第11話 逆襲の椿(略してギャクツバ)
第5ゲーム。
葵のサービスゲーム。
いつもの通り、ミサイルの如きサーブが椿のコートに叩き込まれる。椿が葵のコートへと叩き返した。前に出ていた葵が想定以上に早く返ってきたボールに対処出来ず、ネットに引っ掛ける。
「ねえ、今葵、今まで通りのサーブだよね? なんで?」
「分からない」
なんでか分からないが、椿が葵のサーブを返した。ということらしい。
続く葵のサーブ。
ミサイルサーブは再び、入る。ただ椿が勢いを殺さずにそのまま叩き返す。触られないまま葵のコートに刺さり、貫いていった。
0-30
「ひょっとしてさ、葵、同じとこにばっか打ってたりする?」
「ああ、なるほどそういうことか……」
「そういうことってどういうこと?」
「多分ね、小林さん体に染み付いたコースにとりあえず速い球打って圧倒するってつもりだったんだけど、それが椿ちゃんに読まれちゃったんだね。それで椿ちゃんって速い打球に合わせるのはすごい得意だから、読んで当てて返す。多分それをしているんだと思う」
「おお、そう思うと葵の表情が曇ってきたな」
葵の表情が嫌そうな顔をしていた。この取られた2ポイントの重大さを誰よりも理解しているように思えた。対照的に椿の表情は落ち着き払っていた。集中していそう見えた。
葵は次のミサイルサーブをフォルトする。セカンドサーブ。山なりのボールを叩かれる。葵はなんとか返すが、椿がノーバウンドでスイングして葵のコートを貫く。
「ドライブボレー、まあ思い切った真似をする」
「そんなすごいの?」
「プロしか打たないよ。高校生が打てば必殺技だよそりゃ」
次のポイントは葵が二回サーブをミスして、椿のポイント。ブレイク。スコアは椿からすると1−4。
椿のサーブ。
椿が速いサーブを打った。葵ほどではないが、そこそこの速度があるボールが入る。葵がいつもどおりチップアンドチャージを仕掛けようとしたら、処理を誤ってボールがコート外に落ちる。
次の椿のサーブ、内側に曲がるサーブを打つ。葵は真ん中に走らされながら山なりにボールを返す。
椿が速いタイミングで、葵の深いところへと差し込む。葵はスライスでなんとかしのぐが、三回目両手でバックハンドを打つが、甘くなった球を逆に椿のフォアハンドで叩かれた。
「椿ちゃんのライジングでの打球技術はすごいからね。ただ、それ以外の技術がそこまででも無いから全国クラスだとちょっと通じないんだけどね。ただ、今の椿ちゃんは全国でも戦えるレベルね」
ライジングとは、ボールがバウンドしてあがりっぱなの球威が落ちないうちに打ち返す技術だそうだ。相当センスがいるもので、椿のラケットを振って当てる技術は並大抵ではないらしい。
30−0
椿のサーブは外へと思い切り逃げるサーブだった。葵が外へと走らされ、椿は開いたところへ入れて葵がポイントを取る。
次のポイントはストローク戦となる。葵がゆっくりとトップスピンとスライスでつないでいくが、椿がコートの内側に入り攻撃的なショットで葵を追い込みポイントを取る。
ラリーを積み重ねるごとに椿にゆとりができて、葵にどんどんゆとりがなくなっていった。まるで椿が葵の時間を奪い取っているかのようだった。
椿が2ゲームを取り戻した。
そのあとの2ゲームを椿が攻め方を刷新したことによって、連取する。ただ、葵にも変化があった、葵が前に出てポイントを取るということを止めた。というよりかは、前に出ることができなくなった。
サーブもコースを読まれて、返球が深く返ってくる。前に出れば抜かれる。
リターンゲームも遅いサーブはセカンドでしか打ってこなくなった。ファーストサーブが入れば前に出ることはできない。
4−4
ゲームはイーブンになる。
再び葵のサーブになる。
葵が打ったサーブは、さっきほどの速度はなかったが椿が比較的苦手なバックサイドへと刺さる。椿がなんとかスライスで返す。ゆるく深く返ってきたボールを葵は豪快にフォアハンドで振り抜いた。
クロスへと飛んでいき、アウトかと思ったそのボールは急激に落ちて椿のコートへ入る。練習で失敗した球が成功した。椿が追いついて返す。葵が同じ球を反対方向に両手バックハンドで打って椿を振り回す。
甘く帰ってきたボールをレーザービームのようなフォアハンドで椿のコートへ突き刺す。
15−0
葵がファーストサーブから、バックサイドに跳ねて逃げるサーブを打ち込む。セカンドで打つよりもより大きな回転が掛かったものだ。
椿が速い球をクロスに返してくるが、葵がじっくり下がった位置で追いつきレーザービームのフォアハンドを誰もいないコートへまっすぐ突き刺す。ノータッチエース。
次のポイントで、葵は、ファーストサービスをミスり、セカンドサーブでの打ち合いになり椿が有利を握りポイントするのが二回。
相変わらずストローク戦になればテンポの速い椿がかなり有利になる。だが、葵も撃ち返せれば迷わずに強打を選んで、一発で状況をひっくり返した。
「コツをつかんだのかな。小林さん。そこそこに練習していたら、本当に高校でも全国クラスの実力ね」
「なんかゴリラ姉妹を彷彿とさせるな。くっそ繊細なボレー以外だけど」
葵がそのままサービスゲームをキープする。
5-4
椿のサービスゲーム。
椿はスピードこそないものの、球種、コースをばらけさせて葵に決め打ちをさせなかった。ファーストサーブが入ればそれで椿が優位を取る。そのままストローク戦で優位を離さずに椿がポイントを取っていく。
確率を重視したセカンドサーブだと、葵のレーザービームが炸裂することもあり40−40デュースまで持ち込まれるが、すんなり椿が決めて
5-5
葵のサービスゲーム。
葵のミサイルサーブが再び炸裂する。いつもとは違うコースへと刺さるようになる。
だが、椿はなんとか拾う。
椿はなんとか返したボールだったが、意外と苦しいところに入り葵は苦し紛れに緩いバックハンドを打ち返す。
椿は打ち返された球に素早く追いつき、上がりばなを叩き素早く葵のコートへと返す。
葵が有利な状況から、イーブンの状況へ。ここから椿が葵を飲み込むのはそこまで時間がかからない。あっという間に形勢逆転し、椿のポイント。
続く葵のサーブ。ど真ん中へ最短距離で走るフラットサーブ。椿は触りこそしたが、ラケットを弾き飛ばされただけだった。
椿は葵のサーブに反応は完全にできるようになってきていた。葵のいるコートへ返せるかはどうかとして、ラケットに当てるまではできる。
葵は外側に逃げる横回転のサーブを打つ。椿は素早く反応し、フォアハンドで鋭角クロスに打ち込んだ。葵はこれを触れず椿のポイント。
「ちょっと、まって、今の小林さん初めて打つよね? トスの位置も大して変わってなかったし」
「トスってあのサーブの前にボールあげることですよね? あれって位置によって球種が変わるんですか?」
「そうそう、今みたいな曲がるスライスサーブは利き手から遠い方にあげたほうが回転をかけやすいんですよ。だからトスの位置ほとんど変えないであそこまで曲がるの実は結構難しいのです」
「ということは……?」
「椿ちゃんのリターンが化け物じみて良くなってるってこと。データにもないものを直感で感じたか、見てから動いたのかはまったくわからないけど」
葵のサーブ。まっすぐ椿の体めがけて飛んでくる弾丸を放つ。なんとか返したところを葵が前に出て、叩き下ろすようにスマッシュを決める。打球はコートを跳ねてフェンスにめり込んだ。
次のサーブを葵はファーストサーブをフォルトする。
セカンドサーブ、速度も回転も甘い、ただ入れていくだけのサーブが椿へと飛んでいく。椿は即座にフォアハンドに回り込んで飛び上がりながら全力で振り抜いた。
ストレートに、葵のサーブのモーションが全て終わるタイミングで突き刺さった。
葵が焦って苛立っている様子がにわかに感じ取れた。顔には出していないが集中しきれていないというのが態度に出ている。
一方で椿は恐ろしく集中している様子だった。目の色は研ぎ澄まされて今の椿ならなんでもできる。そんな風格さえ漂っていた。
30-40
ブレイクポイント。
葵はファーストサーブをネットにかける。続く、セカンドサーブを体の内側へ大きく跳ねるスピンサーブを打つ。
サーブアンドボレー。すかさず葵は前へと出て距離を詰める。
椿がほんのすこし体制を崩しながらも、バックハンドでまっすぐ葵の横を抜く早い弾丸を撃つ。
葵はこれを予測していたのかすぐさま反応、ネットのすぐ近くに落ちる神業のようなドロップボレーでいなす。
ワンバウンド、からツーバウンドまでの時間は3秒も無い。
椿はベースラインの後方から、かなり速い球を体制をやや崩しながら撃った。それをドンピシャで葵がいなした。おいつけるはずが無い必殺球といってもいい。
だが、椿はそこにいた。
ツーバウンドをする数秒の間にまるで瞬間移動をしたかのように間に合う距離にいた。それでも、椿のラケットの先はボールの運命を変えることができない。
椿は飛んだ。コートに腹をついてボールとコートの間にラケットを差し込み、ボールを返した。
ボールはネットにあたり、跳ねて、椿のコートではなく、葵のコートへ入り。葵は呆然とそのボールがツーバウンドするのを見届けるだけだった。
歓声。
スーパープレイを根性で切り返した椿のガッツにその場にいた全員が興奮して声を上げた。
「おおお、なんだあれ、あれ、追いつくのか。まじであれ追いつくのかよ。すげー」
「椿ちゃん今日のプレイなんでいつも試合のときできないんだろう。化け物じゃん」
俺もびっくりしてたし、すごく感心して気がつけば拍手を送っていた。
葵は一人、転がったボールを数秒間眺めて、諦めたように拾い上げると椿へと返した。
5-6
椿がこのサーブをキープすれば勝利。
だが、このゲームはすんなりと決まった。
椿がいきなりサービスエースを決め、続く2ポイントもストロークで主導権を握りポイントし、最後は葵がリターンを失敗して椿が取った。
さっきのプレイでおそらく葵の心が折れたのだろう。もう少し長い試合ならばともかく、ワンセットの試合のうちに自分を取り戻すことはできなかった。
5-7
勝負は決した。
「よっしゃーーー!」
椿には、今何が見えているのか知りたかった。
椿が雄叫びをあげて、ガッツポーズを全力で作ると、ネットまで駆け寄る。同じようにネットに近づいていた葵と握手をして、テニス部へと駆け寄ってハイタッチを交わしていく。
俺とのデートをかけての勝負だったろうが、そんな目的はきっと二の次で、全力で自分より強いだろう相手を自分を超えて勝つことを願って勝った。
「あー、負けた負けた」
頭をもたげて葵が俺の横に来ると、座り込んだ。
「お疲れ様。何か飲む?」
「いい、いらない。それよか慰めてほしいかな?」
「んー、頑張った人間ならよくやったって言うべきなんだろうけど、君はほら、昔の実績と才能を鼻にかけて叩き潰すつもりだったんだろ? ならそういう人が負けたときによくやったとは言えないなぁ」
「太一はひどいなぁ」
「うん、でも、お疲れ様。本気になったのって久しぶり?」
「そうだね、久しぶりに熱くなれたように思うよー。あー、だから悔しいって思うのも多分久しぶりだなー」
「そっか、それは良かった。俺では君を熱くすることはできないからな」
「んー、椿とテニスができるならまたテニスってのも悪くないかなぁ」
「好きにしなよ、いつもやってるだろうけど」
「分かった」
そう言って、葵は屈託無く笑うのだった。新しい楽しみをまた何か一つ見つけられたみたいだった。
「ねえ、ところで本当に椿とデートはするの?」
「うん、約束だからね」
「じゃあ、それ、終わったら私とデートしてね」
「え、ルール上別に問題ないけどいいのそれ? お前のプライド許さないのかよ?」
「それはそれ、これはこれ。というわけで、待ってるから」
待っているそう言った顔は誰かを見送るようにも見えた。帰ってこない相手を見送るみたいなそんな顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます