第13話 アンサー1
映画自体は、平凡な映画だった。
普通に面白い恋愛映画だった。ひょんなことから出会って、紆余曲折があって付き合うことになる。もっぱら好きな映画はここ最近クソみたいなボンクラ映画ばっかりだから、スパイシーさが足り無いというのが個人的な感想だった。
「映画面白かったね」
「そうだね」
横でみていた椿は、やや涙ぐむぐらいには、面白かったらしい。
「ねえ、本当はつまらなかったんじゃないの?」
「いや、面白いは面白かったんだよ? ちゃんと山も谷もあったし、演出もしっかりしてたし、レビュー通りに面白かったけどまあ、最近クソ映画ばっか観てたから刺激は足りなかったけど」
「クソ映画って?」
「一番最近見たのは、人間の口と肛門をつなげて列車みたいにするムカデ人間って映画があって……」
話をし始めると、椿の顔がみるみるうちに青ざめていった。
「ごめんその話やめてもらっていい?」
「うん。爽やかな恋愛映画を見た後でする話じゃなかったね。でもああいう風にうまくいったカップルってスプラッタ映画だと結構早めに死ぬよね」
「だからやめてって」
「うん」
ちょっぴりしょんぼりしてしまった。
「ねえ、なんでそんなにクソ映画が好きなの?」
「いや、うん、俺が悪い訳じゃない。それが好きなやつに見せられ続けたら、味が濃いものじゃないと味がしないとか言う病気を患ってしまった」
「それが好きなやつって?」
「市村」
俺にクソ映画を見せまくったのは葵だが、なんかここで葵の名前をだすのは憚られたから、とっさに映画好きな友人の名前を出してしまった。
「へー、市村君はこういう映画が好きだっていうタイプだと思うなぁ。私が知る限りこういうのゲラゲラ笑いながら話してくる人って一人しかいないんだけど」
「おっと」
しまった最近椿と葵は仲がいい。まったく知らないならともかくそこそこに仲良くなったんだ。
「葵ちゃんだね?」
逃 げ ら れ な い 。
あの、椿さん笑顔めっちゃ怖いんだけど。
「う、うん……」
「私とのデートで、葵ちゃんの名前を出さないように気を使うのはわかったけど、それ、浮気するときの嘘とあんま変わらないからね!」
「反省します」
「よろしい。ちょっと歩こうか」
「はい」
歩いてすぐのところに海浜公園があった。潮の香りが漂って来て、太陽の光は穏やかで暖かかった。
俺たちに目的は特になくて、ぼんやりと歩き続けた。歩きながらここのところ起こった取り留めのない話をしていた。学校で起こったこと、放課後に起こったこといろいろなどうでもいいことを話した。
適当に歩いたところでベンチに座った。
座った瞬間に奇妙な沈黙が支配した。わかっている。このデートは俺がこの間受けた告白の返答をするためのものでもある。それをお互いにわかっているから黙る。
「ねえ、この間聞いたことの答えを教えてほしくて……」
「その前に質問がある」
「何?」
「どうして俺なんだ?」
なぜ俺なのか、その疑問は尽きない。
「好きになることに理由が必要なの?」
「椿が俺のことを好きになる理由が分からない」
「そう」
椿は呆れたようにため息をついた。なんでそんなことも分かってくれないんだろうと言っているよう見えた。俺はただのバカなんだなと思った。
「教えて欲しい。どうして椿が俺のことを好きなのかを」
「言わなきゃいけない?」
「うん」
「分かった。じゃあ、具体的なエピソードから」
椿はしぶしぶ話し始めてくれた。
「中学の時から、私、テニスやってたじゃない? 軟式じゃなくって硬式で」
「そうだね。たしか軟式テニス部しかないから、部活は入ってなかったよね」
「そう、それである時ジュニアの試合があるからって友達を呼んだんだ。見に来てねって軟式テニス部とか、他にもいろいろ。でもね、結局誰も来なかったの。みんな曖昧な返事をしてね。大会は勝ったんだ。けどね、決勝で同門の女の子倒して優勝したの。彼女は周りから慰めてもらえたけど、私には誰もいなかったし、コーチにはなんでお前が勝ったんだみたいな顔されてね……」
「あれ、その時俺がはじめて椿の試合見に行った時だっけ?」
「そうだよ! 忘れたかよ!」
ものすごい顔で凄まれた。怖い。
「そうだ、そうだ。覚えてるぞー。たしか俺もなんかその周りの女子誘ってる周りでなんとなく話聞いてて、へーそうなんだーって思って、暇だし行って試合を見たんだ。一人で。あんまりルールよくわからなかったけど、椿がすごくかっこよかったの覚えてる」
ぼんやりとした記憶を思い出す。
椿が完璧な試合運びで対戦相手を圧倒して勝ったんだ。優勝してすごく嬉しそうにするのかな。とか思ったら、ずっと一人で寂しそうにしていたのを思い出した。とりあえず挨拶しておこうって思って挨拶しにいったんだ。
「表彰式終わったらさっさと帰ろうとか、テニスやってても楽しいって思えないし、やめようかなとかぼんやり考えていたの。そこに赤木くんが来てさ。かっこよかったよとか言ってくれたんだ……」
その頃、そこまで仲は良くなかったし、声をかけるのにきまずさがあったけど、とりあえず伝えてこうって思ったことだった。
「私もう嬉しくって、泣きそうになっちゃって。あれが……私の救いだったんだよ……」
椿がそのころを思い出して、声を震わせながらそう言った。
「それから、また次の時に赤木くん誘ったらまた見に来てくれた。その次も……」
「暇だったからね。予定があった日は断ったと思うけど」
与えていたらしい。俺は椿のかっこいいところ見たくて、見に行っていて、終わったら勝っても負けてもかっこよかったよっと伝えていただけだった。
椿も話すうちにいいやつだと思ったし、二回目の試合を見に行くころにはすっかり友達だった。
「一回目の試合が終わってから、私、赤木くんたちのグループの中に入っていった気がする。赤木くんを通じていろんな友達と知り合えた。なんていうか、赤木くんがいい人って知るまでなんか近寄りがたかったってイメージがあったんだけど、みんな独特な感じだよね。赤木くんを中心に人が集まってるようなそんな感じ」
「へ? そうなの? みんな普通に集まりたいからああいう風に群れてたんじゃないの?」
「そんなことはないと思うけどな。みんな妙に尖ってて、いろんな個性を持っていたと思うよ」
「まー確かに個性的な連中だとは思うけど」
異様に喧嘩が強い飼育係とか、普通の言葉でしゃべって歩くだけでチャラチャラって音がしそうなチャラ男とか、椿はとりあえず置いておいて、新撰組が好きすぎて自分は土方歳三の生まれ変わりだと自称する女子に、雑誌で読者モデルなんかもするほどの美人だけど物凄くホモ漫画が好きで売れっ子同人作家の美人とか、人をコントロールすることに楽しさを覚える生徒会長とか、あー思えば尖ったやつは結構いた。
ちょっと知り合って、少しわかったことになんとなく面白そうだなーと、関わりを持つとみんななぜか俺にいろいろ授けてくれる。
へーそれはすごいと感心していると懐かれていた気がする。
「自分の大切にしていること、あなただけが見ていてくれて、そんな人に惚れない訳がないよ……」
「そっか」
ここまで言わせてしまって俺の心の中は申し訳なさだけで支配されてしまった。
「それで、私と付き合ってくれるの?」
「ごめんよ。ここまで言わせて」
「いいのわかりきった事だから」
わかりきったこととまで言わせてしまった。
「でもな、椿。椿の人生に俺は要らないよ。俺ごとき踏み潰して先に進むべきなんだ。椿はもう正しい才能を持っている。その活かし方を知っている。だから俺は要らないんだよ」
「ねえ、赤木くんは自分に負い目でもあるの?」
「ないよ。ただ、椿には俺が必要がないって思えただけ」
「なら私が欲しいと言ったら?」
「椿のためにならないから断る」
「そう」
「そうなんだ」
今言葉にしてわかった。好きか嫌いかじゃない。椿に俺が必要ない。そう思てくるただ、邪魔なだけだ。
椿は素敵な女の子だと思っている。勉強がよくできてテニスもすごく強い。夢に一直線で、なんで俺の近くにこんな輝いている女の子がいるのか不思議でしょうがなかった。そうか、彼女は俺が好きだったのか。
「……そうなんだね」
「そうだよ」
椿は横で震えながら涙を膝の上にこぼしていった。
「必要だよ……君が……」
「今はいるかもしれないけど、近い将来いらなくなるよ」
「そんなこと……そんなこと……うぇぇええ」
椿が声を上げて泣き始めた。
背中をさすってあげると、椿が腰に抱きついて声を上げて泣き続ける。そう、いつも感きわまると子供みたいに泣く。
はじめて椿の試合を見に行った時も、こんな風に泣いていた。優勝できたことがそんなに嬉しかったのかと思っていたがそうじゃなかったらしい。俺がいたから。
俺は椿に与えることが出来た。そして多分、この先なにも与えることが出来ないだろう。俺は切り離されるロケットみたいな存在だ。
もっと素敵な人に背中を撫でてもらえと思う。
ただ、まだ今の椿には俺がいるから、背中をさすってやるんだろうなと思う。
しばらく泣き続けた後で椿は俺にこう聞いた。
「ねえ、葵ちゃんに赤木くんは必要だと思えているの?」
答えはその時に出すことが出来なかった。
葵にとっての俺とは一体なんなのだろうか。
いるのか、いらないのか。どこまでもついていくと言ったが、もう俺はいらなくなる時期なんじゃないかってそんなことばかり帰り道なんどもなんども頭の中を反復していた。
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