第6話


「他に質問はありますか?なければ、今後のお話をしようかと」

「はい、質問!」

「と言うより、お願いかな。ダメ元で聞くけど『元の世界に返してくれ』ってのはあり?」

「ダメですね。と言うより、わたしもその方法はわかりません」

 申し訳なさそうにミナリが答えた。

「ですよねー」

 それが出来ているなら、自分の前の二百名にもならんばかりの『勇者様』が全員この地で死亡なんて事にはなってはいない。

 それならと、一つの考えを思いつき往人は、

「じゃあ、自分の後から来る勇者を十人くらい待って、そいつらと討伐に行くってのはどうかな?」

 ドヤ顔でミナリに提案する。

「いい考えですね」

「ただ、この召喚陣の発動条件は、今いる勇者様が死んでから数日~数週間経たないと発動しないんです、すいません」

 ミナリは申し訳なさそうに答えた。

「いやいや!ミナリさんが悪いわけじゃないし!あのポンコツ召喚陣が諸悪の原因だし!」

 その言葉にミナリの形相が変わり、

「師匠の作った物をポンコツ呼ばわりしないでください!志半ばで倒れた師匠を悪く言わないでください!!」

 どうやら彼女の地雷を踏んだらしい。

 突然の、そしてあまりの剣幕に、

「も、申し訳ない。事情を良く知らず、偉そうな事言ってしまって」

 往人は驚きつつも素直に謝罪した。

「あ…」

「いえ、ユキトさんを巻き込んでるは確かですし、わたしも大人げなかったです」

 ミナリも冷静さを取り戻したようだった。

「わたしも、この状態がいいとは思っていないので、一応この召喚陣の解析は進めているんですよ?」

 ミナリは言い訳がましいような、恨みがましいような何とも形容しがたい視線で往人を見ながら弁解をした。


「ゆーしゃ、ゆーしゃ」

 今まで黙っていたルトラが手招きするので近づいてみると、

「ミナリは、いつもは優しいんだけど、お師匠とその実績を悪く言うと本気で怒るから」

 と耳打ちした。

「そっか、その情報はもっと早くに言って欲しかったが…でも助かるわ、ありがと!」

 小声で礼を言う往人に、ルトラは無言で親指を立てた。

「どうしたんです?」

 怪訝な顔で尋ねるミナリに、

「いやぁ、単に髪の毛にゴミが付いてたみたいで、ルトラが取ってくれただけですよ?な?」

 と、ルトラを見ながらごまかす往人に、ルトラは不自然なほどに高速で何度もうなづいた。


「召喚陣で召喚される『勇者様』についてですが、ユキトさんは、わたしと対話ができるだけまだ良い方なんですよ?」

「と、言うと?」

「実は召喚された『勇者様』たちの3人に2人が言葉が通じなかったり、召喚された時点で精神がおかしくなっている状況なんです」

 往人は、初めて会った時の彼女の問いかけと、地下室に頑丈な扉と鉄格子、そして更に施錠されている理由が理解できた。

「え?それじゃ、対話ができない人たちはどうなる?」

 その質問にミナリは押し黙った。

「いや、黙ってないで教えてくれないか!」

 良くない事が起きたってのは容易に想像がつくが往人は聞かずにいられず、つい強い口調でミナリを詰問してしまった。ミナリは少しの沈黙の後、仕方ないと言った口調で、

「公国の兵士に連行されて、一応は何とかならないか処置はするのですが、それでもどうにもならない場合は、そのまま殺されてしまいます」

(マジかよ!?冒険に出る前に大半が国に殺される勇者ってなんなんだよ!なんだこの世界!やば過ぎるだろ!というか、召喚陣がポンコツにもほどあるだろが!)

 口に出すとまた怒られるので往人は心の中だけで盛大にツッコミを入れずにはいられなかった。


「じゃあ、話が通じるって事はすぐに兵士に殺されるって事はない――で、いいんだよね?」

 往人は、おそるおそる…しかし念を押すように、ミナリに話かけた。

 そこだけが往人の現在、唯一の安心できる情報だからだ。

「そうですね」

「ただ、召喚された勇者の皆さんには、給兵庁と言う公国の一機関に出向いて頂き、勇者としての資質を量るために適正試験を受けてもらいます」

「え?こういうのって、この国の一番偉い大公様にお目通りして、軍資金とか武器とか頂けるとか、そういう流れではないの?」

 往人は、無自覚にゲーム脳丸出しの展開を信じていたようだ。

「最初のうちはそうだったんですが、10人目以降になると、いつしかすっかり期待しなくなっちゃいまして、今の形式になりました」

 今までそれはもう何度も説明してきたんだろう。少し疲れた顔でミナリが答えた。

(何やってたんだよ、オレより前の『勇者様』たちはぁぁぁ!)

 自分の事は華麗に棚に上げ、往人はかつての勇者たちにキレていた。


「そして、そこでの試験の結果でユキトさんの当面の身の振り方が決まると思います」

「適正なくても、即処刑って事はない…ですよね?」

 往人は恐る恐る、しかも何故か敬語で聞いてみる。

「その可能性はまずないと思いますが、それはそれで勇者としてはきついと思いますよ」

「そうなのか、じゃあ勇者としてではなく、一般人として街で暮らすという選択肢はあり?」

「一定期間、具体的に言うと三ヶ月間活動の成果が見られない場合は、やはり勇者に不適と判断されます。その場合、次の『勇者』の召喚の邪魔でしかないので、やはり…」

 その先はいちいち語らなくてもわかるしょう、とばかり押し黙った。

 往人もその言葉の意味を理解し、それ以上聞こうとはしなかった。

「他に聞きたい事はありますか?」

「今のところはない…かな」

「じゃあ、お話はここまでで。今日はここに泊まってください。明日は適性試験を行う給兵庁まで付き添います」

「おやすみ、ゆーしゃ」

 二人はそのまま部屋を出ていった。


 往人は一人になって、まずミナリの話から現状を整理をする事にした。


1.自分は異世界に召喚された。

2.勇者として『魔王モズネヴ』というラスボス的存在を倒す義務を課せられている。

3.勇者として使い物にならなければ抹殺される。

4.帰還方法は分からない。


「総合すると現時点で分かっているのはこんな感じか」

「あ!死ぬだのなんだの言われて、余裕がなさ過ぎたせいか、結局ラクサリア公国の事を聞きそびれたな」

「まぁ、それよりもまずは生き残れるかどうかを優先した方がいいっぽい訳だが」

「さっきは謝ったけど、あの召喚陣の性能はポンコツっぽいから、オレに魔王モズネヴとやらを倒せる能力があるかどうかも関係なく召喚されてる可能性が高いしなぁ」

「しかも、仮に何かの間違いでラスボスを倒しても帰る方法はわからない…か」

「せっかく念願の企画部署に配属されたのに、なんて仕打ちだ」

 片手を痛めた額にあて、往人は天井を仰いだ。


「とは言え、凹んでいても状況は好転しないか」

「何か明るい材料…あ、釣具・キャンプ道具はこのまま手元にあるのがまだ救いかな」

 往人は今ある装備を改めて確認するべく、持参した大型のバックパックを漁る。


・コンパクト収納型の釣竿2本(リール有×1、リール無×1)

・リール×1

・釣糸、釣針、ルアーなど釣具一式

・釣具収納用のショルダーバッグ

・魚籠

・サバイバルナイフ×1

・十徳ナイフ×1

・マグネシウム付ファイアースターター

・手回し式スマホ充電器付ラジオ&LEDライト

・スマホ用ソーラー充電器

・二人用テント

・山岳救難用発煙筒

・夏用寝袋

・虫よけ用ハッカ油

・焼肉用の網

・消毒用アルコール×1

・ペットボトル(空)500ml×3

・アルミ食器(大×1、小×1)

・スマートフォン

・タブレット

・塩胡椒、醤油など調味料

・タオル・衣類

・小型のショルダーバッグ

・非常食料(カ○リーメイトとか、スニッ○ーズとか)


「あとはソーラー式ダイバーウォッチと、こいつくらいか」

 幼いころから身に付けている金属板の付いたペンダントをじっと見る。

 どこ製なのかは不明だが、金属板にはよく分からない模様が彫ってある。

「ふむ、この装備で魔王モズネヴとやらを倒せるか?無理だよなぁ、常識的に考えて」

「これで給兵庁とやらで支給される武器がなかったら、詰みだな」

 分かってはいたけれどな、と大きく嘆息しながらベッドに大の字に横たわる。


「何にせよ、明日の適性試験次第か」

「勇者として不適だと抹殺して、別の勇者にチェンジとか、なんだそれ?これじゃまるでガチャの低レアリティのハズレキャラか何かみたいな扱いだな」

「しかもその対象が、よりにもよってオレ自身か」


 あまりに「死」という言葉が近過ぎる事をこの上もなく実感はしたが、

「共存不可能な敵対者が同じ大陸に住んでいて、しかも種族ごと生きるか死ぬかのガチバトル中って言うんじゃ、力のない来訪者に対するシビアな考えも分からなくもない、か」

「というか、ゲームの世界がぼんやりした設定よりは説得力あるな」

(ん?なんでこんな冷静に納得してるんだ、オレは)

 往人は、我が身の事だと言うのをしっかり理解しているにも関わらず、悲壮感がまるで湧かず、なぜか冷めた考えで納得できてしまっている自分に驚きを隠せない。


「そんな事より他に、なんか明るい材料はないかな、と…」

「あ!ミナリさん、マジ女神だった!まさにあんな容姿のヒロインを自分のゲーム企画に出したかったな」

 往人はミナリの姿を思い出し、思わず顔をニヤけさせる。

「明日の適性試験とやらで、オレの中の何か秘められた勇者としての資質でも、ズバァっ!と 目覚めてくれねぇかなぁ」

「そんで、ミナリさんが『素敵♪抱いて♪』とかそういう展開だと熱いんだがなぁ」

 ご都合主義全開の甘々な展開を想像したところで、途端に自分で恥ずかしくなりベッドの上を転げ回る。

「あ!でも彼氏がいるかどうかだけでも聞いておけば良かったかも?」

「って、聞いてどうすんだ、オレ!彼氏がいたら、討伐に向かうから瀕死になるじゃんよ」

 またも自分の言葉に自分で恥ずかしくなりベッドの上を再び転げ回る。

「はぁ」

「アホな妄言吐いてないで、とっとと寝るか」


 自分の言った言葉の馬鹿らしさに苦笑しながらも、これからの事を思うと、前向きさが身上の往人でさえ眠れないまま夜は更けていった。

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ド底辺ゲーム企画者は伝説の勇者の夢を見るか? 八門月徒 @haine_00

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