第14話 え、お前別に勝ってないじゃん!

 その翌日に葵とデートする羽目になった。

 葵がそうしたいからと告げ、俺が断り、朝起きたら、ベッドの横に座って待っていた。

「おはよ、太一」

「……おはよう」

 とりあえずそう答えるしかなかった。

 葵が散歩に連れてけとせがむ犬の顔をしていた。お出かけをご所望の様子である。俺を起こすにあたって顔を舐めないことだけ褒めてあげたい。

 なぜいる?

 葵だからだ。およそ想定しうるめちゃくちゃなことは平気でできるのがこの女の特徴の一つであるように思えてくる。

「なぜいる?」

 俺は、聞かなければならないような気がした。

 というか今日は平日ですよ? 葵さん。制服はどうしたんですか? 白いワンピースなんか着て、季節ちょっと先取りした素敵な格好じゃないですか。学校の制服どうしたんですか?

「デートしに来た!」

「今何時だと思っているんだ……? 学校行く前だろ? まだ七時とかそれぐらい……?」

 時計を見ると午前九時を指していた。遅刻確定南無三南無阿弥陀仏。ちょっと待て! 目覚まし時計はきちんとセットしたはずなのに。

「なぜこんなことが! と太一は思っているね! トリックは簡単だ、朝迎えに来たと早起きしてやってきて、目覚ましを解除する。おばさんを見送って制服からデート用の服に着替えて、あとは太一が起きるのを待つだけの簡単なお仕事だ」

「俺に……学校をサボらせたっていうのか……?」

「イエス!」

 俺は気がつくと、ベッドサイドに置いてあったスリッパを握りしめて、思い切り葵の頭を叩いた。

 スパーン! と快音を立てて、スリッパが振り抜かれる。

 迷いも何もなく、葵の頭を割と全力で叩いていた。相手はとりあえず女子だが、ためらわなかった。ためらう必要がなかった。

「いたい」

「分かった。お前がそういうやつだいうのはよくわかった。とりあえず、朝飯を食うかな」

 ベッドから起きだして、葵の横を通ろうとしたら、足払いされて顔面から着地した。

「いたい」

「しかえしじゃ」

 スリッパよりも、顔面から地面に突っ込むことの方がダメージがでかいような気がするのだが。

「それに朝ごはんならもうあるよ」

「どこに?」

「ここに」

 と、葵は、メロンパンと、コンビニで売っているプラスチックカップのカフェオレを差し出した。

「早く食え。待ってるの飽きたんだよー」

 こんなものは朝飯ではないと言いたいところだったが、葵は理不尽にも不機嫌だったし、さっさと食べて出かける方が良さそうな感じがする。

「……わかった」

 とりあえず胃に詰め込むようにして、メロンパンをかじり、カフェオレで流し込んでいく。ものの三分で食事を終えると、とりあえず私服を持って洗面所へと向かった。とりあえず顔を洗って歯を磨いて服を着替える。紺のポロシャツに適当なジャケットを羽織り、カーキーのカーゴパンツ。ぼさぼさになった髪をとりあえず濡らして乾かして、ワックスで適当にセットする。

 ここまで全て、死んだ魚の目でやり遂げる。朝起きた瞬間から俺は、すでに疲れていた。

「待たせた」

「待った」

 不機嫌丸出しの顔で葵が言った。今は黒のカーディガンがワンピースの上に追加装備されている。

「でも、準備してきた太一がかっこいいから許すー♥」

 そう言って、微笑むと葵は抱きついてくる。

 よほどお散歩に行きたいらしい。この駄犬。ワンって言って三回回ったらお散歩に付き合ってやると言ってやりたいが、平然とやり遂げそうなのでやめておく。やらせた方にダメージが累積されるクソ仕様だ。

「出かけましょうか」

「うん!」

 靴を履いて出かけることにする。葵のだろうミュールが玄関に置いてあった。

「葵さ、学校の制服とローファーどこいったの?」

「ああ、この中に入っているよ」

 と、学校用の鞄を掲げた。

 学校行くことを考えてないから、当然教科書は入っていないのだろう。俺が早くに起きたらこいつはどうするつもりだったのだろうか。まあ、その時はその時で、なんとかこういう状況に無理やりにでも持ち込むのだろう。あまり深く考えない方が健康に良さそうだった。拷問ごっことか選択肢にありそうだし。

 そのまま歩いて駅の方へと向かっていく。高校生二人が昼間っから歩いていればなんか言われそうだが、葵の体格も俺の体格も平均以上に高くて成長は終わっている。服装も服に煩い高校生が選んだ子供っぽいものじゃないのも影響して私服でいる時に高校生に間違われることはめったにない。

 別にこれは特に問題がないが、問題は学校を休まなければならなくなったということだと思う。

「なあ、葵、昨日俺が断ったから、今日のプランとかまるで決まってないけどどうするの?」

「映画見にいこ!」

「昨日椿といったばかりなのだけども……」

「ふふん、椿ちゃんの趣味が私と全く合わないのはわかりきっているからね! 大丈夫! 私が見たい映画にすればいいんだから!」

「いきなり俺の意向聞かないのかよ!」

「きっと、私の見たい映画が太一の見たい映画だから、聞く意味ないねー」

 実際その通りで、ここのところレンタルして見る映画の趣味は、葵にだいぶ染められている感はある。悲しい。

 歩いて数分で駅へついて、そこから電車で三駅。その駅のコインロッカーに葵は荷物を預ける。そうしてつい昨日来たばかりのシネコンに到着する。

 見たい映画はあった。妻子を殺された男が、遊び半分で殺した少年たちに復讐をしていくという映画だ。葵は、迷うことなくカウンターに行くとその映画のチケットを二枚取った。学割は使わないで。

 PG15の映画だったが、何のお咎めも確認もなく劇場に通された。

「はい、太一もこれが見たかったでしょー?」

「まあ、そうだね」

 席は昨日と同じように、真ん中横列の端っこの席。この席の選び方も葵に教えてもらったようなものだった。

 映画はとりあえず前情報少なめの状態からみて、気に入ったら設定資料でもみるつもりでパンフレットを買う。

 だから、物販はスルーして、ポップコーンとコーラを氷抜きで頼んで店員に嫌そうな顔をされながらトレーに乗せて劇場に入る。

 長ったらしい予告編の間にポップコーンを全て食べつくして、映画泥棒のPVが流れる頃には臨戦態勢に入る。

 葵と何回か映画を見に外に出るたびにこういうことをやってきっちり覚えて、同じテンポで映画へと没入していく。

 葵のことをある種の相棒みたいな感じになりつつあったとなんとなく気がつく。

 こいつのことを、異性として、甘ったるい感じで好きなのかどうかと言われればだいぶ微妙なような気がするけども。

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