第2話 これからどうするの?
今日も、英語と数学を教えてもらうことにした。この二つの科目は、才能がないとかそういうレベルで苦手な科目で、何をどうしたらいいのかわからなかった。
葵は、英語については文法とかまあ良いから音読しようぜってスタンスで教えてくれて、それに伴って文法と、単語を教えてくれた。
数学は、そもそも中学レベルから怪しいということで、基礎の基礎から始めてようやく追いつきつつある。
今では、学年二十位まで食い込むことができたよ。この不登校児のおかげで!
「よーし、じゃあ、ノート出してーとりあえず数学から始めようか!」
「あいあいー」
今日も今日とて勉学に勤しむのだった。
葵は、ここで俺に、勉強を教えるのがとても好きらしい。今日も、勉強していくことを強いられた。俺は、面倒くさいと口では言っているが、この時間は好きだし、ありがたいと思っている。
葵は、学校にやってこない。ここ半年間ずっと来ない。本来ならば、留年が確定するところなのだが、学校に少しでも来くれば、簡単に学年を上がれる特別処置が取られている。理由は、葵が恐ろしく優秀だからだ。
学校としては、是が非でも無事に卒業して欲しいと考えている。だが、こいつは学校にはこない。こうして俺に、教師から教わっても分からなかったことをさえも簡単に教えてくれる。暇つぶしに受けたといった大学入試の模擬試験では、総合得点で全国百位以内に入る。
けれど、こいつは学校に来ない。だからこそ、来る必要がないとも考えているのかもしれない。
二時間後。
勉強も一息ついて、本日は終了。
「なあ、葵ってばさ、最近は何やってんの?」
「んー? 最近?」
「そう、最近」
葵は、学校の勉強程度のことに飽きていて、家にいても、一般的なひきこもりのように本ばかり読んでいたり、ゲームばかりやって部屋から出てこなかったりということも無い。
代わりに葵は外に出て、大学の講義に潜り込んで、その関連の書籍を大学の図書館で読み漁ったり、絵画の教室に通ったり、写真を撮りに街を歩いたりいろいろやっている。そうして出来上がった作品は、クオリティが高くて、俺は、とても腹がたつ。
「ふふ、最近は体を鍛えることに目覚めまして」
「ほう?」
「格闘技のジムに通っているのです!」
「うん、それは知っている」
三ヶ月か四ヶ月前ぐらいから、総合格闘技のジムに通い始めたことは聞いていた。そうして覚えたての三角締めを俺に試したのだ。翌日ジムで話して、大層笑いをとったそうな。
「最近は、午前中のプロ練習に混ぜてもらってね。さすがにスパーリングはあまりやらせてもらえないけど、サーキットトレーニングとかプロの人とかと一緒にやってる。これがほんっとキツくてねぇ」
あはは、と笑うが、学校の部活とわけが違う。それで飯を食っている人間に混ざって同じ程度の練習をこなしてると考えるとぞっとする。
「なんか、そこそこ上手くいきそうみたいで来月試合だって」
「は?」
「だから、来月試合だって」
「へー、そ、そう……」
めちゃくちゃになってきた。俺よりも頭が良くて、芸術的なセンスに溢れていて、身体的にも勝っている。そして、強い。こいつは一体何になろうとしているのだろうか、まるで謎だった。
「観にくる?」
「行ってみようかな。格闘技の試合とか観に行くの初めてだけど」
「ありがと」
葵は、放っておくと、どこまでも飛んでいきそうな弾丸みたいなやつだった。俺が勝っていることなんて、せいぜい学校にきちんと通えている程度のことだろう。
「葵は一体どこに行くの?」
「分かんない。でももう、高認は取ったから高校行く必要はなくなっちゃったね。はは」
「本当にね」
俺は、ちょっと呆れ気味の笑顔で答えた。
「東欧とか、アラブとか、インドとかわりとあの辺りに少し魅力を感じているね。その気になったら、ちょっとお金作って行ってみようかなとかそんなことは思うよ」
「いや、場所の話じゃなくって、進路の話だよ」
「あー、そっちか」
葵は、興味がなさそうだった。どうでも良い。そう答えているようでもあった。
「太一はどこ行くの?」
「俺か? 俺は適当に入れそうな大学いって、そっから先は何も考えてないよ」
言ってて、自分が恥ずかしくなった。
何か、見栄を張らなければ。そう思うのだけど、葵がそういう気を起こさせてくれない。葵の前では、見栄を張ってもしょうがないと思えてくる。
「そっか」
葵は、失望も何もしたようでもなかった。それがあると認めただけのことだった。
「別に何も言わないんだな」
「それは太一は太一だからねー」
「俺だから……なんだって言うんだよ」
「太一は顔は良いけど、運動は結構できて勉強は苦手なふつーの人。とりとめて興味がありそうなことも、今はなさそうだし」
「ぐぬ」
葵の言った通りだった。俺には、特に中身が無い。自分から進んで何かをやろうというものではなく、流されるだけの平均的な人間だ。
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