第5話
「いってぇぇぇ!…って、どこだ、ここ?」
額の激痛に耐え切れず往人はベッドから跳ね起きた。
目の前にはびっくりした顔で女性が覗き込んでいる。
「あ、あなたは!あれ?夢かと思ったら…ぐっ、いってぇ!」
また軽くテンパりそうになった往人を再び額の激痛が襲う。
恐る恐る額に手を当てると、包帯のような布が巻かれている。
痛そうに額をさする往人に、
「夢ではなく、現実です」
と、彼女は短く答えた。
その一言と頭痛で、往人は平静を取り戻す事ができた。
往人は身を起こし、話を聞くべくそのままベッドに腰掛けた。
その時もう一人、ベッドの端で腰掛けて、こちらを見ている女の子に気が付く。
「あれ?君もさっき見たような…」
と声をかけた所で、
「さっきよりは落ち着いているみたいですね」
「あ、はい」
「じゃあ、まずは状況説明の前に自己紹介しますね」
「わたしの名前はミナリ、ミナリ・ルトレイと言います。ここの地下の召喚陣の管理をしています」
「管理と言っても、わたしがここに住んだ時点でもう召喚陣はあって、わたしは前の住人からこの物件を召喚陣ごと引き継いだだけなんですけどね」
「こ、これはご丁寧に。自分は…いや、オレは黒江往人。あ!姓が黒江で名が往人だ」
ベッドの端に座っていた女の子がおもむろに近づき、往人の隣に無遠慮に腰を下ろす。
そして至近距離で興味深げにじーっと無言で往人を見つめる。
「え?なんだ?」
ジロジロと無遠慮に見つめる顔に少し緊張しながらも往人も横目でチラチラと観察する。
茶髪と金髪の中間くらいの髪色にふわふわした髪質。そしてミディアムくらいの長さ。
美少女と言っても決して大げさではない整った顔付きだが、感情の読めない暗めの赤い瞳。
年の頃は確実に20歳以下。それも下手に手を出すと、日本だと通報されてしまいそうなくらい、幼い印象を受ける。
「なぜ、こちらの名前を聞かない?」
口を尖らし、少し責めるような口調で往人に話しかけてくる。
「ああ、すまない。ちょっと驚いてしまって。えっと、君は誰ちゃん?」
「ルトラ」
「ルトラ…ちゃん、ね」
「ルトラでいい。『ちゃん』は不要。子供扱いは不快」
「お、おう。今度から気を付けるよ」
淡々とだが、何故か有無を言わせない妙な勢いについ気圧される。
「ルトラ!近いから!ユキトさんも困ってますよ」
ミナリの言葉にめんどくさそうに往人からベッドの少し離れた位置に座り直す。
「すいません!この子も悪気があった訳ではないので」
「この子はルトラ。隣の家の子で、わたしの仕事を手伝ったり、この家の蔵書で魔術の勉強をしています」
なぜかドヤ顔で往人の顔を再びガン見するルトラを見ながら、
「あー、よろしくルトラ。」
往人は間が持たず、とりあえずとばかりに、気の抜けた挨拶をする。
「よろしく」
ルトラは表情を全く変えず、気だるげに手の平をヒラヒラとさせた。
「ではユキトさん」
「話の腰が折れてしまいましたが、改めてあなたの置かれている状況を説明させてもらいますね」
「あ、はい!お願いします」
「まず、ここはラクサリア公国と言って、あなたが元いた世界とは異なる世界になります」
――異世界。しかも自分の考えていたRPGの企画と同じ名前の国名。そして異世界からの来訪者に対して慣れ過ぎた対応…疑問は尽きないが。
「聞きたい事はすげ~いっぱいあるんだけど、ひとまず説明お願いします」
やっぱりまだ緊張が抜けないせいか、タメ語と敬語が混ざった変な喋りになってしまう。
「はい、では質問は後ほどって事で説明続けますね」
「このラクサリア公国は、この大陸の唯一にして最後の人間が治める国です」
「あなたはここに『勇者』として召喚された事になります」
(勇者!?と言う事はこの世界でオレは特別な存在?ベタな設定だけど悪くない。)
「それで、あなた…いや、ミナリさん。この世界で勇者ってのは何をしたらいいんだい?」
『質問は後で』と言われたにも関わらず、勇者という単語に脊髄反射でつい聞いてしまう。
「大陸の片隅に我々を押しこめる、我らが神に仇なす邪悪なる者の王『魔王モズネヴ』を討伐して欲しいのです」
(魔王モズネヴ?それがラスボス?いやぁ、ベタに魔王討伐かー。しかし、そんな魔王と戦う能力なんて、オレにあるのかな?30年近く、この上もなく普通にしか生きていないのに?)
「その『魔王モズネヴ』とやらを倒す力が、オレに?」
往人は今度はラスボスっぽい単語に脊髄反射し、またも疑問をミナリに投げつける。
「それは、分かりません」
ミナリは即答し、更に言葉を続ける。
「あの地下の召喚陣なのですが、未完成な状態で発動し続けていて、必ずしもわたし達が求める能力を持った勇者が顕現するとは限らないのです」
「えぇっ?未完成なら、ちゃんと完成させればいいじゃないか!」
往人のもっともな問いにミナリな何故かむくれながら、
「召喚陣を作った人間…わたしの師匠はこの召喚陣を発動させた直後にわたしに何も告げる間もなく、亡くなってしまいました」
「以降、10年間発動し続け、異世界から勇者候補を召喚し続けているのです」
「わたしだって止められるなら止めたいです。だけど止め方も分からないのです」
(な、なんだか話があやしくなってきたぞ。)
「ちょ、ちょっと待った!その口ぶりだと過去にも勇者が来てるって事?」
「はい」
「この召喚陣が作動してから過去十年間で、一九八人…いや一九九人だったかな?ともかく二百人近い数の『勇者様』が召喚されています」
「に、二百ぅ!?毎月一人以上のペースで勇者が召喚されてる計算になるじゃないか!」
聞かされた数に驚愕するのと同時に、明らかにいろいろなおかしさに気が付き、それを聞かずにはいられなかった。
「そうか、それで『また来てる!』と言ったんだな!」
気を失う前に聞いた彼女の台詞の意味が、往人の中で悪い意味でどんどん繋がっていく。
「はい」
ミナリからはいつの間にか表情が消えていた。
その表情を見て、往人の中で更に嫌な予感は増幅していく。
「で、そのたくさんの『勇者様』がいれば、魔王モズネヴ…だっけ?そいつじゃとっくに滅ばされてもおかしくはないよね」
「でも、それがなされていないって事は他の『勇者様』とやらは…」
「お察しのとおり、全員お亡くなりになっています」
淡々とデータと読み上げるような口調でミナリはきっぱりと言った。
「えっと、もしオレもこの地で死んだり、殺された場合はどうなる?それっきり?死にっぱなし?生き返りとかはなし?」
(RPGとかなら復活手段はあるし、異世界ならあるいは…)
一縷の望みを掛け、往人は懇願でもするかのようにミナリに声をかける。
ミナリは露骨に「やれやれ、またか」と言わんばかりに、
「死んだら、それっきりに決まってるじゃないですか。召喚陣から来た方々は何故かよく『生き返る方法はないのか?』って聞かれるんですよ」
「ユキトさんのいる世界には死者を生き返らせる術があるのですか?」
「いや、ないけど…ないですけど」
責められるような口調に言いかけた言葉が思わず敬語になってしまう。
往人は「さすがにガチのファンタジーはそんなに甘くはないか」と、がくりと肩を落とす。
「厳密に言うと、死にっぱなしを回避できる方法はあります」
「え?そ、それは?」
すがるよう気持ちで顔を上げた往人に対し、
「一つは、公国の国宝の一つである「神杯」と呼ばれる聖具が死者の魂を甦させる事ができる“らしい”のです」
「ただ、伝承では一人の人間にしか使えないとの事なので、管理している国教教団が聖具を使うに値する人物であると判断しない限り、使用はできません」
「ちなみにこの国の大公様が亡くなった時でさえ、使われた事がありません」
(それは実質的に不可能って事だよなぁ)
「もう一つ方法があるにはあるんですが…」
「え?なにそれ!知ってるなら是非教えてほしい」
往人は藁にもすがらんばかり気持ちで尋ねる。
「えーとですね。遺体、あるいは魂が魔の物の手先として利用されてしまう場合ですね」
(確かに死にっぱなしじゃないけど、ダメじゃん、それ!)
「ミナリさん、それ何の慰めにもなってないから」
往人は、力なくツッコミを入れるのが精一杯だった。
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