第4話


 どれくらい時間が経ったのだろうか。 


 突然、床がぐるぐる回転しているかのような感覚が往人を襲った。

 急な違和感を感じる事で、往人はいつの間にか自分が寝入っていた事に気が付いた。

 直前の記憶では電車内で座って仮眠を取っていたはずだが、いつの間にか完全に横になっていた。

(あれ?いつの間に電車のシートで横になっちまったのか?他のお客もいるのに、いかんいかん。) 

(ん?暗いな。電車内なら電灯点いてるはず。…寝過ごし過ぎて電車が車庫にでも入ったのか?)

(それならそれで普通は職員に起こされるよなぁ、じゃあこの状況はなんだ??)

 寝ぼけた頭で、今感じている違和感について考えているうちに徐々に目が冴えてきたので、上半身を起こし周囲を見回す。


 辺りは薄暗く良く分からない。

 往人が横たわっていた場所が電車のシートではなく、石畳である事は即座にわかった。

 そして、長い時間、入れ替えをしていない独特空気の澱みと、埃っぽさが今いる場所が屋内である事を確信させる。


 床の方がほんのり明るい事に気づき、床に目を落とすと、石畳の床にはおかしな模様が描かれている。

 そして、その模様が夜光塗料で描いてあるかのようにぼんやり青白く光っている。


(寝ぼけて途中下車をした…とか?と言うか、ここはどこだ?)


 混乱はしているが、まずは状況確認のために立ち上がろうとした瞬間、部屋の奥からパタパタと足音が近づいてくる。

 足音は、暗くてよく見えない部屋の奥の方で止まると、

「あ!」

 と、いう声をを残し、足音は遠ざかっていった。

(女の子の声?)

 往人は声のした方へ向かうべく立ち上がろうとすると、再び足音。

 それも今度はおそらく二人分。

 足音はどんどん大きくなり、やはり部屋の奥の方で止まり、


「ああ!やっぱりまた来てる!」

 

 今度は若い女性と思しき声。

 声のした方へ目をやると、

「あ!ごめんなさい、びっくりしました?あ!それ以前にこっちの言葉分かるのかな」

 暗がりから女性と思しき声が、往人が100%分かる言葉で何やらブツブツ言っている。

「ん、んっ、アーアー、こんにちはぁ。この言葉が分かるなら手を上げてもらえます?」

 咳払いしながら、更に人影が問いかけて来た。

「よくわからんけど、言葉はちゃんと通じてるよ?もしかして外国の人?」

 往人は、「何言ってんだ、こいつ?」とばかりに手を上げながら答える。

「良かったぁ、今回は言葉が通じるみたい」

 あからさまな安堵の言葉と共に、ガチャリと鍵の開く音と扉が開くような重い金属音が聞こえ、ロングコートかローブのような物を羽織ったような大小二つの人影が近づいてくる。

(え?鍵?閉じ込められてた??オレが?なんで???それになんだあの格好?)

(それに『今回は』とか言ってるし、なんなんだ?)

(いや、でもとりあえずこの人にいろいろ聞けば、状況はこれで分かるかも!?)

 そんな往人の驚きと混乱など我関せずと近づいて来た。薄暗いから顔はよく分からない。往人の近くで立ち止まり。


「はじめまして。言葉の通じる人で助かりました♪ラクサリア公国へようこそ!勇者様」


 声色で往人は相手が自分に害意がない事を悟った。

 少し営業トークっぽいわざとらしさも感じたが。


(なんてこった、余計にわけわかんねー。ん?今なんて?『ラクサリア』って言ったか?)


 なんだか分からなかった。

「電車に乗ってたかと思ってたら、なんでこんな所で監禁されてるんだ!?」

「『ラクサリア公国』って言ったか?あんた何故それを知ってる!?」

「と言うか、ここはアレか?いわゆる『異世界召喚』って奴か?この『お約束』に慣れている日本人じゃなきゃとっくに正気失ってるぞ!?」 


 往人は矢継ぎ早に疑問をぶつける。

 混乱してるのは自覚しているが、とにかく喋らなければ、とても平静を保てそうになかった。


「え、えーとですね。そんなに立て続けに質問されても困ります。とりあえず『ラクサリア公国を何故知ってるか?』と言われても、ここがラクサリア公国で、わたしはその臣民だからですよ」

 露骨に困った空気を出しながらも、全部ではないにしろ回答をする。

「詳しい話は、ここじゃ何なんで着いて来てください」

 質問に答えた女性は、往人を部屋から出るようと促す。


 幸いな事に釣道具とキャンプ道具満載の荷物はすぐそばに転がっていた。

 現時点で何の役に立つかは分からないが、心細さは少し和らぎ、往人は少し落ち着きを取り戻せたような感じがした。 


 手元の荷物を担ぎ、今までいた部屋を出ると、部屋の扉は頑丈な分厚い木製で、小さな鉄格子の嵌った窓が付いている。

 彼女は往人が部屋から出ると、すぐにその扉を施錠し、そばにある階段を昇り始める。

 往人もそれに続いて階段を昇っていく。

(背の高さは大きい方は一六〇センチ以上、一六五センチ以下、小さい方は一五〇から一五五センチの間ってとこか。)

 後姿を見ながら、往人はぼんやりと推測する。

(ま、背の高さなんか当てても何の得にもなりゃしないが。)

 階段を一段昇るたびに、大きい女性の無造作にポニーテール状に結われた髪が揺れて、その動きがなんだかおかしく、つい目がいってしまう。

 階段の上の方から明らかな自然光が入ってきているので、まだ日のある時間帯。どうやら今まで地下室にいたようだ。

 髪とその動きに目がいってると、いつの間にか階段を昇り終えていた。

 彼女たちはすぐ右手の扉を開け、その部屋に入っていく。往人も続いて部屋に入る。

 

 中に入ると、日本の基準で言うと、三十畳は優にある広い部屋。四辺ある壁面の三面が全部が本棚。

 残り一面は明かりとりの窓。そして素晴らしく意匠を凝らした装飾がされている、ベッドほどの大きさの頑丈そうな作業机が鎮座している。

 机上には大きなルーペに見た事もない工具っぽい物。そして、無数の宝石のような石とその分類に使っているっぽい、引き出し付きの棚。

 それに帳簿っぽい紙束。それらが雑然と置かれている。

 そして床には大きな謎の模様が刺繍された大き目のカーペットが敷いてはあるが、いわゆる

『女性の部屋』っぽさは欠片もない。あたかも研究室か工房のような佇まいだ。

「ちょっと散らかっているけど、ここで説明しますね」

「とりあえず、そこに掛けてもらえますか。あ、その大事に抱えた大荷物も床に置いちゃっていいですよ」」

 と、机の横にある小さな椅子をすすめられる。

 ここで彼女が振り返った。

(考えてみりゃ、初めてまともに顔が見れる…な!なぁぁぁぁぁぁ!!!)


 見た瞬間に往人の中の時間が止まった。


 年の頃は大人っぽさを漂わせているが、往人よりも明らかに年下なのは分かる。

 白い肌、ちょっとたれ目がちだが知性を感じさせる目。

 すっと筋が通ってはいる…が!『筋』とかそういうゴリゴリした漢字が全く似合わないほど

柔らかさと朗らかさを共存させた整った顔立ち。


 往人の好みを熟知した神が、彼のためにオーダーメイドしてくれたの如く何もかもが、彼の好みそのままだった。

 いつまで経っても、絶対に見飽きる事などありえない。

 往人は見とれたまま固まっていた。


「あの、聞こえてます…よね?」


 反応のない往人を濃いブルーの瞳が心配そうに覗き込む。

「あ、ああ。ひゃい!」

 裏返った声で返答する事でようやくフリーズが解除された。

(やっっべぇぇぇぇ、なんだこれ!超絶的に好みなんですけどぉぉぉ!!)

 役員相手のプレゼンなんて目じゃないくらい、ガチガチに緊張していくのが分かる。

『詳しい状況を聞いてやる(キリッ)』とか、往人からそんな考えは跡形もなく吹っ飛んでいた。


(プレゼン失敗?異世界召喚?その上、超絶好みの女性の出現だと?!どどど、どーなってるんだ最近のオレ?ああっ!そうか!これは全部夢か!夢を見てるんだな?よし!)


「さて、まずは自己紹介。わたしの名前は・・・ええええ!?ちょっ、何してるんですか!」

ガコン、ガコン、ガコン、ガコン

そこには思い切り頑丈な作業机にガンガン頭を打ち付けている往人の姿があった。

よく聞くと小声で「オキロ、オキロ」と繰り返し呟いている。


「ちょ、ちょっと止めてください、お願いですから落ち着いてください~!!」

 全然落ち着いていない彼女に後から羽交い締めにされ、ようやく往人の動きが止まる。

 彼女が安堵するのも束の間、往人はそのまま床に崩れ落ちた。


「ええぇぇぇ!?ちょ、ちょっと!ま、まさか、死んでないですよね?」

 ぐったりと床に横たわる往人を見下ろし、

「た、確かめないと!」

 なぜか往人を脈を取るでもなく部屋を飛び出し、地下室への階段を猛然と駆け降りていった。

 1分も経たず、地下から階段を昇る足音が聞こえる。降りる時と違って、今度は至ってゆっくりとした足取りだ。

「良かった。とりあえず、死んでなかった!気を失ってるだけね」

「でも、こんな状態じゃすぐに対話は無理ね。何にせよ、給兵庁に報告しないと」

 彼女は疲れた声で一人呟いた。

「そんな事より」

 小さい方の女性が静かに口を開く。

「ミナリは、この人に何かしたのか?」

「え?」

 ミナリと呼ばれた女性は驚きの声を上げる。

「ゆーしゃはこっちをまるで見もせずに、ミナリを見て勝手にテンパって勝手に気絶した…ルトラはそれがちょっと不思議」

 抑揚のない喋りながら疑問を表明する。

「そ、そうは言っても、この世界に来て混乱する勇者なんてたくさん見て来たじゃない?」

「うん。それは確かに。でもあんな反応は初めて見た」

「とりあえず、その辺は後で聞いてみないと。それよりも、今はこの人を別室に運んで寝かせましょ」

「分かった」

 ルトラと自称した女性は小さく何かを呟く。その瞬間、室内にも関わらず一陣の風が吹き、往人のだらしなく弛緩した肢体が浮き上がる。

「では、荷物の方をよろしく」

「はいはい」


 二人は入ったばかりの部屋を往人とその荷物を持って別室へ向かった。

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