不登校児学校に来る
第4話 来ない!
「なんかさー、事件とかおこんねーかなーとか私は思うわけですよ。こう学校がテロリストに占拠されてさ、クラスメイトが人質にされるわけですよ。たまたま保健室でサボっていた私がみんなを助けるわけだ。フロアをダクトを伝って移動して奇襲して武器を奪って、敵を倒すんだ。たまたま外の警官と交渉ができて有益な情報をくれたりちょっと友情が芽生えたり。最後は最上階に囚われた太一をラスボスとの早打ち勝負に打ち勝って助け出すわけですよ。ええ、はい」
「うん、目の前の映画に感化されんのめっちゃ早いな」
葵はダイハードの一番最初のやつをずっと見ていた。
今、見ていた内容の要約を聞かされた。
翌日の夕方も、俺は、葵の家にいた。
俺の、目的は二つあって、課題をこなしたかったのと、葵に会いたかった。ちなみに今日は平日だ。
「学校行ったらこんな素敵なことが! って学校行ってから考えましょうよ。葵」
「学校にいかないからこそ、こういう妄想が捗るというんだ分かってないな太一」
「だ か ら な ん で 今 日 も 学 校 休 ん だ し !」
思いっきり机をぶっ叩くと、葵が跳ね上がって瞬時にこちらへと向き直って正座した。
「すいません……」
「すいませんって言葉は嫌いだからちゃんと謝れ」
「ごめんなさい」
「俺が、何をしたと思ってる? 母ちゃんが、今日は、同僚とランチを食べるから弁当いらねぇって言ったんだよ。こういう日は俺は手抜きがしたいから、弁当なんか作らないで購買で買うんだよ。手抜きがしたいから」
「はい……」
「だけど、俺は、朝早起きしたんだよ。早起きして弁当作ったんだ。俺のと、お前の分! 母ちゃんに、やや冷やかされながら、作ったんだよ二人分の弁当を!」
「はい……」
「今日来なかったから、弁当はどうなったと思う?」
「友達に分けた……?」
「んな訳があるか! そんな友人から積極的な誤解を招くような真似をするものか馬鹿者め! 俺の晩ご飯になったよ!」
「え、じゃあ中身あんの?」
「まだ残ってるよ……」
「見たい!」
「ああ、そう?」
弁当箱を鞄の中から取り出して、テーブルの上に置く。蓋の留め金を外して開封する。葵の目はなぜか輝いていた。
「おお、……おぉ……」
弁当の中身は、ご飯が半分を占めていて、ふりかけがあらかじめかけられている。大きなミートボールが二つ、トマトベースのソースがかけられている。もう半分のスペースにレタスが敷かれてその上に、ブロッコリーとプチトマトが彩りを加えている。
「美味しそうじゃないか!」
そりゃそうだと、思っている。なにせ味と彩り両方に厳しい母の審査を毎日くぐり抜けている。俺には並の主婦以上の料理の実力があると思っている。
「食べたいか?」
「うん」
「なら、学校に来い」
「ヤ!」
「ならこれは俺の晩ご飯だ」
弁当に蓋をする。
「えー」
「え、なに? 食べたいの?」
「うん!」
考えたい。
葵は、俺の努力を無下にしやがった。このまま俺の晩ご飯にもなりうる弁当を渡すことがとても嫌なことに思えてきた。それで、何かこういいやり方はないだろうかと考えてみる。
「いくつか条件があるんだけど、それはクリアしてもらえるかな?」
「うん? なんかこう、性的なことを期待してる? 期待しちゃってる? ん?」
葵は、こういうやつだ。普通に真っ当にやっても逆手に取られる。だが、そんなものは想定済みだ。
「手を使わないで欲しい」
「手を?」
「そう、手。今からネクタイで手首を縛るからその状態なら食べていい?」
「犬食いしろってこと?」
「まさか、葵が望んでいるみたいにあーんしてあげるよ。だから葵は女王さまにでもなったつもりで待っていればいいよ」
「わーい。じゃあ、早く縛って縛ってー」
葵が嬉しそうにころころ笑う。俺は、首からネクタイを外すと葵の手と手を後ろでに縛りつけた。
「ちょっとミートボール温めて来るね。キッチン借りるよ」
「お母さんいないし、好きにいろいろ使っていいよ」
「助かる」
弁当を持って葵の部屋を出る。作戦の第一段階は成功と言える。リビングの位置は知っていた。キッチンに入ると食器棚から皿を一枚取り出して、ミートボールを乗せる。ラップをかけて電子レンジの中へ。
電子レンジに1000wがあったからそれに設定しておく。時間は……。一分温めれば充分のところ三分に設定する。
あたための終盤に入ってソースがマグマのように煮えたぎっている。明らかな温めすぎ。だが、これで良い。
「お待たせ」
待ちわびたという目で、葵はこちらを見ていた。
「はい、あーん」
「ちょっと大きくない?」
「ん? 食べないの?」
「食べるけど」
作ってきたミートボールはそこそこに大きい。直径にすれば三センチ程度。だから、たった二つでもそれなりにボリュームがあった。で、その大きなミートボールを熱々のまま全部口に含ませるわけだ。
「はい、あーん」
「あーん」
口に入れた瞬間に、ピクんとなった熱さに気がついたのだ。わかった上で押し込む。熱いと、目で葵は訴えてくるが、問答無用で口の中へと突っ込む。なんかこう、とてもいけないことをしているような気分になった、
箸から離れて、はふはふ言いながら葵は、ミートボールを咀嚼して飲み込んだ。
「熱いよ! 口のなかやけどしちゃったじゃない!」
「うん、それが狙いでもある」
「次はちゃんとやってよね」
「やだ」
「え?」
「やだと言った。飽きたんだ。あーんさせてまで食べるのはこれ一つだけだ。それ以外に食べさせてやる義理なんかない」
「そんな!」
「あとは、自分で食べてね。食べ終わったら手のネクタイ解いてあげる」
「ぬう」
葵は、少しだけ考えた後で、手を使わないで弁当を食べ始めた。犬みたいにがっついて、手を使わないで弁当を食べていく。俺は、これもこれでとてもいけないことをしているような気分になった。
十分後ぐらいには、葵は、弁当を全て食べ終わっていた。
「まさか本当にその状態で食べきるとは、俺も、想定していなかった」
「だって……太一が、真心をこめて作ってくれた料理を無下にするなんて……。私……、私……」
口の周りをミートソースまみれにして、褒めてって顔をしながら葵は言った。
「なら、学校来いっってんでしょーが! 昨日言ったよね! 飯作って行くって! 昨日言ったよね! 言ったよね俺!」
「言ってました……」
葵は、しかられた子供みたいに小さくなった。
「学校来なさいってば。明日も飯作って俺の夕食になるとか勘弁してくれよほんと」
「いや、あの……学校ってこう、怖いじゃん? 恐ろしいお化けとかいっぱいいて、テロリストが襲ってきたりとかゾンビの群れが襲いかかってきたり、スクールカーストの名目上私刑とかにあわされたりするんでしょう? そんな、そんな恐ろしいところに行くように薦めるなんて、あなた鬼ですか? 血も涙もないんですか?」
「なら、学校通っているやつらは皆鬼や何かだと?」
「いや、それは……その……」
葵自身も、明確な言葉は特に持ち合わせていない様子だった。
葵は、べつにいじめられたわけでもなければ、ものすごく辛い外的理由があって学校を休んだわけではない。
俺が、調べた限りだと、べつにこれと言ったことは無かったのだ。葵は完璧すぎるほどに優等生でみんなにものすごく好かれていて、別段挫折らしい挫折を味わった訳でもない。葵は、あまりにも完璧だったとも言える。
「俺が鬼か?」
「いや……違うけど」
「じゃあ大丈夫だ。みんな俺と同じようなクソザコばっかりだ。大したことは無い」
「でも……」
「行くことの不安は、行った後なら聞いてやる」
葵の、口の周りに付いたミートソースを、ウェットティッシュで拭ってやる。
「いじわる」
俺は、何故、葵が学校行くことに努力しているのだろうか。
行かなくてもこいつには会えるし、行かなければここでずっと二人っきりだ。別にそれも悪くはない。そう思っていたけども、やっぱりつまらない。
それと、何より俺が許せないのは、葵が、一度決めた決断を簡単に覆したことだ。
ああ、許さない。俺のことを、一回裏切ったその事実を許さない。例えば葵に何か理由があったとしてもだ。
「大丈夫だよ葵は。学校に来なよ。学校に来て、俺に勉強を教えてください。俺の飯を食ってください。お願いはこの二つだけです」
葵の頭を撫でてみる。おっきい子供をあやしている気分になった。
「太一はずるいんだよー。やることがいちいち」
葵の顔に不満そうな様子はなかった。少しだけ頰が赤くなってうつむいている。
「じゃ、とりあえず今日は帰るわ。明日また学校でな」
「うん」
葵は、うつむいたまま小さく答えた。
明日こそ来てくれるだろう。そのような淡い希望は、持たないほうが良いだろうと思った。
「弁当、明日も作るから。なんか弁当箱に指定があればそれ貸してくれれば、それに合わせるけど」
「ううん、今日ので良い」
「あの弁当箱俺のお古だけど良いの?」
葵は、顔を瞬時にあげて目をむく。
「喜んで!」
すごく嬉しそうに答えた。
どの辺に喜ぶ要素があるのか分からないが、とりあえず容器にこだわる必要がないということは分かった。
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