第15話 アンサー2

 映画を観終わったら、やたらと葵の顔が輝いて見えた。俺も割と楽しめたが、上映中ずっと葵が隣でキャッキャ言っていた。

 午後二時を超えていた。改めて学校をサボったことへの罪悪感を感じていると、葵に引っ張られてバーガークイーンに入る。

「ホッパーチーズのセット、ピクルス、オニオン多めで!」

 淀みなく、ホッパーチーズのセットにカスタムをつけてついでに照り焼きバーガーまで頼む。俺も、その後に続いてアボカドホッパーのセットを頼む。ここもこいつに連れてこられ続けて何を頼めばいいのか大体分かっていた。

 とりあえず頼んだものを食べながら、さっき見た映画の感想を言い合う。

「いや、あそこの警官隊に取り囲まれた状態で、ナイフ一本で警官の喉かっさばきながら通路進んでいくのはほんとシビれたね」

「あのナイフなんだっけ? すげー変わった形してたけど」

「カランビットナイフだよ。やっぱりシラット最強だよね! いやもう、私もしょうがなくMMAやってるけどやっぱりシラットだよ。シラットやりてぇよ畜生」

「……もう、米軍海兵隊行って修行してこいよ」

「ああ! それいいね! 悪くないかも!」

 そう言い出すと、それをやりかねない。ものすごいムキムキになって帰ってきても何ら不思議なことはない。

「それよか凄かったのはやっぱり拷問シーンだよね! 俺さあ、あの寝かせて拘束した後でチェーンソーの電源入れるところでゾクゾクしちゃったよ」

「あの後さ、拷問されている奴の顔がさ、当たるぞ、当たるぞって恐怖から、当たった時の絶叫に変わるのすごいよかったね」

「あのタイミングであえて賛美歌流すとかもはや、悪趣味すぎて笑っちゃったよほんと」

「誰にとっての天国だよってね! いや、ほんと見に来て良かった良かった。シリアスかと思ったら割とバカ映画だったし良かった」

「ラスボスまでまさか、苦痛を味あわせるために拷問とかもう最高に後味悪くて良かったよね」

「ねー」

 とか嬉々として、さっき見た映画の暴力描写について熱く二人で語り合っていたら、一人三十代のサラリーマン風の男がじっとりとした視線でこちらを睨んでいた。

「むう、なんか飲食店で残虐描写についてキャッキャ話すのは良くないらしい。楽しいけどこのへんにしておかないか?」

 視線を飛ばした先に葵も視線を飛ばす。相手が気まずくなって顔を伏せたが、結局迷惑かけたことには変わりないので自粛したい。

「そうね。ご飯食べたら一旦出ようか」

「そうしよう」

 とりあえず、映画の残虐描写についての話題はちょうど尽きたし、それについての話もあまりするつもりにもなれなかったのでそれ以外の話をして、セットを全て食べ終えると大した食休みも取らないでバーガークイーンを出た。

「ねえ、ああいう拷問とかで使うような拘束具ってどんなところで手に入るんだろうね?」

「手錠とかだったら、SM用品店とかで手に入りそうだよね」

「太一、そういうお店知ってる?」

「知るわきゃねーだろ」

「だよねー。太一童貞だもんねー、仕方ないよねー」

 哀れそうな目でこちらを見ながら葵が言った。

「特に何もコメントすることはないけど、その発言多分ブーメランだからな」

「ふぐぅお! はっ! 何故処女と分かった!」

「うるせえ、そうでもなきゃ俺のこと誘っといて照れながら三角締めとかよっぽど悪い冗談じゃなきゃしねーっての」

 あの反応でセックス大好きのビッチです♥ですとか、信じられない。

 気に入って、近づく時は勢いがいいけどかなり近くまで来ると、急ブレーキをかける葵のコミュニケーションの特徴だった。

「トンキのアダルトグッズとか売ってるとこ行けばあるんでねーか?」

 かわいそうだから話題を変えてあげた。

「て、手錠とかね! なんかあるといいなー。うわっはっはー……」

「うん、行ってみようか。とりあえず反対方向だよ」

「先に言えよーこのー」

 とか言いながら、葵は腕に絡みついてくる。この駄犬、スキンシップに飢えている様子だった。

 しばらく歩いて飽きたのか、葵が離れた。特に会話もなくトンキへとたどり着く、どこに何があるか全くわからないのでウロウロし続けているとついに見つけた。

 黒の暖簾にピンクの文字で彩られたR18という文字。限りなく淫靡なオーラを放っている。男の友達とはしゃぎながらノリで入ったことはある。

 しかし隣にいるのは葵で俺も一緒に入る。

 とても緊張します。

「ゆ、行くぞ!」

「おう!」

 たじろぎながらも淫靡空間へと暖簾をくぐって、足を踏み入れてみたらいきなり裸の女がポーズを取っているAVが目に入ってきて、死んだ気がした。

 この空間手強い。

「ごめん引き返したい」

「うん、私も分かる。でもまだクエスト果たしてない」

 クエストってなんだっけ。そうださっきまで見ていた映画に出てきたような拘束器具。エロい用品店に行けばあるだろうって葵が言い出してここになんかそういうの探しに来たんだ。

「そうだ、目的を忘れてはいけない」

 アイテム【拘束器具】を手にいれる。というクエストは果たしていない。

 このいればいるほどに精神値が削れていきそうな。淫靡な空間をひたすらに探索をしていくと以外とすんなり見つかった。

 まず安そうな手錠。拘束用の赤いロープ。バンド。そして口に噛ませるボールギャグ。あと、安そうな鞭。

「おお、なんか色々あるな。すごいな私はびっくりしたぞ」

「記念になんか買ってく?」

「いいかもしれないね。手錠と、ボールギャグと、目隠しはネクタイでいっか」

「うん? 待って。今頭の中で考えたプレイを教えていただいてもよろしいですか?」

「そうだね、まず太一に後ろ手に手錠をかけて、目隠しをします。声を出せないようにボールギャグを噛ませて……」

「噛ませて……? どうする?」

「いたずらします」

「いたずら?」

「まず、羽ぼうきで全身をくまなくこちょこちょします」

「ほうほう」

「そして、耳元でひたすらセクシーなことを言いつづけて、下半身の膨張度合いを観察します。それで私がこーんなに大きくしてどうしたんですか? 生殖行為したいんですか? とかひたすら質問して生殺しにします」

「拘束を解いたあと俺がどうなると思います?」

「うーん」

 葵が考え込むようなそぶりを見せた。

「いいかい、それをやらせてあげるとして、これは拷問ではない。ちょっとしたSMめいたものだ。終わったあと、おそらく俺はギンギンだ」

「あっ」

 そこまで聞いて、俺の顔を見て顔を赤らめた。

「そういう風な流れになってしまわないか?」

 エッチなことをする導入なのではないだろうか!

「やってみろよ! し、下からキメるぞー!」

「むう、それやられちゃうと厳しいなぁ」

「そーだそーだ。私の方が強いんだぞ!」

 実際問題として、殴らせても寝技に持ち込んでも葵に打ち負ける自信がある。体重差がそこまであるかというと、俺の体重が軽いから大したアドバンテージにならないと思う。

「というか同意がない上でやるのは気が進まないですよ」

「そう……よね……? うん……っていうか…………」

「どうしたんですか?」

 葵が移動を始めると、奥の方にあったコンドームを手に取った。

「する?」

 するって何を? そう、葵が入っていることはシンプルだ。

 顔を赤らめてやや上目遣い気味に0.02と書かれた箱をこちらに突きつけてきている。葵はそういうことを俺とする意思があって、俺にだって好奇心はある。してみたい。とは思う。

 頭が沸騰して耳から、蒸気が吹き出そうな程度には興奮した。いや、これどうなんだ。

 前にいいよって言われて三角締めされた時はなんかあるだろうって警戒していたからそこまでドキドキもしなかったけども、

「……とりあえず、持ってないし、いつか必要になるかもしれないから買おう」

「うん……」

 葵から0.02mmを預かるとそのまま淫靡なピンクコーナーを出て、レジを通す。特に何も言われることなく紙袋に入れて会計を終わらせた。

 しばらく無言のまま歩いた。なんかもう、お互いに恥ずかしくなりすぎて手とか触れ合ったら死ぬんじゃないかって思えてきていろいろやばかった。

「ねえ、本当にするの……?」

「その前に順序って無いか? まだ俺たち付き合って無い。ついでに言えば成人もしてない」

「そうだね」

「とりあえずこれは買ったけど、非常用だ。聞くところによればコンドームは非常に優秀な水筒としても機能するらしい。保健体育でも特に支給されなかったし持っていて特に損をするということも無いでしょう。いざという時の心もうけにもなる」

「あのね太一」

 葵が急に立ち止まって、割と神妙な顔でテンポを変えてきた。

「前からずーっと言ってることだと思うけど、太一のこと大好きなの」

 そうだ、俺は何度も聞いているし、その好意を何度も向けられている。

「だから、一緒にいてほしいし、太一とだったらこういうことも、一緒にしたいって……思えるの」

「そうか」

 俺もそう思っているという言葉は出かけて止まった。

 今は、葵のことが好きで好きでたまらないのだけれども、俺が葵にとって必要なものなのかどうか。というテーマが頭をよぎった。


「ねえ、葵ちゃんに赤木くんは必要だと思えているの?」


 昨日、椿に言われたことが突き刺さった。

 俺では、どうにも葵に釣り合わない。俺はここまでの人間だ。葵を学校に連れてきて、椿って好敵手に出会わせて、あとはもっと高いところへと登っていけばいい。

 俺は、椿に恋をしていなかった。だから簡単に答えを出すことが出来た。

「俺って必要なのかな?」

「そうだよ。太一のおかげでまた学校に普通にこれるようになった。私、一回だけ上履きを隠されたことがあったんだ。犯人はすぐに目星がついたけど、私が彼女にしたことは客観的に見ても善良な隣人だった。結局その行動がその時は理解できなくて、混乱して学校に来なくなったの。でも、太一が変えてくれた。普通のなんにも無い人も別に私をぶつけても大丈夫って太一が教えてくれたんだ……」

 葵の話をしよう。

 葵は自分の才能を怖がっていた節がある。ありあまる才能を学校で漏れ出ないようにして、それを完璧にやりすぎた結果、疲れた。

 けれども、葵には全力をぶつけて負けた椿という友達が出来た。椿を通じて、自分の才能が正しく評価されて他にもたくさん友達が出来た。俺を通じて覚えた普通という尺度で、どの程度なら自分をぶつけても大丈夫かということも分かった。もう必要以上に善良であろうとこだわる気持ちは無くなってきただろうと思う。

 君はありのままで受け入れてくれて、必要以上に自分の力を恐れなくていい。

 葵は、俺からの教訓を分かってくれたはずだ。

 だから、これを教えた時点で、俺は用無しになる。ただのモブに成り果てるのだ。時間はそうかから無いだろう。

「今は葵に俺は必要かもしれなけど、じきいらなくなる」

 俺は気がついたら喋っていた。

 葵のことが好きなのに、こんなことを言う。

 だが、俺の頭は完全に冷え切っていた。葵に俺は必要無くなる。だから、この告白を受けてはいけないと頭の中でブレーキをかける。

 真っ黒い空の中、俺は一人歩けずに、そんな中俺を見下ろして一瞥すると葵はずっと先へと一人で進んで行く。その先に、その高い領域にいる旅人と一緒に歩くことができるのだろう。

 俺は、ここで終わりの人間だ。

「なんでそう思えるの?」

「俺は程度の低い人間だ。君が好きになる価値が無い」

「そう」

 葵の頭も冷えたのがなんとなく分かった。熱っぽい視線は急に冷めて、背中が立つ。

「太一……私ずっと、こっそり思っていたんだけど、太一が自分に価値が無いって言うけど、その価値を貶めているのは自分自身なんだよ?」

「俺が、俺自身の価値を貶めている?」

「太一はすごいんだ。ずっと一人でいろんなこと取り組んでは飽きてってこと繰り返してただけの私を学校に連れて行ってくれた。自分の中でおよそ無価値って思えるぐらいのものに価値を与えてくれた。それはものすごいことなんだよ」

「そうなのか」

 別に俺は普通に俺のできることと、俺が望むことをやっただけだ。

「椿ちゃんが好きになったり、いろんな人が太一の周りに集まってくる。太一の横はあったかいからね」

 椿にも言われたが、それは特別なことなのだろうか。俺に何が有るのかわからない。

「はっきり言ってあげる。太一は自分のことが嫌いで嫌いでしょうがない人なんだね」

「ああ」

 そうだな。

 葵、ありがとう。はっきり言ってくれて。

 思い出せ、俺の周りに集まってくる人間は誰にも寄るべがないから、その人たちに必要とされることで自分の価値を保ってきたということを。

 皆、俺から旅立っていく。俺を捨ててその先のもっと輝けるところで、大きなものを掴んでくれればそれでいい。俺は必要がない存在だ。

「分かった。そんな人と私が付き合える訳ないね。だって、太一、そのままだと私と一緒にいたら壊れちゃうよ……」

「そうだな」

 俺が見た未来はそうだ。俺がもっともっとすごくなった葵の近くにいたら、壊れる。潜水艦をどんどん潜らせていくとやがて水圧に耐えられなくなってひしゃげる。そんな風に俺は壊れるだろう。

 前に言ったことがある。

 葵なら東大とか平気で目指せるけど、俺は私大のそこそこのところがやっとってところで、葵は俺のいる場所が葵のいる場所と言った。それが申し訳なくてしょうがない。最初は大丈夫だけどだんだん耐えられなくなる。

 そうだ俺の周りに集まってくるのはどいつもこいつも、いかれた才能ばっかりだ。

 ずっとうつむいていて、葵の顔をよく見れないでいた。

 顔を上げると葵は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。涙はだらだら流れているというのにそれを拭おうともしないでただまっすぐに俺をみて、泣いていた。

「ごめん」

「いいんだよ。これは太一の問題なんだから。でも、そんなこと抱えて生きてる太一は悲しいよ」

「そうだね」

「今日はもう帰る」

「分かった」

 葵はそのまま、後ろを向くとそのまま歩いて行った。

 俺は追いかけなかった。放心状態になった俺は、そのまま倒れこむように歩いて近くのダリーズコーヒーに入った。

 何も考えることができなくなって、ドリップコーヒーのショートで三時間もその場所でぼーっとすることになった。

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