第10話 魔球とかは無いテニス対決
放課後になった。
まだ夕暮れには遠く、見物に集まったテニス部員と、野次馬が集まってきていた。朝からやっていた二人の勝負はそこそこに学校内に知れ渡っていたようだった。
椿はテニスウエアに身を包み、葵は学校の体操着を着ていた。
「ラケットは私のを使っていい」
ラケットバックから椿がテニスラケットを二本取り出して片方葵に手渡した。
「分かった。ふむ、悪くないな」
ラケットの様子を点検して葵がそう言った。
「じゃあ、アップがてら軽く練習したら試合をしよう。試合方式はワンセットで良い?」
「それでいい、他のテニス部員でも悪いからね」
コート一面まるごと貸し切っての試合だから、その間まるごとテニス部は練習が出来ない。ただ、他のテニス部員もこの試合を面白がって見ているような節はある。
椿がコートの奥に走っていき、葵がゆっくり手前側に歩いていく。
葵がラケットの面を何回か叩き、ガットを直す。
「いくよー」
椿がボールを掲げて軽く葵のいるコートへと打つ。
葵が細かい足さばきでボールへと近づくと、回り込んでフォアハンドを豪快に振り回した。
ボールはバチンって音とともに椿のコートへと弾け飛んでいく。そのままホームランかと思ったら急激に落ちて、コートの外に落ちた。
「あー、ごめんごめんちょっと試してみたかっただけだから、次から真面目にやるよ」
そう言って葵は謝った。
周りのテニス部がざわめきだした。「いや、初心者にありがちなホームランっしょ」「でもめっちゃ球落ちたよ。あれプロが打つエッグボールってやつじゃ」「エッグボールって何?」「ナダルがよくやる奴じゃね?」
葵は何か独り言をブツブツ言っている。
椿が今度は比較的早い球速でボールを出してくる。葵はそれを高い弾道で打ち返すと、椿が低い弾道、早いタイミングで返してくる。葵が徐々にペースを上げて椿と同じことをやろうとすると、たまにミスをする。椿は一切ミスをしなかった。
葵は途中から、ゆっくりで高い弾道の縦回転(トップスピン)の球と、滑る下回転(スライス)の球しか打たなくなった。
葵には何かしらの心得があるように見えた。だが、この段階では椿の方がうまいように見えた。
葵が、徐々に前に出てきてボレーでボールを返していく。早いペースで売ってくる椿の球を難なく返していく。
今度は葵が下がり、椿がボレーを打つ。そこそこにこなすが椿は一回だけミスをした。
最後、サーブをそれぞれに打ち込む。
椿のサーブは高い弾道を描いて遅かった。一方で葵のサーブは凄まじい打球音とともに椿のコートへと突き刺さっていった。誰が見てもわかる豪速球。
またもテニス部員がざわめき出す「待って、あれ、男子でも打てるやついるの?」「藤岡のサーブよりあれ、早くね?」「ゴリラ姉妹とまではいかないけど、あれなんだ殺人兵器か? さっきのフォアハンドといい」
とりあえず、葵はパワータイプのプレイヤーであり、椿は後ろから早いテンポで打つのが得意なタイプということはこの練習で分かった。
練習が終わって、中央に集まってラケットを回して、グリップの底面を見せる。その後で葵が椿からボールを受け取った。
「おお、ウィッチは小林嬢が勝ってサーブみたいだぞ」「まあうちの椿ちゃんなら、勝ってもリターンとるんだけどね」
「あのすいません」
「はい?」
ちょっと気になったので、近くにいたテニス部員たちに話しかけた。ごっつい男子が答えてくれた。
「俺、テニス授業でしかやったことなくって、何が起こってるのか教えてもらってもいいですか?」
「ああ、いいっすよ? 始まるみたいっす」
葵がボールを掲げて数度ボールをつくと、トスを上げて豪快なサービスを打ち込む。
最短距離で椿のコートに突き刺さった。
「いきなりノータッチエースか。つーか女子の試合で初めて見たぞ、サービスエースなんて」
「サービスエース?」
「ああ、サーブが相手のコートに入って相手が触れないでポイントになることだよ」
触れないまま転がってきたボールを椿が拾って、葵に打ち返した。
「わりと、小林さんのサービスゲームは一方的な展開になりそうね」
小柄なテニス部員の女子が答えた。
「あのミサイルサーブどうやって攻略すんのまじで?」
葵はボールを受け取るともう一度トスを上げて、ミサイルサーブを打ち込む。椿はなんとかラケットに当てるが、ボールは返って行かなかった。
「これで30-0か」
テニスは4ポイント相手よりも先にとれば1ゲームとれたということになり、6ゲームを先取すればセットを取れるというルールだ。これぐらいの知識は体育の授業であった。
さらに葵がサーブを打ち込む。ただ、これはネットに引っかかった。椿がほんのすこしだけ前に出てくる。
「セカンドサーブね、これは多分椿ちゃんチャンスね」
「なんで?」
「サーブはね、二回失敗、フォルトしたら相手のポイントなの。ダブルフォルトって言ってね。だから二回目のセカンドサーブは大体慎重になるの。だから、椿ちゃんが得意なストローク戦に持ち込んでポイントできるチャンスなのよ」
「へー」
まあ何を言っているのかは半分分かって半分はわからなかった。
葵が二回目のサーブを打つ。椿がさっき打った程度の速度のサーブが椿のコートに入って高く跳ねた。
椿が高い弾道でボールを返すと、葵が前に詰めてノーバウンドでボールを叩いて椿のコートに打ち返した。
椿はなんとか追いついてラケットに当てるがネットにかかった。
「今のは?」
「サーブアンドボレー。サーブで相手を崩して、前に詰めてボールをボレーで決めるって古式ゆかしいスタイルだよ」
「最近男子ではまた注目されてるけどね」
「女子ではまずやる人はいないね。ジュニアだとなおさら」
「ねえ、今椿のチャンスじゃなかったの?」
「うーん確かに椿ちゃんのチャンスだったんだけど、バックハンドに高く跳ねるスピンサーブで、椿ちゃんもそこまで叩けずに高いボールになっちゃったんだね」
「それを葵は叩いたと」
「今思ったんだけど、あのサーブ。ファーストもセカンドも攻めこめねぇよあれ」
確かに一回目のサーブは取れないし、二回目のサーブは高く跳ねて打ちにくそうだ。
そうしているうちに、葵がミサイルサーブを打ち、椿がなんとか返す。それを葵がボレーで叩いてゲームが決まった。
次のゲーム椿がサーブを打つ。
ゆるいボールを葵が緩く返して、早いテンポで椿が叩き返してくる。
葵は、スライスで繋ぐと椿はそれをまた早いテンポで返す。
葵が追いついてなんとか返すが椿が甘くなった球を葵のコートに叩き込んだ。
「やっぱりストローク戦になると、明らかに椿ちゃんが強いね」
「小林さん、苦手なのかな? ストローク」
ベースライン、後方から相手のコートに打ち返すものを全部合わせてそう呼ぶよ。一番基本的な技術だから、体育の授業でもまずここから習う。椿のストロークに比べて、葵のストロークにはどこか硬さがある。
「ああ、それなら、葵、ひょっとしたらやるの数年ぶりとかなんじゃないか?」
「「ああ!」」
解説をしてくれていたテニス部全員が納得した顔をした。
「あんなすごいセンスを持っている人間が近くにいれば話題にならないはずが無い。ジュニアの大会でもあったやつは…………?」
女子テニス部の面々が一様に首を横に振った。
調べてみることにした。とりあえず俺はポケットからスマホを取り出して検索バーに、小林葵 テニス 大会と打ち込んでみた。
「五年前の全小……優勝……? 全国小学生テニス選手権……。あいつテニスも全国区なのか」
そのまま色々な記事をあさってみるが、小学生で更新が止まっている。中学生の頃の実績は無い。
「中学の頃に全く実績がないから、多分小学生で辞めたんだろう。あとは遊びでたまにやってたとかそんな感じなんじゃないかな?」
「なるほど、まあ、小学生チャンプとか正直俺たちでも勝てる気しないぐらい強いからな。それが練習してないといってもあれだけのフィジカルと一緒にそのセンスがあるって考えるとわりと化けもんだな」
葵は個別に見ても化け物だ。何をやらせても一番になる才能があり、あっという間に達成するだけの力がある。
15-0
椿のサーブ。遅いサーブが葵のコートに入る、葵は思い切り前に出てスライスでゆっくりボールを返して前へと出た。
椿が高いボールを返す。葵の頭上を狙う算段だ。葵はすっと後ろに下がって飛び上がりながら豪快なスマッシュを椿のコートへと叩き返す。ノータッチエース。
「見てて気持ち良い、豪快なプレイね」
「今度はチップアンドチャージか。前出て決めるってことを決めたみたいだな」
「チップアンドチャージ?」
「ああ、サーブアンドボレーのリターン版。ゆっくりなスライスで時間を稼いでその隙に前に出てくるパターンだ。正直、相当前でやってく技術に自信がなければまずやらないよ、あんなの」
前でやるというよりかは、ここ数年で身につけたいろんな反射神経と空間把握があの芸当を支えているのだろうと思った。体育のバレーとかでもバレー部圧倒したりした。
次のポイントでも葵はチップアンドチャージを仕掛けた。椿は今度は低い弾道の球を打ってきたが、葵はなんなく打ち返して、椿がギリギリで追いつく、甘く返ったボールを叩いて葵のポイント。
15ー30
次のポイントでも葵は迷いなく前へと出る。今度は真横を抜く鋭い球を打ち込んできたが、葵は瞬時に反応して、ネット近くに落としてツーバウンド。葵のポイント。
凄まじい強打を、柔らかいタッチで球威をほぼゼロにする天才じみたプレイだった。
「あっという間にブレイクポイントか」
俺が怪訝そうな顔をすると、ああそれはねと、テニス部員が注釈を入れてくれた。
「サーブが基本的に有利なんだ。だから、それを逆に奪われることをブレイクって言うんだよ。まあアマチュアだとそんなにサーブって有利ってほど有利でもないんだけどね。でも、小林さんあのサーブでしょ? そう考えるとこのブレイクってすごい不味いんだ」
椿がサーブを打つ、葵は今度は思い切りラケットを振り回して叩く。今度は葵のコートの中に突き刺さり、葵がブレイク成功。
現状椿が取ったポイントは1ポイントだけで、葵が状況的に圧倒していた。
「この勝負、椿ちゃんには悪いけど結構簡単に決まるかもね」
女子のテニス部員がそう言ったが、実際自分も同意見だった。今のまま続けても葵が椿を圧倒して終わる。
予感は正しくてそのまま、葵が続く2ゲームも連取して4−0となった。
圧倒というよりかは蹂躙という表現がわりとしっくりと来た。
サービスゲームではサーブで圧倒して楽にポイントを取り、リターンはチップアンドチャージの繰り返し椿がポイントを取ることはあってもゲームは必ず葵に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます