまりました。あちらのカウンターからお出ししますのでレシートを持ってお待ちください」

 カウンターで待機して、セットを受け取ると、そのまま上の階に行って適当な席に座る。夜ということもあって閑散としていた。

 座って美味しく食事を食べて、さあ帰ろうかと立ち上がろうとしたところで、葵に袖を引っ張られた。

「じゃなくってー!」

「はい」

 そりゃ突っ込まれるだろうなと思ったので、座る。

「なんで私につきまとうの?」

「そりゃ、お前が学校来なくなったからだよ。今更学校来いよなんて言うつもりも、無理強いもしないけど、椿と会うのが楽しいならもっと堂々と来いよ」

「ヤダ」

「そうね、それを言われたらおしまいだけど、とりあえず俺はあのジムに入ることにする。試合ドタキャンしてまであそこはやめないだろう? なら、俺とは嫌でも顔あわせるじゃんか」

「むう」

 辞めようと思えば多分辞められるし、足跡を残さないようにすることだって出来たけども、葵の行動はわりと中途半端だった。

「なら、学校来ても来なくても俺には合う。なら学校来た方が合理的じゃないか? 幸い、葵に友達はいるし居場所がないなんてことは無い」

「そ、そうね」

 しばらく沈黙。

「ねえ、なんで来たの? 別に太一が私に構う必要なんか何もないじゃない。なんで来たのねえ? なんで?」

「多分…………」

 俺は、葵が心配だった。頼まれた目的を果たせない。けれども連れてきたところで、俺に何もいいことはない。ただ、ただ、俺は楽しいと思った学校を、葵自身が俺によって手放して欲しくない。そう思って、おせっかいを……。

「好きなんだと思うよ。葵が」

「な…………」

「恋とかそういうんじゃないぞ。心配してたりとかなんかもういろいろひっくるめて、ここまでおせっかいになるのは多分そういうタイプの好きがあるってことだ」

 葵は、顔を赤くしたが、すぐに顔をしかめてそっぽを向いた。

「ちょっとドキドキして損した」

「そうだね。俺たちはそういう風に付き合えないってこないだ答え出したばっかりだしね」

 残念ながら俺には、葵と同じ速さで歩く才能が無い。けれども今のお前には仲間がいるだろう? と思っている。

「とりあえず俺は今日、うちの母さん説得してジムに入るけどどうする?」

 しばらくの沈黙の後で、葵は重々しく口を開いた。

「わかった。学校は行くよ」

「良かった」

「でも、本当にあそこ通うの? 太一格闘技とか好きだったっけ?」

「そんなには」

 大晦日とかに格闘技やってたのとか何年前の話だよってぐらいだし、半端に空手かじってていきがってるやつはむしろ嫌いだ。

「なんでやんの?」

「じゃあ、俺の質問はそのまま、君に返そう。なんで葵は格闘技をやろうと思ったの? 強くなりたかった?」

「なんとなく…………。漫画読んだから……かな?」

 そういえば葵の部屋の中にはアマチュアの総合格闘技を題材にした漫画があって、それをいたく気に入っていたことは知っていた。

「じゃあ、俺も多分同じ理由だな。何で始めたなんてのにそんなに大した理由はないだろう?」

 バスケ始めた時もそうだ。たまたま友達に誘われたから始めただけで、バスケを始めるのにそこまで理由はなかった。ただ、それを続けるにあたっての理由は必要になる。

 もっとうまくなりたい。チームに貢献したい等々。

「それもそうだけどさ」

「じゃあ、そういうことにしておいてくれよ。学校でもジムでも俺のことは別に無視してくれて構わない。俺も必要以上に接触しない。OK?」

「……うん、分かった」

「じゃあ帰ろう」

 そうしてそのまま、なにも会話もしないまま駅まで一緒に歩いて同じ電車の別々の車両にのって別れた。

 家に帰って、早速申し込み用紙を見せて格闘技がやりたいと伝えた。理由はバスケやめてからの運動不足が気になって新しいことを始めてみたかったから。ジムのホームページとかも見せて納得してもらいすんなり入会させてもらった。

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