第3話
「あああああああ!オレの、オレの渾身の企画だったはずなのにぃぃぃぃ!!」
往人はプレゼン後、逃げ出すように会議室を飛び出し、屋上で自己嫌悪で身をよじらせていた。
(そりゃ会社だから、儲けを出さないと存続できないのは分かる、分かるよ?でも…)
プレゼン用にプリントアウトした企画書の束を八つ当たりとばかりにバンバン叩いた後、手元の表紙に目を落とし、
「『ラクサリア公国戦記(仮)』か、こいつは一旦お蔵入りになっちまったなぁ」
文字通り、往人の今までの半生を賭けて作り込んできたこの企画書。
それを見もせずに全否定された事を思うと役員に対する殺意とも悪意ともつかぬ黒い感情ばかりが湧き上がってくる。
「なんだよ、ろくに目も通さず、『儲けガー』とか『製作費の回収ガー』とか言いやがって、そんなに金が好きなら、福沢諭吉にケツでも掘られて、オレの目の届かないとこで未知の病気になっていろんなとこがもげてしまえ!バーカ!バーカ!」
よほど大きな声だったらしく、下の歩道の通行人が驚いて上を見上げる姿が見えた。
当の本人は言うだけ言ったらスッキリしたらしく、そんな事はお構いなく、ふっきれた表情で、
「ふぅ、しゃーない、ダメな物はダメだったんだ!気持ちを切り替えて次だ!」
「凹んだって『凹み手当』とか『凹み休暇』とかが貰えるわけねぇし、自分が凹んだ時間だけ世の中が待っていてくれる訳でもないんだ、だったら凹むだけ無駄ってもんだ!」
黒江往人。無駄に打たれ強く、そして無駄に前向きだった。
「プレゼン、残念だったな」
席に戻ると隣の同僚が気遣って声をかけてきた。
彼も今の部署に移る前からの顔見知りだ。
「あー、もう大丈夫っす。とりあえず、この企画部署でも実績作って、その後に自分のやりたい企画を出し直しますよ」
心配をかけさせないよう、極力明るい声で答えた。
直後に苦虫を1個中隊くらい潰したような顔で、
「そして今度はもちろん会社の利益を考えた内容で提案させて頂きますよ?」
「ガチャとか入れればいいんでしょ?ええ、入れますとも!お客様からジャブジャブお金を使って頂ける仕組みを満載にして、クソやk…役員の皆様方にも確かな満足をしてもらいますよ?」
「お、おう」
聞き手の同僚が謎の迫力に押され、曖昧に相槌と打つ。
と、同時に精神的なフォローも必要ない事を悟ったようだった。
「さて」
「そんなわけで、週末に気晴らしでも行ってきますよ」
「へぇ、旅行でも行くのか?」
往人の強引な話題の切替えに同僚も乗ってきた。
「まぁ、似たようなもんです。まず人気の無い山奥に行きます」
「ほうほう、そこへ旅行、と?」
「そして、奴らを美味しい物で騙して連れ出し捕獲して…」
「殺害します!」
「えぇ?!奴らって、誰を??」
「殺害した後は死骸を切り刻んで、食しますよ。へへへ」
「犯行予告?!よし、ポリスメンに通報…っと」
ゴソゴソと携帯を取り出す素ぶりを見せた同僚に芝居がかった口調で
「おっと、そこまでにしてもらいましょうか!」
「ん?」
怪訝な顔をする同僚を満足げに眺めると、
「ただ、泊まりで魚釣りに行くだけですよ?」
と、往人はドヤ顔で言ってのけた。
「ああ、うん。そんな事だろうとは思ったけどさ。釣り好きとは意外にアウトドア派なんだねぇ」
「個人的には『意外にも』と言われるのはやや不本意ですが、そうなんですよ」
「そんなわけで、週明けには生贄の血肉、そして大自然のオーガニックパワーで生まれ変わったつもりで仕事に励みます!」
高らかに宣言する往人を見ながら
「気晴らしに行くって言うなら、思い切って、いい加減童貞捨ててくればぁ?そろそろ魔法使いになっちゃう年なんじゃね?」
ニヤニヤしながら同僚が素敵な“アドバイス”をする。
「ど!どど、童貞言わんでくださいよっ!!…確かにそうだけど。――あぁっ!」
はっとして、周りを見回すとフロアの社員の視線が往人に集まっているのに気がついた。
どうやら大きな声で周囲に童貞宣言をしてしまっていたようだった。
「黒江くん、顔真っ赤過ぎ!」
と、肩をブルブルふるわせ半笑いを隠そうともせず同僚が更に追い撃ちをかけてくる。
「す、すいません。ほとぼり冷めるまで有給取ってもいいですかね?」
「そんなんダメだろ、常識的に考えて」
同僚氏、半笑いのままばっさり。
「ですよねー」
往人は死んだ魚のような目をしながら、そう答えるのがやっとだった。
(ああ、もぉホントに踏んだり蹴ったりだ。なんなんだ今日は!)
週末の気分転換を万全にするために、往人は定時きっかりに退社し、その足でダッシュし、釣具屋で必要な物を買い足した。決して先ほどの『童貞の絶叫カミングアウト』にいたたまれなくなって、逃げ出したわけではない…多分。
帰宅して明日のために入念に荷造りをしながら、いろいろ最近の事を思い返す。
(なんたって、ここのところ部署移動に、新しいゲームの企画書を作るとかで忙しかったし、精神的にも余裕なかったもんなぁ)
そこではたと、最近の自分は全然余裕がなかった事に気がついた。よく言えば舞い上がってた、悪く言えばテンパってたって事にだ。
(ノウハウもない、しかもテンパってる…普通にどう考えれば勝算ないじゃんかよ、こりゃ。)
今更ながらに、いかに無謀な事をしていた事か。
(ま、いいか。この事も踏まえて今後の事は来週出社してから考えよう。明日は早いからもう寝よ。)
何か大事な事が分かりかけたような気がしなくもなかったが、翌朝は始発に乗るつもりなので、いつもとは比較にならないくらい早起きが必要なのと、せっかくの気分転換に余計な事は考えたくもないと、往人はとっとと寝てしまう事にした。
翌未明。
夜も明けない時間にも関わらずぱっちりと目が覚め、通勤カバンの何倍もの重量の釣具とキャンプ用品でいっぱいの荷物を担ぎ、始発電車に乗り込む。
平日は寝起きが悪い上に体が重くてだるくて仕方ないはずなのだが、こういう時だけは、ぱっちり目が覚め、体も軽い。つくづく人間という物は現金にできてるな、と往人は一人苦笑する。
想定している目的地はここから電車で2時間近くもかかる、この沿線の終点近く。そこから更にバスで1時間近く走り、更に山道を徒歩で1時間という、かなりの山奥だ。
(とりあえず目的地までまだまだだし、体力温存のため仮眠でもするか。)
これからのスケジュールに胸を弾ませながら、往人は目を閉じ電車の揺れに身を委ね、仮眠を決め込む事にした。
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